第17話 遠くの一点を虚空の眼差しで

お金の話をしています。お金大事。この世界のチュートリアルですね。


※注

黒い◆が人物の視点の変更の印です。

白い◇は場面展開、間が空いた印です。

―――――――――


 サキュバスっサチは足を止め、視線の通らない深く暗い森のその向こうを見透かすように遠くの一点を虚空の眼差しで見つめ動かなくなる。


 要所で見せる索敵の様子だ。僕の様に空気に含まれる匂いを嗅ぎ取る為に無様に鼻を引きつらせる事もなく、ただ全身の感度を上げる。

 げなストイックさが様になっていた。


 ちょっとムカつく。なんとなくだけど。


 そこは幾筋の木漏れ日に照らされた、少し拓けた小さな湧水が細い川をつくる、そんな場所だ。

 サキュバスっサチに振り返り「少し早いですが、ここで今日はビバークしましょう。水も確保できますし、この場所は私達“アッシュ”が関所破りの際に使う裏道の一つで、比較的筋が良いセイフティです。幸い現在は魔物のテリトリーに含まれていません。エリエルハナ様はお疲れでしょう。唾棄小僧は薪を集めてこい」


「なんだとコラ!」と僕。


「ヒー! ゴメンナサイ」涙目でハナの後ろに隠れるサキュバスっサチ


「もう、ハム君ったら、イジメちゃだめだよ」とハナ。


 ハナの小さな背に隠れてニヒニヒ悪い顔で笑うサキュバスっサチ

 いつの間にかカースト最下位に位置している僕。


 もうイイです。とにかく座りたい。休みたい。


 未だに僕は森の中の逃走に慣れないでいた。本当に体力がついて来ていない。サキュバスっサチは元々だが、ハナも早々に森歩きのスキルを上げている。深窓の悪役令嬢はどこへ行った。


「確かこのあたりのはずだけど……此処ここか」

 下草を払い、隠れた小さな石碑を見つけると、その頭の凹みに革袋から五百円玉程の薄く藍ががったガラス状のコインを取り出し填め込むサキュバスっサチ

 途端に魔法陣が煌めき、薄藍色の波が石碑を中心として波紋状に一度だけ広がる。


 身体の中を薄藍色の波が通り抜けたと同時に、軽くは有ったが確かな不快感を覚える。背後の物陰から粘着質な視線で覗き見られたような。

 荷物を背負ったまま、地面に深く座り込んで空に向かい荒い息で喘いでいたが、驚いて声を出してしまった僕。

「今のはなんだ? 結界か?」


 でも、誰も返事を返してくれない。

 うむむ、自然と異世界こっちの言葉で問いかけられたのに。出来る子な僕だったけど、まだ発音は上手くなかったのかな。


「今のは何なの? 結界か何か?」

 僅かに眉間を顰めたハナ。彼女も違和感を感じたようで問い直す。


「すいません。不快な思いをさせましたか。初めてでは不審に思われますよね。これは結界と誇れる程には高性能ではありませんが、半径二十メトル以内に魔物が入り込むと警戒波を出して知らせてくれる魔導具です。

 我々落国の民アッシュのセイフティーに設置されています。

 一万イエン硬貨一枚で一夜分ですので割高ですが、交代で見張りを立てずに睡眠が取れますので費用対効果は高いと考えます」


「魔導具? 魔法的な何か? どういう仕組みなんだ?」

 誰も返事を返してくれない。

 ってかサキュバスっサチ、キサマに問いかけたんだけどな。


「魔導具? 魔法的な何か? どういう仕組みなの? いにしえの遊園地のパンダの遊具みたいにお金を入れると動く感じ?」


「ユウグって何ですか? まあいいです」と、革袋からさっきと同じ硝子のコインを取り出し、

「これは一万イエン硬貨ですが、見た事がありますか?」


 首をフリフリと振るハナ。僕も渋々フリフリしておく。

「そうですか」と溜息を吐き「侯爵令嬢の身分では自らお金を使う事も、魔晶石硬貨の百イエンで火を起こす事もありませんからね。これからの事も有りますので一度、ちゃんと説明しておいたほうが良いかもしれません。

貨幣お金は知っていますよね。物を売買するときに使用する硬貨コインの事です」


 と、革袋から僕らに見える様に一枚一枚取り出す。

 小さい値から一イエン、十圓、百圓、一千圓、一万圓と並べていく。

 全ての表面がつるりとしていて、大きさも厚みも同じだった。

「今は持っていませんがその上に十万圓、百万圓、一千万圓の硬貨があります」


「持ってないんかい」

 と、思わずお約束の僕。

 キッと、サキュバスっ娘に睨まれる。


 あれ? 僕の異世界こっち語の発音でわかるの? 通じてるの? やっぱり今までただ無視されていただけ?

 漸く悟る僕。


「見てわかる様にこの硬貨は魔物の体内から取り出した魔晶石を特殊加工しての魔力と機能をそのままに、封じたものです。

 大昔、安全に魔晶石を携帯したり大量に運ぶ為に加工され、それが、そのまま貨幣として使用されるようになったと聞いています」



元世界あっちの中世時代迄の金貨も『規格化』のもたらす携帯性と利便性からコイン形状になったと聞く。そして普遍的な価値を認められた『貴金属的な金金貨』はそのまま貨幣となった。


 その後、近世になると、より軽く携帯性が求められ、且つ大量大規模取引に対応可能な紙のお札、紙幣に取って代わって行った。

 が、それは見せかけ、一国の国内だけなら通用する認識で、対国家間では他国の紙幣など所詮は信用ゼロの紙ペラに過ぎず、現実は普遍的且つ一定価値(為替固定)を有すると信仰された金融界の絶対王者、やっぱりの『金(地金)』への交換券でしかなかった。


