第19話 焚火の薪が爆ぜる音がする

“溜まりの深森”内でのお食事事情 のお話です。

この世界のチュートリアル編3ですね。

ご笑覧いただければ幸いです。

※注

白い◇は場面展開、間が空いた印です。

―――――――――


 焚火の薪が爆ぜる音がする。

 帳が落ち、暗がりが静かに森を覆う。

 虫が奏でる音がする。

 森は黒く沈み、その本来の色を覆い隠し、闇の姿を現す。

 僕らは焚火を囲んでいる。


 サキュバスっ娘が串に刺し炙った『何か』を渡してくれる。


 昔話を一つ、国鳥トキが腐るほどそこら中に居て、バリ害鳥だった頃は貴重なタンパク質として食ってたらしい。でも、不人気だった。嫌々に。必要に迫られた時のみ。ってほっどに。余り旨い物では無かったって事もあるが、避けられていた本当の理由は、完全にその見た目のせい、だったらしい。トキの肉は、真っ赤っかだった。


 凄く腹は減っている。減ってはいるんだけどね。

僕は渡された何かを見つめてしばし思案する。トキなんてまだマシさ昔の日本人よ。視線の先に有るものは様々な原色達が織りなす混沌だ。

 かき氷に原色シロップ各種をレインボーに掛け回し、結果何とも言えない色合いとなった『ハワイアン』なアレだ。

 真夏の太陽の下ならソレっぽいが、焚火のほの暗い光の中で見るテラテラしたハワイアン・レインボーのゼリーは単純にキツイ。

 そしてゼリーの見た目に騙されてはいけない。騙されないけど。それは酷く硬い。そして何より、臭い。強烈に。刺激的に。

 そして最低最悪に不味い。マズ過ぎる。

 マジ泣きそう。


「魔物の肉は初めてか?」とサキュバスっサチ。「“溜まりの深森”の中だ、まだまだ下位魔物キメラのテリトリーとはいえ、真面まともな物など食える訳なかろう。慣れれば之はコレで中々いけるぞ」

 嘘だ。なら何故なぜそんなに眉間がヒクヒクしている。指先がピクピクしている。


 贅沢は謂えないんだけどさ、現実って地味で不味い。コレって何だかんだ言っても夢のグルメな転生異世界物語だよね。マヨネーズとかないの?

 無理やり齧りつき、食う。イヤ、呑み込んだ。

 七天罵倒して転がり、それでもなんとか飲み込む。生きるって大変。


 魔物の肉は普通の獣や鳥類の様な肉とは異なり、全てゼリー状らしい。筋肉や骨などは無く、何処を切ってもゼリー。金太郎飴のようなゼリー。どうやって動いてるか未だに不明らしい。

 似非によるとその構造形態はウイルスに一番近いらしい。

 あくまで比べてって話なんだろうけどさ、何いったってこれに関しては最後は魔法じゃんっで片付けられそう。魔物だし。そうなんだけれどもさ!


 獣系鳥系二足歩行系様々種族はバラエティに富むが、中身はゼリーで一緒。色は押しなべて目にクる昆虫の七色甲羅ビビットまだらレインボー。既に罰ゲーム。


 魔物の外観は虫や動物に模していて(酷くいい加減にディフォルトされ、切った貼ったの独創的な外観となってはいるのが“キメラ種”、マトモ? で上位の魔物が“ネームド種”)、外皮や角(花魁蜘蛛クイーンの糸とか)、それと体内から魔晶石が採集できる。これがいっちょん大事。もろ金銭に直結してるから。それが狩りを主体とするA職の冒険者の収入源らしい。


 因みに、息絶えた個体は結構早い時間で泡になって溶けて無くなるらしい。死骸処理は楽でよいのだが、溶けて無くなる前に素早く魔晶石は元より外皮、角、肉等の必要部材を切り取らなければならない。不思議と切り分けた(分離した)部位は溶解が止まるらしい。異世界の不思議。


 狩りを生業とするA職冒険者は戦闘技能と同じレベルで必要部位を剥ぎ取る技術を求められる。お仕事だから。それ専用の人だっているぐらい。寧ろ、狩った後の処理のほうがメチャ大変はA職種冒険者ではあるある。

 我先に取り付き喰い散らかす様は腐肉を漁るハイエナが如きで、ちょっと引く、らしい。そして酷く臭い。生きていくって本当に大変。


 ちなみに速やかに魔物を駆逐したい場合は魔晶石を無傷で抜き取る。或いは破壊する。そうすると瞬時に溶解するらしい。大型の大群や強大な個体を相手にしなければならない等、エマージェンシー的な処置だが、そもそも何処に埋まってるか慣れていないと分からないし、戦闘中に無傷で抜き出す技術が難度高めで、“2級”程の上級ランカーしか不可能だったりする。一般的な冒険者には意味がない知識。


