一千年間の想い

 ノクスと出会ってからの記憶は鮮明で、今までに見てきたのと何ら変わりのない日常も、彼と過ごすと新鮮で、それまでは物語や友人からの惚気話からしか感じてこなかった熱を、自分からも感じ始めるのも時間は掛からなかった。


 会う頻度も私の気持ちに比例する様に増えていったけど、お互いに奥手だったから関係性は発展せず、気持ちばかりが積もったまま、気づけば出港前夜、もう一度あの夜景が観たいと言う彼と見晴らしのいい海岸に来ていた。


 流石に出発前夜だけあってか覚悟を決めたような表情のノクス。いつもより口数が少なく、重たい空気だけが流れている。

 私も普段口数が多い方じゃないけど、ひょっとしたら周りからは、こんな風に見えているのだろうか。

 そんなことを思いながら、目の前に広がるいつ見ても感動的な景色を眺めていると、前に本で読んだ星の事を思い出した。


「ノクスはプルメザって知ってる?」


「プルメザ?初めて聞きました」


 唐突な私の質問に、それまで少しだけ強張って見えた表情を緩めて答えるノクス。それを見て少し安心した。


「古代魔術には星を使った魔法も多く見られて、星と魔術の因果関係は未だに分かってないけど、それもあってこの国では星の研究も多くされてきたの。プルメザは一千年に一度輝く星らしいんだけど、それがアレなんだって」


 そう言って、鏡面に映るものも合わせると無数にある光の中から、たった一つを指差す。


「一千年に一度か・・・じゃあ、あの星を二人で見られるのはこれで最後なんですね」


 そんな悲しいことを言わせたくて言った訳じゃなかったのに・・・


「明日の出港だけど・・・」


 徐に何かを言おうとした私の言葉を遮るみたいに、困った様に寂しげな表情をノクスが見せる。

 私の表情が読みやすいからなのか、彼は時折こんな風に私の言葉を先回りする。

 そして、私はまた彼を引き止める機会を逃してしまった。最後の機会を・・・


「僕は必ず帰って来ますから。約束です・・・」


 そう言って、胸にあるポケットに手を伸ばすのを見て涙が溢れるのを感じた。

 私が彼の行動を先回りしたのは、後にも先にもこれっきりだった。


「僕が帰って来るまで待っていてくれますか」


 差し出された指輪は、なんの装飾もないシンプルなデザインだったのに、今まで見てきたどんな金銀財宝よりも輝いて見えた。


 それからのことはあまり覚えていないけど、指輪を受け取った私は必死に溢れる涙を拭って、彼は涙を堪えていたと思う。

 次に思い出せるのは、月明かりが雲を抜けて来た所。


「いくらでも待つ・・・十年でも・・・一千年でも」


 涙を堪えながら何とか返答して、それから手を差し出した。

 ノクスは少し間を置いて、私の手を握った。


「私の一番好きな景色を見せてあげる。私に今返せるのはそれくらいだから」


 そう伝えて、希有な空中歩行魔法を発動させて星空の中を二人で歩いた。

 私がそんな魔法を使える事も知らなかった彼は、最初は驚いていたけど暫くすると、やっぱりその光景に涙を流していた。

 さらに暫くすると、どっちが言い出したのか忘れたけど二人で星空の中で踊っていた。

 夜が終わるまでずっと・・・






 彼女の話はそこで途切れた。

 下を向けば溢れるほどの涙を瞳に蓄えて、上を空を仰いだままでいる彼女に探偵が、歩み寄る。

 それから少しして、涙を零しながら彼女が下を向く。

 実態のない涙は、それでもこの綺麗な海に帰っていった。

 そして彼女も、朝に消える月の様に消えてしまった。


「それじゃあ行こうかワンズ君」


 唐突に探偵が俺を振り返る。

 当然俺の疑問は一つだった。

 何処に?


「決まっているだろう。依頼者に今回の顛末を報告しにさ」

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