廃城の泣き虫アデリー
AZU
第1話廃城①
連なる山々はどれも高くはなく、連続した丘のようであった。その中に、一風変わった姿をしているものがあった。山肌が削られ、露出した岩は人によって加工されている。幾重にも部屋が並んでいる様はかつて城か教会と呼ばれたものだったのだろうが今は打ち捨てられて惨憺たるものであった。それでも夏の眩い光を受けてかつての栄華が偲ばれる。装飾美と廃退が同時に混在する姿は不思議な魅力があった。
アデリーは小石に躓きながらもその城を目掛けて一心不乱に駆けていた。荒い呼吸は、吸っているのか吐いているのかもわからない。息が苦しくて仕方がないが足を止めるわけにはいかなかった。
(ああ、お願いよ。誰でもいいから人が、人が居てくれれば)
ゴクリと唾を飲み込んだが、すぐにむせ返りそうになった。
ここ以外、村も民家も見当たらない。アデリーは遠くから見えたこの廃城が、神が与え下さった救いだと思ったのに、近づくにつれてその荒れた状況が顕わになり不安を覚えていた。
(もしここに人が居なかったら……私はどうしたらいいの)
もう相当な距離を走ったように思う。これ以上走ってあの場所から離れるのはまずい。元の場所に戻れなくなるばかりか、意識を失っている自分と同年齢くらいの少女を見捨てたことになりかねないのだ。山に少女一人を置いていくのは危険すぎた。けれども、アデリーにはほぼ同等の身体を担ぎ上げる事もできないし、もし獣や野盗に襲われたら守り切ることなど不可能だった。山に置いていくのは忍びないが、とにかく二人とも生き残るには誰かの手を借りるよりほかなかった。せめて獣が来ないよう少女から少し離れたところに小さな焚火をお越し、後ろ髪を引かれながらもここまで走ってやってきた。
城の麓についたとき、崖に作られた部屋に人の気配がないことを感じ取って絶望していた。多くの部屋が戸すらない。それでも一縷の望みを抱き、階段を駆け上がっていく。わずかだが、煙の臭いがするように思ったのだ。煙があるなら、きっと人がいるはずだ。
「すいません! どなたかいらっしゃいませんか! 誰か、誰か返事をしてください」
大声をあげたつもりだったが、ここまで走ってきたことが災いして吐息に似たかぼそい声しか出せないのがもどかしかった。
風化してガタガタの石段を上がっていく。時に躓き手をつきながら必死に人を求めていた。
「誰か……」
もう一度声を上げようとした時、視界に槍の矛先が現れた。立派な鉄製の刃先は研がれて光っている。驚いて顔を上げるとそこには熊のように大きな男が槍を構えて見下ろしていた。
「一人か?」
低い声は重く、空腹でへこんだ腹を殴りつけるように響く。
「一人──、いえ、あの、一人ですけど」
「なんだその胡散臭い物言いは。嘘を吐くとためにならんぞ!」
叱りつける眼光鋭い男にアデリーは震え上がりそうになった。しかし、今は怯えている場合ではない。勇気をかき集めるために、手を握りしめた。
「今は一人です。あの、さっき山で女の子を見つけて──意識がなくて」
「置いてきたのか」
「あの、そうです。助けを呼びに」
置いてきたことをなじられた気がして、アデリーは泣きたくなった。自分でもかなり葛藤したし、置いていくのは非道に思えたのは確かだ。でも、アデリー一人ではなにもできないのは明白だった。
「お願いします。助けてください」
男は槍を引かせると、それを背に担いだ。茶色の髪は長く、緩く結っていた。これは戦士たちの髪型だと、世間知らずのアデリーでも知っている。その大きな身体が農夫たちとは違う筋肉の付き方をしているのもきっとそういう理由からだろう。
「そこまで距離はあるのか?」
アデリーは首を横にブンブン振った。
「じゃあ、それを信じて食い物は持っていかないがそれで問題ないな」
今度は縦に振る。
すると険しかった男の顔が僅かに綻んだ。大人の大きな手が伸びてきて、アデリーの頬を親指で拭った。表情を和らげて眉頭を上げた顔はもう怖くはなかった。
「泣くな。泣いても状況は変わらん」
そう言われるまでアデリーは自分が泣いていることにも気がついていなかった。慌てて涙を拭うと男に背を向けた。
「泣いてなどおりません! 案内しますからお願いします」
最後にズズッと鼻を啜ったからか、男が「じゃあ、そうしてくれ」と言いながら笑っていた。
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