職場内不倫をしている夫の、職場のイベントに手違いで呼ばれたので、素知らぬ顔で子連れ参加し、気まずい思いをさせてやりましょう。

@harinezumi-aki

第1話

 私の夫は、職場内不倫をしています。


 夫は隠しているつもりですが、私は全てを知っています。

 なぜなら、私は、私以外に知る者のいない固有スキル『盗聴』によって、事実を確認しているからです。



 夫のビルが勤めているのは、魔道具メーカーの営業部。営業部には、夫と、その不貞相手であるリズさんを含めて、7人の所員がいます。


 夫とリズさんが恋仲であることは、部長さん以外の、営業部全員が知っている、周知の事実。


 それにも関わらず、同僚の皆さまは、夫とリズさんを咎めるどころか、むしろ彼らをあたたかく見守っているのです。

 何という職場でしょう!



 ですがその原因は、私の夫にあります。

 夫は同僚の皆さまに対して。


「もう、妻への愛はない。」

「夫婦関係は終わっているのに、妻は俺の金目当てで離婚に応じない、強欲な奴。」

「愛するリズに辛い思いをさせて、俺は何というダメな奴だ――。」


 と被害者ぶって話しているので、皆さまは、それを信じておられるのです。 



 他方で、リズさんは、とても可愛らしい方のようで。


「もちろん、早く結婚したいけど――、ビルの離婚が成立して一緒になれる日を、私、いつまででも待ちます!」


 と健気に宣言し、皆さまの涙を誘っています。



――ああ。

 二人とも、酷すぎます!!



 私たち夫婦には、3人もの子どもがいるのです。しかも下の子は、まだ生後9ヶ月という幼さ。


 それなのに不貞に走り、しかも妻を悪者にした挙げ句、職場内で堂々と不貞相手とイチャつくなんて。我が夫ながら、何という男でしょう。


 リズさんの方は、悲劇のヒロインになりきっているようですが。人の家庭を破壊する加害者であるという、自覚はカケラもないのでしょうか。

  


 私のスキル『盗聴』は、レベルMAXなので、あらかじめ対象として設定した相手であれば、対象者がどこにいても、その会話を聞くことができます。


 もちろん、直接向かい合っている相手であれば、誰の内心であっても、聞くことが可能です。


 先日、このスキルによって夫の内心を聞いた私は、数日後に、夫の働く職場で『家族会』が開かれることを知りました。


 なんでも、営業部のメンバー及びその家族で、剣術大会のロイヤルシートという名の個室空間に集まり、お料理を食べながら試合を観戦するのだとか。



 夫は、浮気相手――リズさんのいる職場の家族会に、私や子供たちを呼ぶつもりはありません。

 私に言い忘れたまま、出張に出かけて、戻った日には既に当日だったから家族を呼べなかった、という言い訳でいこうと、考えています。



 私にはこれを、逆手に取ることに致しました。



※※※※



(――どうして、ソフィアがいるんだ。)

  

 部屋に入ってくるなり、夫は、酷く動揺しているようです。



「おお、ビル。待ってたよ。君、今日のことをご家族に言い忘れていたんだろう? たまたま、細君を見かけたから、お連れしておいたよ。」


 ニコニコと語る、夫の職場の部長さん。夫とリズさんの関係に気付いていないこの方は、夫が私たちを呼ぶつもりがなかったことなど、つゆ知らず。良いことをしたつもりで、誘って下さいました。



 もちろん、本当は『たまたま』などではなく、私が盗聴スキルを駆使して、部長さんご夫婦と私が鉢合わせするように仕向けたのですが、彼らがそれを知る由もありません。



 夫と共に入室した同僚の皆さまは、明らかに戸惑った様子ではあるけれど。私は、一番下の娘――まだ0歳児の次女を抱っこしながら、あえて、何も知らない風に、にこやかにご挨拶をしました。



