第20話 それで貴女はどうするの?

“忌溜まりの深森”に入る直前のアレコレです。

ご笑覧いただければ幸いです。

※注

黒い◆が人物の視点の変更の印です。

白い◇は場面展開、間が空いた印です。

―――――――――


「だからゴメンて、幾ら残念令嬢でも悪役は出来るもんな。ゴメンなー」

「主様、申し訳ありません。主様に向かい、例え残念令嬢で居らっしたとしても。腐海に御落ちであるとしても」

「……私、何も悪いこと、してないもん」


 

 薪の位置を動かし火力を調整し、爆ぜる音を聴きながらサキュバスっ娘サチは説明する。

「一つだけ方法があります。最終的には冒険者となる事は確定ですが、その前段階として、大変心苦しい事ですが、元々生まれた村や町を持たない落国の民アッシュとなって頂きます。


「なるほど、出生地不明とする事の出生証明だな。……で?」と僕。


三十秒ほどの沈黙。

……で、とは?」とサチ。


「ではでだよね。詳しく言うと、『それで』の『で』」

 とハナ。


「……いいのですか?……一時的な仮初かりそめだとしても国を持たない落国の民アッシュの身分に落ちるのですよ」


落国の民アッシュになる事は落ちる事なのか? よく解らないな。まあ、……なんか何気に厨二病的な名前でそこのとこがなんともなんだけども、ねぇ」

 とハナに向かい。

 答えてハナ「ねぇ」と。


「もともと僕は異世界こっちでは帰るべき国を持たない身だしな、今更?」

「こっち? 小僧の元の国は何処なんだ?」

 ヤベ、めんどくさいから詳しくは話してなかったんだっけ。何て言おう「大陸の端の島国だ」うん、異世界物だと定番だな。国の名はジパング。


 「ハム君はね、お船に乗ってて嵐に遭って流され流れて侯爵家うちの船に助けられて、今この国」

 ジョン万次郎かよ。

「それで私は勇者候補で女神候補。スゴクない?」

「主様の領内に、海はありませんでしたよね」


「……なるほど、私が悪かった様です。お二人共世間知らずであったと……。では改めて……、有態に言って落国の民アッシュは蔑みの対象であり、憎しみの象徴であり、最下層の民として虐げても許される。いえ、むしろ奨励される対象です。そして」


 そこで僕らに手の甲を突き出す様に見せる。そこには血で描いたような真っ赤な奇妙な文様が刻まれていた。

落国の民アッシュは生まれた瞬間にこの刺青を強制的に刻まれます。それがこの世の決まりです。

 そして一度刻まれたなら消す事は許されない」


れはれっきとした人種差別だよ。ちゃんと抗議しなくちゃ」と、眉間に皺を寄せてハナ。

「……人種差別?……抗議?」

「人として平等に扱えクソが、自分はそれを容認しない。馬鹿って言ったヤツがバカだクソが、訂正しろ。と、言い続ける事だな」と僕。

「え、平等? 言い続ける?」

「甘いよハム君。徹底抗戦だよ。地位回復の聖戦だよ」


「世の中はそんなに甘くないぞハナ。急速な秩序の変更や過激なイデオロギーの駆逐は結果、強烈なカウンターでただ世の中が乱れるだけだ。れ程まで人の偏見は根深く、至る歴史の歪曲は便器の縁裏にこびり付いたクソより醜悪で強固だ。だからといってただ黙っているのはもっと悪い。難しいんだよ」

「いやよ、そんなまどろっこしい。今すぐ立ち上がれ民衆よ! 剣を取れ!」


「うん、その志し尊し。でもてつの愚かしさは歴史が証明しているぞ。戦え、されど冷静に、音を立てず、頭を最大に使い巧妙に。それが近代戦の鉄則だ。

 それと気を付けなくてはならないのは理論のすり替えを画策する奴らだ。彼らは差別反対派を差別主義者として糾弾して来る」


「面白くないわ。下品ゲロすぎて。そしてハム君も面白くない。でもいいわ、所詮私たちは部外者だもの。私達に出来る事はただその手を握ってあげる事だけ。それで貴女はどうするの? サっちゃん」


「……何を言っているのですか。私は……(ワカラナイ)」


「それともただ勇者様が突然現れて全てを解決してくれるとでも? いや、あなたたちなら『乙女神』と『魔王』かな」


「何故その伝承を…」


 ◆ (『サチ』の視点です)


 我が一族に伝わる古い古い伝承おとぎばなし。勿論一般の民が夢物語で語る勇者ではなく、我が始祖で在らせられる【亡国の破壊乙女神『おほみたる誰か』ラドゥ・エリエルの様】と、大悪魔であり我らが主【亡国の破壊神『はふりたる従者』魔王ルシファー様】。

