第15話薬師ロセ⑤
「何をいってんだ。金なら俺が換金してやったろ」
いつから居たのか、戸口に影が二つ。ダグマとロセが並んで立っていた。
「それに薬の金を払わなくていいそうだ。な、ロセ?」
ロセは直ぐに返事をしなかった。そこでダグマは腕組みをしてロセを不機嫌に見下ろした。
「まだ、ごねるつもりか?」
「だって薬って高価なのよ!」
どうやらダグマはロセを説得して連れてきたらしいが、ロセはまだ納得しかねているらしい。
「お前な……、アデリーは命の恩人だろ。命を救ってくれた相手にそれくらい出来なくてどうする」
「助けてほしいなんて言ってないわよ」
その通りだ。ロセを見つけた時、既にロセは気を失っていて何をしても目を開けなかったのだから。
見兼ねたカリーナと険しい顔つきで参戦する。
「そりゃぁ、良くない言い方だね。人としてどうなんだい? あんたを育てた人間はそんなふうに酷い態度をとれって──」
これはロセの感情に火をつけたようで烈火の如く怒りだした。
「お爺ちゃんのことは悪く言わないで! 何にも知らないのに悪く言うなんてひどいわ!」
「そりゃロセの態度がそうさせるんだろう。しっかり育てられてりゃ恩を仇で返すなんてあり得ないと教えられてるはずだもの」
カリーナに一瞥をくれると、ロセはつかつかとアデリーの元に来て土瓶を押し付けた。
「これ、飲みなさい! アンタなんか大嫌いだけど、お爺ちゃんの為に薬をあげるわ」
「あ、ありがとう……ねぇ、あのぉロセ。私、なにか悪いことをしたかしら。もし、そうならごめんなさい。私、世間知らずみたいで」
面と向かって大嫌いと宣言されるなんて初めてのことだ。これまで接してきた全員に好かれていなくても、ここまで嫌われたことはなかったと思う。ましてや直接言われるなんてことはなかった。
体調が悪いから、心も弱っているようでアデリーは心臓を握りつぶされたような痛みを受けていた。
「良い子ぶって! そういうところが鼻につくのよ。良かったわね、みんなを味方にできて。金持ちって本当に狡賢くて大嫌いだわ!」
捨て台詞を吐くと、ブロンドヘアーを昼返しロセは大股で部屋から出ていってしまった。啞然とした空気が漂ったが、一番早くダグマが立ち直る。
やれやれと呟くとダグマは「なんにせよ、ロセの怒りはアデリー個人に向いているわけじゃないってのがわかって一歩前進だな」と、言った。
「そうかい?」
アデリーの代わりにカリーナが代弁してくれた。本当にそうなのだろうか。
「あれは最後に口にした金持ちってところが重要なんだろ。理由はわからんが金持ちに恨みがあるらしい。だから、アデリーもくよくよすることはない。そりゃそうだよな。こんな短時間にそこまで嫌う理由もないし、アデリーがなにかしたとは思えんから。ま、そのうち無関係の奴に八つ当たりしてたと気がつくだろ」
そう言い終えると土瓶を指差し「飲んでおけよ。ロセも薬を飲んで直ぐに治ったんだし効果はありそうだ」と、促し、仕事に戻ると出ていった。
「あの子を助けたんだね、アデリーは。ロセの態度は良くないが理由がありそうで安心したよ。根はそんなに悪い子じゃないって早く見せてほしいものだわ」
ブツブツと言いながら、最後には薬を飲みなさいとアデリーに命じ、アデリーもそれに従った。
土瓶を開けると案の定恐ろしく苦そうな匂いがした。深い森に分け入った時に嗅ぐ、蒸された緑を濃厚にしたようなものだ。
「うわぁ、こりゃ凄いわ。早く飲んじまいな。って量はどのくらい飲めばいいんだろ」
アデリーはズキズキする頭でロセが薬を飲んだ時の事を思い出してみた。確か、一口しか飲んでいなかったはずだ。
「たぶん少しでいいのだと思います」
鼻を摘まんだカリーナが矢継ぎ早に頷いて、早く飲むようにジェスチャーで示した。こんなに揉めて手元に届いた薬だ、飲むしかない。アデリーは心を決めて一気に一口分飲み干した。強烈な苦みと気が遠くなるほどの臭いに気分も悪くなりそうだ。
すかさずカリーナが持っていた土瓶を水のと交換してくれたので、そちらは全部ゴクゴクと飲み干した。
「アタシは病気になりたかないわ。高い金を払ってとてつもなく不味い薬を飲まなきゃならないなんて、まっぴらだわ」
薬の封を元に戻しながらカリーナは嫌そうなのを隠しもしない。薬と名のつくものはこれまで何度か口にしてるアデリーも同意見だ。薬師が敢えて薬を不味くして人々を健康的な生活にいざなっているなら大成功だといえる。
「さて、少し休むといい。また後で来るよ」
カゴを抱えたカリーナにアデリーは心を込めて礼を言った。
「いいってことよ。手が空いた時にでも手伝ってもらうから」
カリーナの背を見送りながら、カリーナの手伝いができるなら今すぐにやりたいと言いたい気持ちを我慢した。
今は足でまといなだけ。ちゃんと健康を取り戻したら何でもやろうと心に誓って目を閉じた。
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