「主人がお世話になっております。騒がしい子ども達ばかりで、ご迷惑ではなかったかしら。」



「ああ、いえ、とんでもない……。」


 真っ先に目を逸らしたのは、夫の同期のニックさん。


「先輩には僕の方が、お世話になってますんで……。」


 低姿勢に言うのはアルベルト――、「アル」と呼ばれている新人さんのようです。


「ははは、うちの子も騒がしいですから。どうぞゆっくり、観戦して下さいね。」


 引き攣った笑みを見せたのは、夫の先輩のピーターさんですね。



――そして……。



「こ、こんにちは!」


 動揺しながらも、にっこり笑いかけてきたのは、夫の不貞相手であるリズさんご本人。

 若くて可愛らしい女性ですが、気の強そうな笑顔は、宣戦布告のようにも思われます。



「あ、ほら! あちらに、料理もあるようですよ。お子様たちにも、どうぞ。」


 と、私を少し離れた場所に誘導するのは、機転のきく感じのショートカットの女性。


 部長さんと夫を含めた、この7人が、職場のメンバーで間違いないようです。



「あ! パパだー!」

「パパー!」


 6歳の長男が、夫に気付いて駆け寄り、それを追うように4歳の長女も、夫の足に飛びつきました。


「アリスのパパも!」


 夫の先輩のピーターさんに飛びついたのは、一人娘のアリスちゃん。

 夫たちが到着する前に、お母さんと先に来ていたアリスちゃんは、うちの子たちとすっかり仲良しになりました。



「ははは、皆、良かったなあ、パパが来て。――三人とも、パパは今か今かと、待ってたんだぞ。」


 朗らかに笑う、何も知らない部長さんに。


「うちの子たちが、こんな年ごろだった時代が、懐かしいわねえ。」


 相槌を打つ、何も知らない部長夫人。



 同僚の皆さまも、一見和やかに、ニコニコと子供たちを見守っているのですが。



(え!? あれが噂の鬼嫁? めっちゃ優しそうじゃんっ。)


 内心で、驚きまくっている、同期のニックさん。鬼嫁の評価を改めて頂きまして、光栄です。



(普通に仲良さそうな家族なんだけど? 奥さん達は、リズのこと、知らないみたい……。)


 ビルと子供たちをチラ見しながらも、見た目には一切出さない、ショートカットの女性。



「うちのアリスは、兄弟がいないから、同じ年ごろの子と遊ぶのが嬉しいらしくて。今度、ご自宅にも遊びに伺う約束をしましたのよ。」


「ははは。いや……、それは、さすがにご迷惑じゃないか。」


 ピーターさんは、奥さまの話を、必死で流そうとしているようですが。



「迷惑なんて、とんでもないですわ。アリスちゃんみたいに可愛いお友達に来ていただけたら、うちの子たちも喜びます。ねえ? あなた。」


「そうだな……、いや、しかし……。」


 ゴニョゴニョとはっきりしない夫。しっかりしないと、リズさんが睨んでいますよ!



――コン、コン、コン



 扉をノックする音があり、アリーナの職員さんが、シャンパンを届けてくれました。



「ソフィアさまがお越しになっていると伺いましたので、こちら、会長からの差し入れになります。」


「まあ……。あちらに置いて頂けますか。お気遣いありがとうございますと、会長にお伝え下さいませ。」


 私は、上品に微笑んでみせます。



「あなた。せっかくですので、皆さまに。」

「ああ……。」


 あらあら、夫の笑顔は強張っていますね。



「会長からの差し入れ?」


「当施設は、ソフィア様のご実家のクリミア財団に、大変お世話になっておりますので。」


 シャンパンを運ぶ職員さんは、私に代わり、丁寧に答えて下さいました。



「「クリミア財団!?」」


 皆さま、驚いておられます。

 国内有数の財団ですから、知らない方はおられないようですね。


((誰だ、ビルの妻は金目当ての強欲女だって言ったのは!?))


 そう、金目当てというのなら、ビルの方ではないかしら?