 わたしは……でも……ただうれしかっただけ。わたしを。私達を人として当たり前の様に見、そして戦えと言ってくれた。……わたしは、ただ……。


 ◇


「サっちゃん? ボーっとして如何したの?」


「な、何でもありません。私が言いたいのは、【落国の民アッシュ】を名乗るのであればの刺青を一時的であっても刻まなければばりません。よろしいですか、の紋章には刻むだけで強烈な枷がその者を侵す呪術が施されていますよ。一度刻まれたなら呪いも欠損も一度で直せる何千万園もする超高級高位修復薬ギガ・ポーションが無ければ消す事は出来ません。そんな貴重な……」


 ハナは腰に括りつけた魔法の鞄ストレージから例の残った一本のポーションを取り出す。見た目からキラッキラしてるヤツだ。AMGのGクラスと同じ値段で御馴染みの憎いヤツ。僕の借金。サチも借金塗れに成れ。


 サチが驚いた顔を見せる。顎が落ちてるぞ。面白いけど。でもまあ、今じゃポーション無くても大丈夫だけどな。僕は自分の掌をコキコキさせる。うん。


 サチの紋章が刻まれた手の甲に触る。サチがビクッとするが構わず握る。


 でも、一瞬魔法陣が煌めくが、ただそれだけ。手の甲の紋章に変化は起きなかった。


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 これは……

 と結論 ∮〉

 うん、わかってる。


「何をする小僧! ここにきて私に懸想か? 色情か!」


「ちげーし!……まあ、聞けよ。

 勝手に手を握ったりして悪かったな、サチのそれ、嫌そうに言ってたからしてみようかなって思ったんだ」


「そんなちょっと触っただけで効果を発揮する治癒魔法など……」


「そう、出来るんだ。転んで傷ついたハナの頬っぺたを治しただろ?でもね、ダメだった。

 サチのそれに限って言うなら、僕の治癒魔法でもハナの持ってる超お高い薬ギガ・ポーションでも無理だと思うよ。

 呪いの力じゃない。いや、これも呪いの一種かな。基本、治癒魔法もポーションもDNAの情報を読取り魔理力フォースと自ら治りたいという身体エネルギーによって治癒する。が、君には治そう、取り除きたいという気が皆無だ。これじゃ幾らやっても無駄だ。


 掛けられている呪術は蔑みではなく、ただ純粋な『誇り』を刻んでいる。

 君の手の甲の紋章は呪いではなく、君たち落国の民アッシュの元々の国章か何かじゃないのか?」と僕。


 右手甲の紋章を大切そうに左手で包み、胸に抱くサチ。


「それと、その紋章、もしかして『結び角に五つ金輪巴』って呼ばれてないか?


「何故それを!」

 まあ、珍しい紋章であるが、まあ、なんていうか、|元世界(あっち)ではうちの家紋、そのままだったからな。

 ヤダなーそうゆうの。


 ◇


「これからの事を話します。

 エリエル様を攫った賊は元々西の国境を越えようとしていました。多分、西の国の者だったのでしょう。転移石を使ってもこの国迄が限界だった。そう謂う事です。

 エリエル様の国は東に向かい一つ小さな国を抜けた場所です。私達は追手が掛かるのも西の国からであろうと考え、余計な小細工をせず、速度に任せて東に向かいました。でも思うように距離を稼げませんでした。誰かのせいで」


「誰のせいだ!」と僕。

「察しがイイな。勿論オマエだ、虚弱ノロマ小僧」

「ぐぬぬぬ」

 人生で初めて『ぐぬぬぬ』って言ってみた。ちょっと楽しい。


「先ずはこの国の落国の民アッシュの区族長に会いにいきます。

隠れ里は今居る場所より北にあり、ここから向かおうと思います。

 賊の追跡を誤魔化す事にもなり有効であると考えますが、ここで問題が発生しました。本来ならもっと距離を稼いでおり、迂回絽を辿る事が可能でしたが、今此処ここに至っては誰かの所為で『溜まりの深森』の中でも最高警戒ランクの『忌溜まりイミタマリ』を突っ切る事といたしました。


 なるべく危険は避けて通る様に努力しますが、超高魔力濃度帯『忌溜まりの深い森』の魔物会敵頻度とその強さは今までとは比べ物にならない程に高く、甘くありません。

 それでは出発しましょう」


 ◇


 だからってこれはヒドイ。


 避けられてねーじゃん。




―――――――――

お読み頂き、誠にありがとうございます。

よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。


毎日更新しています。

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