第35話酔っ払いベニート⑤
「カルロ、二人に来てもらったわよ!」
背を向け樽を動かしていたカルロに声をかけると、カルロはくるっと体を回転させた。
「へぇ、親子って似るもんだな」
出てきたカルロに握手を求めながらニコラスがまじまじとカルロを見上げていた。
「母さんとは挨拶済みなんだね。俺はカルロ」
「ニコラスだ。冬の間はここに住むつもりだが普段は行商をしてるよ。その樽、ミード酒だな」
二人はしっかり手を握りあった。それからカルロはニコラスより頭一つ小さいリルに体を向ける。
「俺はリル。ダグマに石工だと話したらここに住むように誘われたんだ」
こちらも固い握手をし合う。
「石工か! そりゃいい。俺は大工だから協力すればここを今より住みやすくできるな」
何度も何度も思うのはアデリーの無能ぶりだ。早く自己紹介で自信をもって何が出来るか言えるようになりたい。
(パン作りを教わればそこから色々作れるようになるかしら……)
「よし、そこに居るのが鍛冶師だな。何か手頃な板を見つけてそこに乗せよう」
年長者のニコラスが音頭をとると、板を見かけたからとリルが廃城へと走って行った。その間にニコラスとカルロが樽や木箱を下ろし、アデリーは地面に置かれた中から運べそうな品を物色し、木箱の一つを持ち上げようとした。
「おっとアデリー。それは重いよ。この麻袋にしておきな」
ニコラスが抱えていた麻袋をアデリーに渡す。受け取った瞬間、腕が抜けるのではないかと思うほど重く、思わずふらついてしまった。
「あ、重いか」
慌ててニコラスは麻袋を取り戻そうとするが、アデリーは抱きしめたそれを死守する。
「大丈夫です! 運べます」
カルロも顔を出して「それは甜菜の種とか野菜の種なんだよ。案外重いから違うのにしたら?」とやはりアデリーが運べないと踏んだようだった。
「運べるわ。二階の貯蔵庫よね」
ここは意地でも運ぶつもりだ。何にも出来ないくせに荷運びすら満足にこなせないなんて、本当に単なる足手まといにしかならない。ヨロヨロと歩き出すとニコラスが「川に落ちるなよ」と心配する。
「アデリー、甜菜の種は高価だから無理は良くない」
カルロまで心配して声に張りがない。
「私が川に落ちても袋は落とさないわ」
宣言すると「それは得策じゃないな……」と、どちらかの声がしていたが、アデリーはもう何も聞かないことにした。と言うより、返事をするのも大変なので、言葉が耳に入ってこなくなっていた。
意地でも運びたい気持ちと今すぐに投げ出してしまいたい気持ちがせめぎあっていた。汗が浮かんで来たと思ったら、それが筋になって頬を伝っていく。一歩階段を上がるたびに、次の一歩を踏み出さなければならない絶望にクラクラした。
(私だってできる。やらなきゃ。この甜菜が育てば砂糖になって、美味しい食事が作れるんだから)
辛いときは楽しいことを考えようと、これまで食べた美味しいおやつを思い浮かべて歯を食いしばる。パイと唱え、フロランタンと呟き、プディングを思い出す。
荷馬車のあたりで男たちの掛け声を上げ始めた。
(ベニートさんが本格的に仕事を開始するまでには、私もなんとか誇れるようなものができますように)
今は自力で動けない鍛冶師のベニート。仕事を開始するまでには今少し時間がいるだろう。それまでにはアデリーも何かしら必要とされるようになりたいと考えていた。
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