「――あら。」



 私が、抱っこしている次女が、新人のアルくんの服を掴んでしまいました。



「あーう。あーう。」

「こら、ダメでしょう。離しなさい。」


 何とか引き離しましたが、次女はアルくんの服の装飾が気に入ったのか、しきりに手を伸ばしています。



「あーう。あーう。」

「ごめんなさいね。」

「はは、気にしないで下さい。」


(うっ……、めっちゃ可愛い。)


 アルくんは、赤子の無邪気さに、落ちてしまったようです。



 次女がアルくんを気に入ったようなので。夫とアルくんに、交代で次女を抱っこしてもらい、その間に、私自身は上の子たちに食事をさせながら、試合観戦を始めました。


「すごーい!」

「カッコいい!」


 肉眼で見る迫力ある試合に、子供たちは大喜びです。



「このお姉さんも、この大会で優勝したことがあるんだぞ。女性の部で。」


 ピーターさんがアリスちゃんに、話しかけていました。


「やーね、そんな昔のこと。」


 ショートカットの女性が、苦笑いをしています。



(長く剣を持つと、指先が痺れちゃうのよね……。なのに、手と腕からは異常は見つからなかった。)


 彼女の内心の声に、私は違和感を覚えました。だって、彼女の不具合は、手や腕ではなく……。



「ちょっと失礼して、良いですか?」

 

 戸惑う彼女の肩に手を当てたところ。



――やっぱり。



 私は、確信を得て、スキル『治癒』を発動させました。


「!? え。体が軽くなった!?」

「おお――。そうか、クリミア財団といえば。」


 そう、私の実家は、この『治癒』のスキルにより治療院を経営して財をなし、それを社会に還元したり、貧しい人の治療にあたる資金としています。

 一族の者は皆、『治癒』のスキルを有しているのです。



「故障の原因は、肩にあったようですわ。これできっと、元のように剣を持てるでしょう。」

「ありがとうございます……!!」


 涙ながらにお礼を言われ、悪い気は致しません。彼女自身は、悪い方ではないようですから。

 同僚の皆さまも、良かった良かったと、喜んでおられます。



「普段は、治療院でお仕事を?」


「いえ、治療の仕事はしていないのです。」

「それは勿体ない。せっかくの希少スキルなのに。」


 皆さまが、ウンウンと頷かれた今が、タイミングですね。



 私は、見た目だけなら清らか、と言われる笑みをそっと浮かべて、答えました。



「良いんです。家で、主人が安らげる空間を用意することも、大切なことですから。結婚のときの約束で――。」


「――??」


「主人が『互いに家庭を第一に・・・・・・・しよう』と希望したものですから。

 私も約束したんですの。仕事はやめて家庭を第一に・・・・・・、しっかり家を守っていくと。」


「「!!!」」



 部長を除く、同僚の皆さまは絶句して、白い目を夫に向けています。

 冷や汗タラタラの夫は、自分の発言を、今ごろ思い出したのかもしれません。

 


「最近、パパ遅いから、ママはいつも、ご飯をたべずに待ってるんだよー!」


 ナイスアシストの長男ですが。


「こら。パパが気を使うから、そんなことは言わなくて良いの。パパはお仕事頑張ってるのよ?」


 私はあえて、長男をたしなめるように、言いました。



「ハッハッハ。ビルは幸せ者だな。やはり、結婚は良いものだ。ニックとサラも、そろそろか?」


 人の良さそうな部長の問いに。


「ええ、来年を考えています……。」


 答えるのは、ショートカットの女性――サラさん。ニックさんと付き合っていたんですね。



「おお、楽しみだな。リズも、早く結婚したいと言っていたが、良い人がいるんだろう?」


「そうですね、結婚したいと思う相手は、いるんですけど……。」


 リズさんの答えに。



「「……。」」



 今日一番の、気まずい沈黙が漂いました。  

 

 

――良し、これで。

 今後、職場内で、気持ちよくイチャつくことは出来なくなるわよね?



 私は満足しました。



 ピーターさんご一家とは、家族ぐるみでのお付き合いをさせて頂きますし。

 ニックさんとサラさんは、私への恩を忘れないでしょう。

 アルくんも、うちの赤子の存在を目に焼き付けたはずです。


 これで、今までのように、夫とリズさんの恋をあたたかく見守る者がいると思いますか?



さて、これから、どうしましょう。離婚はいつでもできますし、煮るのも良し、焼くのも良し。



「あら。もう、こんな時間ですね。

 そろそろ帰りましょうか。」


 私は、控えめな笑顔で、夫に声をかけました。


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