 意味があるとすると、失敗して傷つけたり、体内で壊したりすると狂気と激怒の凶暴バーサーカー化し自身が溶解するまで続く。短い時間のはずが、自身の魔晶石を傷つけた冒険者や部隊を蹴殺する時間は充分にあったりする。正に緊急手段の一か八か。


 通常戦闘中に“誰か”が間違えて魔晶石を壊したりしたら最悪である。苦労して後もう少しで倒せるって時にヤッちまったら後は南無。狙っていたお宝は全てパア、その後の猛攻を躱しながら撤退。マイナス収支何処じゃない。死人が出なかっただけラッキー。その後の“誰か”はボッコボコの刑は確実。お仕事って大変。そして何にしてもやっぱり酷く臭い。臭すぎ。


 獲り立ての、まだ柔らかく香ばしい匂いのするゼリー肉を生で食って「うまし」と言える(思えるように、ではない)なって初めて冒険者として一人前と認められるらしい。

 冒険者ってクール。僕は絶対に冒険者にだけはならないと心に強く誓う。

 後で成りたいと言っても拒否されるんだけどね。フン!


 溶ける前に採取したゼリー肉は前述の通り表面だけ急速に硬化し、腐敗することも無くなり、完全保存食となる。ちょっと待って、根本的な話、それって、食べていいモノ食材なのか?

 残念な事に魔物のゼリー改めゴム肉は栄養のバランスも良く、生なら内部に充分な水分を含む完全無欠食品らしい。どっかの誇大広告サプリメント以上に。


 匂いも時間が経ち固まると徐々に収まっていく。劣化したゴムそのもの。が、その場合は食する時は必ず良く炙る。炙らないと酷い目に遭う。どのように酷いかは知らない方が良いと、教えてくれなかった。もう一度言うけどそれって、本当に食べていいモノ食材なの?

 炙ると匂いは復活する。倍化して。その場合はもう香草やら謎のタレとかをドバドバ擦り込まないと呑み込めない。そういうレベル。


“謎のタレ”?


「あっ、なに“謎のタレ”を自分だけ塗って食ってんだよ」

「こ、これは我が一族だけに伝わる秘伝のタレで、門外不出の貴重品で……」

 僕は魔物クサレ肉を突き出し「塗って、今すぐ付けて」

「ちッ」

 今、舌打ちした? 舌打ちしたよね?


 そんな僕らを普通の干し肉(謎肉で、決して旨そうではないが、ちゃんと普通の肉の色もしてたし、匂いも普通)を両手に持ちむちゃむちゃ頬袋いっぱいに膨らませているハナ。


「それで、どうしてハナだけ普通の肉なんだよ」と抗議したところ。

「愚か者が、ラドゥ・エリエル様に魔物クサレ肉など献上できるか! 従者の癖にそんな事もわからぬか!」

「誰だよエリエって。それに僕は従者じゃない」

「亡国の或いは終りの乙女神『おほみたる誰か』ラドゥ・エリエル様だ。痴れ者!」


 其処そこに割って入り、「やめて、私の為に争わないで」と両手肉のハナ。ニマニカしながら。

「ただ言ってみたかっただけだろ、ソレ」と僕。

「そ、そんな事ないよ」とハナ。だから目を泳がせるな。

「ハム君もサっちゃんも仲良くしよ」

「誰だよサっちゃんって」

 気がつけば何時の間にかサキュバスっ娘の事をハナはサチって呼んでいた。謎だが自分も。


「え? サキュバスっ娘サマンサちゃんの事だよ。サマンサだからサチで、サっちゃん」

「サマンサの通称なら普通はサリーだろ」

「そんなの普通(面白くない)じゃん、私がハナ(小者感バリ高の、それもカタカナの)なんだから似ているような響きで(薄幸感満載なカタカナの)サチにしたの(サリーなんて可愛くて羨ましいじゃない。断固却下よ)」


「おまえ、心の声がダダ漏れだぞ。それもゲスさ満載で」


「ちッ」


 だから舌打ちはやめろ。どいつもコイツも。

「で、アンタはどうなんだ。これでいいのか? 名前に上も下もないが、コイツの思考はゲスだぞ」

「主様の仰せのままに」

「あんたも大概歪んでんな」

「ところで、ハム君は急に異世界こっちの言葉で話せるようになったね」

「それな、人の悪口とか文句なんかは感覚でわかるじゃん。それでじゃん」

「オマエも大概だな」

 と、サキュバスっ娘改めサチ。


「それとオマエは私の事をサチと呼ぶのは禁止。なんかムカつく」

「なんでだー。……ところで、サチんのタレ、秘伝って言う割には、イマイチじゃね」

「サチって呼ぶな!」

「ねぇ、ねぇ、サっちゃんは私達にお話があるんじゃないの?」

 とハナ。

「そうでした」

 此処ここで話しがやっと進む。なんか長い。



「お二人は身分を証明されるものは何一つ持っておりませんよね」と、サキュバスっ娘あらためサマンサでサリーじゃない薄幸のサチが宣った。


 身一つ(文字通り)で異世界こっちに連れてこられた僕は勿論だが、侯爵家いいとこの令嬢であるハナはと見ると、丁度『魔法の鞄ストレージ』をゴソゴソさせて謎の金ピカを取り出そうとしている。まっ、眩しい。