 即ち、各国は自国の『中央銀行』に所有確保している『金(地金)』の総量以上の紙幣を刷ってはいけない。いや、刷れない。それが世界の鉄則ルールだった。

 ドルでもポンドでもフランでも、勿論円でも。

 驚く事に米国は一九七一年まで続けていた。そのシステムを『金本位制』と呼ぶ。


 それが廃止され、その後に採用されたのが、金の保有量とは全く無関係に国の中央銀行が貨幣の量を管理する現行の『管理通貨制度』だ。


 ただし、各国通貨の『金(地金)』に変わる価値基準(為替)は国の信用にほかならない。二十一世紀現在ではもう少し複雑且つ利便性に重きを置かれたシステムが出来上がっているが、それも世界通貨と呼ばれるドル・ユーロ・円と、そのお零れの関係範囲だけで、その他は未だ基本は『金、或いは金に変わる何か本位制』が実態だ。イロイロ端折ってるけど、だいたいは合ってるはず。


(金本位制が絶対ダメって訳じゃない。国の経済基盤が未成熟なうちは国家間の為替の共通化は有り難いし何より安定性が高い。

 米国が七十一年と遅かったのは世界通貨ナンバーワンであるドルが世界基準値だったからだ。持っている『金(地金)』も多かったし、安易に変えられない事情があった。ただ、米国だから出来たことで、普通なら経済発展が鈍化するし、本当に『金(地金)』が無くなれば一気に不味いことになる)



 異世界こっちではさながら『魔晶石本位制』か。

 異世界に歴史あり。


「各国共通で使われています。よく覚えておいてください」

 と上からサキュバスっサチ



 なぬ? 各国共通だって? 混乱しないのだろうか。

 異世界の経済金融システムに不思議あり。


『魔晶石コイン』は米ドルの様な世界基軸通貨って事なんだろうか?

その他に各国家独自の通貨があるのか? 話の流れではそんな事はないようだけど……。


 でも自国通貨銀行券発行はその国の大事な主権だ。

 国家間取引に使用される|(外資準備高って事だな)なら判るが、国内需要までを他国(基軸通貨発行国)の主権が及ぶ通貨を使用する事は皆無だ。国内需要をいい様に操られ、実質的な属国になる。いや、末端の属国でも出来ないし、しない。それは明確な隷属国だ。

 元世界あっちでは現在進行形でどっかの大国の何とかの道沿いの小国が正にそうやって属国や隷属国に落ちて行った事実があるが。



「その『魔晶石コイン』はどの国、或いは団体が発行しているのか?」

 と僕。


「フフッ」と不敵に笑い、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸をこれでもかと張り(言うほど盛り上がっていないのが悲しい、悔しい)。


「それは、何を隠そう我ら落国の民アッシュなのだ。正確には我々アッシュが運営する冒険者ギルドが主体となって鋳造し流通させている。ギルドの主業務である魔物を狩って取り出す魔晶石特異生物産資源収収集物から造られる」


 マジかー! どうなってるの? いやいいんだよ、各国家がそれでいいって言ってんなら。


 そこまで世界の文化レベルも経済レベルも高くないって事なのかな? 王様とか貴族とかいる封建制度っぽいからなー。

 逆に経済発展してる? EUのように? でもあれの最も根本的で鉄の掟は『加盟国同士では絶対に戦争はしない』なんだけどな。正しくは『承認を取らずに』何だけど、ソレにしたって、ヤッてるって言ってたよね、戦争。


「ほんとう? ソレ、知らなかったな。でも今までお金を誰が造ってるなんて気にしてなかったな」

 とハナ。


 へ? 大国の侯爵令嬢が知らない? そんなことあるのか? 庶民じゃないんだから、それぐらいは貴族教育で習わないのかな? 必須だと思うんだけどな? 外交とか、貿易とか、最も大切な税金関税の話だぞ。


「しまった、話しちゃいけなかったんだ!」

 との呟きに、それを発した人物に視線を移す。サキュバスっサチは異常な汗をかき震えていた。


 ウンウン、やっちまったんだね。自慢話で調子ぶっこいちゃったんだね。


「……そんなことより」

 とサキュバスっサチ


 強引に話の流れを変える。うん、ない事にしたんだな。わかるぞ、それしかないよな。ハナも空気を呼んだようで、目を逸らして無言。でも口角の端が……。


「そんなことより、

 その後、改良と進化を遂げ、より安全性向上の為に魔道具と共に使用しないとその魔力を取り出せないような安全策セーフティが執られ、且つ、魔晶石毎に異なる魔力量を均一化し、その魔力量の大小でランクを付けました。

 そのランクが今の各硬貨のそのままの価値となります。

 見た目も大きさも視覚的には変わりませんし、装飾の類も皆無ですが、魔力量がそれぞれ違いますので容易に区別できますね」


 ?……当然に在るべき価値を区別する為の数字も、肖像等の装飾もない。皆同じでつるんとしている。僕は全く区別できませんが。

 いや、よく見ると薄っすら光ってる? じっと凝視してやっと微妙に光り方の強弱がある?


 「ハナ、区別つくか?」


 「ハム君、如何して判らないの」


〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。

 公彦は異世界こっちの魔力に嫌われていますから……。

 残念ですね。無理ですね

 と結論 ∮〉


 ナニそれ? 納得できないんですけど! 酷く不便なんですけど。

 僕ってお金の計算が出来ない残念な子扱い? いや、現在日本ではそのような子でも権利と保護が確約され……そうですか、此処ここは異世界ですか。そうですか。




―――――――――

お読み頂き、誠にありがとうございます。

よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。


毎日更新しています。



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