「ああ、エリエル様はよろしいです。そんなの出されては逆に話しがややこしくなりますから」

 ハナは至極残念そうに口をとがらせてしぶしぶ仕舞う。(ちらっと見えたハナのカードには“聖女認定記念証/発行;聖女認定協会”の文字が……胡散臭、記念って)


「何度も申しますが、この国とエリエル様のキノギス王国とは長い間、諍いが絶えません。そんな国の侯爵令嬢だとは、くれぐれもバレませんように。何をされるか分かりませんから」


「大丈夫。下賤な庶民の役は得意だから」

 その上から目線は尊し。この時点で既に悪役令嬢確定だからな。いや、リアル悪辣ポンコツ令嬢だな。


「どうしてよ! 私を誰だと思ってるの?!」


「話を戻します。この国では大きな街に入る場合や街道に設けられた関所を通る際は必ず身分証プレートが必要となります。関所を裏から回避する方法や街に寄らないという手は有りますが、酷く手間が掛かり、時間も余計に食います。大きな街でしか手に入らない装備や必要品もあります。そして国を抜ける時には必ず必要となるものです」


 サキュバスっ娘の話しだと江戸時代の手形とか、通行許可書のようなものであるらしい。今風に言えばパスポート?でも国内移動でパスポートが必要となると、この世界は商業的にはやっぱり未発展な部分が随分と残っている。


 街の入口や関所では関税は取られないらしいが、それでも国内移動に関所が数多くあれば国の集権体制のお里が知れる。お決まり既得権益バリバリそうだし、難癖付け放題なら鼻の下を請求されそうで商人は勿論、人の往来を制限する行為は国の繁栄を阻害させ、やがて衰退を意味するようになる。幕末の江戸政権のように。

 まあ、ハナの身分侯爵が示す通り、爵位が存在する絶対君主制みたいだからソンなもんか。『出女と入鉄砲』的な?


「|身分証(プレート)はどこで手に入るんだ」と、僕。

「………」

 無視かよ。


「身分証明は手に入らないの?」

「はい、必要技能を納めた者ならその所属ギルドで、冒険者なら冒険者ギルド等の帰属団体がその身分及び技量を保証し、発行してくれます」

「なら、その冒険者ギルドに行けばいいのか?」

「………」


「国境を目指す前にその冒険者ギルドに行って身分証明を貰うのね?」

「基本はそうですが、一つ問題があります。冒険者ギルドで身分証を得るには、最初の帰属場所発行の身分証からの更新になります。即ち、その者が生まれた村や町の身元保証の原本が必要なのです」

「ならダメじゃん。どうするよ?」

「………」


「如何しましょう。何かいい考えがあるの?」

「そこで……」

「ちょっと待て半端悪魔っ娘、さっきから俺の事無視すんじゃねー、メンドくせーだろーが!」

「誰が半端悪魔だ、唾棄小僧の癖に、だいたい訛りが酷くて何言ってるか判らないからな!」

「今、立派に会話は成立してるよね。話し、してるよね。全国の地方在住の皆さんに謝れ。舐めた真似してると金は払わんぞ!」


「私の雇い主であり我が主と認めたお方はエリエル様ただ御一人だけだ。従者ごときのオマエが生言ってると速攻コート剥ぐぞ。裸に戻るか、コゾーが」と、ふんぞり返って上から目線のサキュバスっサチ


「俺は従者じゃねーし」

 しかし、くそー言い返せない。正に正論。サキュバスっサチのフンフン視線とニヤニヤ口端が憎い。ああ服が欲しい。パンツが欲しい。お金が欲しい。


 今更ながら、僕への正史・移転異世界物語の“始まりの街”からの扱いが不当に低いんじゃないかと思う。“ひのきのぼう”も無いなんて酷くねー。今は街でもねーし。クマなんて最初からクマ着てて絶対汚れないパンツまで穿いてたのに。それに比べ……運営に文句の一つも言ってやりたい。


 それでも、ニマテカ顔のハナに向かい、

「『私の為に争わないで』とか言うなよ。鼻つまむぞ」

「貴様、エリエル様に向かい罵詈雑言を」

「うっさい、コレだけは譲れねー」

「私の為に争わないで!」

「主様は少し黙っててください」

「ダマレ、この腐海落ち悪役降格の残念令嬢が」


  ◇


「だからゴメンて、幾ら残念令嬢でも悪役は出来るもんな。ゴメンなー」

「主様、申し訳ありません。主様に向かい、例え残念令嬢で居らっしたとしても。腐海に御落ちであるとしても」

「……私、何も悪いこと、してないもん」




―――――――――

お読み頂き、誠にありがとうございます。

よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。


毎日更新しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る