第23話 市街地命がけレース
綺真島は元々無人島だった、らしい。今となってはまったく面影はないけれど。
無人島を国総出で開発した結果、自然は徹底的に管理され、人工物が多く立ち並ぶ島へと変化していった歴史がある。
そのため、基本的には道は碁盤の目だ。
建設されたビルの合間を縫うように立体道路が建設され、更にその上に立体光が臨時でコースを作る、という作りになっている。
島ゆえに、土地は限られている。人口が増えるたびに上へ上へと生活の土地を増やしてゆくせいで、いつか空が見えなくなってしまうのではないかとの声があちこち聞こえるようになった。
今日もまた『美しい綺真島を!』と叫びながら、環境保護団体が揃いの服を着てデモを行っているわけだが――
「クソが! ふざけたドリフトを……!」
「ごめんね! エースのシーマ様は完全復活したからさ」
志真とシノグはデモ集団のすぐ側を高速で駆け抜ける。
バイクのエンジン音でデモ集団の声はかき消され、そこにいた人々の注目を一身に浴びた。
演説をしていた、デモ集団の代表と思しき小太りの男性が「今いいこと言ってたのに! いいところだったのに!」と苦情をマイクに乗せて叫んでいた。
いいところを邪魔したことについては大変申し訳ないが、残念ながらこちらもいいところなのだ。
志真が住宅街へ続く大階段をジャンプで飛び降りると、すぐ後ろを走っていたシノグは「クソがあぁぁ!」と叫んだ。
『志真、こっちは『ロード』で走りたいんだ。勝手に飛ぶな!』
「あ、ごめん。シノグは高所恐怖症だったっけ」
『すっとぼけやがってふざけるなよ。未だに自転車に乗れないくせに』
「今それ関係ないから」
軽口というか暴言というか、なんというか。
吐けるものを吐き出しながら、二人のレースは続いていた。
本来はこういう若者の突発的で危険なレースは全てスカイバイクが請け負ってきたものだったが、高所恐怖症等々の個人の事情も相まって、公道での野良レースもたまに行われていたりする。
自動運転が普及しているので事故はあまり起こりはしないものの、それでもエラーやミスは起こるもの。
そのため、人通りの少ない公道で走ろう、と移動中だったわけだが……なぜかその間で本気のレースとなってしまった。
「走るだけだって言ってたのに……」
『お前が先にスピードを上げたからだ』
さっきからどっちが先に仕掛けたのかの問答が続いているが、おそらく決着がつくことはないだろう。
志真はスピードを落とさずに、バイクと自身の体の調子を確かめていた。
――大丈夫。ゲンのバイクも、自分の体も調子がいい。そして、長いこと乗っていなかったバイクとのチューニングも出来ている。
志真が感覚を確かめ終わると、少しだけ声色を落としたシノグの声がスピーカーから聞こえた。
『何があったんだ』
「何って?」
『スカイバイクを引退してから、今に至るまで。俺はお前が引退したことしか知らない』
「……」
『しかも、突然だった』
それは志真が唯一逃げたことだった。
スカイバイクという心の拠り所を失った志真は、仲間やシノグたちに事情を説明することも、別れを告げることもせずに逃げるように消えた。
突如窓を閉めるように、シャッターを力任せに降ろすように。連絡が来ても返さなかった。
全ての情報を遮断し、三か月間、永遠に家に引きこもり続けた。
それは単純に、スカイバイクが出来なくなったというショックからその行動に至ったわけだが、今になって考えてみると、嫉妬という面もあったのではないか、と思う。
自由にバイクに乗り、レースをしている奴らが、仲間が。羨ましくて、妬ましかったのだ。
『突然引退して、連絡ひとつ返さない。目をやったらしいとの噂がまわっただけで確かなことはわからないし確かめようもない。そして気付けば復活していて……俺は完全に蚊帳の外だ』
「それはごめん」
『別に。チームも違えばレースの種類も――文化も違う。お前の人生だ。お前の好きに生きればいい。……そう思ってたよ。さっきまでは』
そう言ってシノグはしばらく黙ったのちに、『クソが』と続けた。
『事故でも何でも、俺を巻き込むつもりなら洗いざらい説明しろ』
”巻き込むつもり”というのは、先程の流血沙汰のことだろう。事故とはいえ、巻き込んでしまったことに関しては申し訳なく思っている。
とはいえシノグは自身が被った被害を責めるつもりはないらしく、一貫して事情を説明しろと言う。
未来からの攻撃、嘉というわけのわからない存在――志真とて未だにわからないことだらけだが、聞く気があるのなら全部話してしまおう。
それにメビウス以外の人間が力になってくれるのならば、大変心強い。選べる手段が増えるというものだ。
「じゃあ、今から僕が話すことを、大真面目に聞いてほしいんだけど――」
志真は、どこから話せばいいのだろう、とゆっくりと考えを巡らせた。話すと本当に長くなってしまうので、手短にしたいものだ。
そんなことを考えていると、地面から大きな振動を感じる。トラックが走行する音も聞こえてきた。
不審に思い後ろを振り向くと、住宅街の細道にしては大きなトラックがこちらに向かってきていた。
住宅街を通るわりにはスピードが出ている。角を乱暴に曲がるため、民家の塀がトラックに傷をつけていた。
それでもトラックはスピードを緩めない。
『志真様!』
なんとなく、嫌な予感がした。ぞわりと体を駆け抜ける、何度も感じている、闇のにおいだ。
「嘉か……。やっぱり、まだ僕を追いかけてくるわけだね」
先日の一件で懲りたわけではないらしい。
志真は慌てて減速し、後ろを走っていたシノグの後方につける。そしてシノグのバイクを蹴飛ばした。
『おい何をする!』
憤慨するシノグをなだめている暇はない。
そのままゲシゲシと蹴り続け無理矢理スピードを上げさせた。
「嘉だ! あのトラック、僕たちに突っ込むつもりだ」
『誰だそれは。というか、自動運転がついてる車両で、事故が起きるわけ――』
「僕の話を大真面目に聞けって言ったばっかだよね!?」
『は、はぁ……?』
つべこべ言うな。今は言うとおりにしろ。
圧をかけると、シノグが動揺した声を出す。
「そのバイクをスクラップにされたくなかったら、今すぐ僕の言う事を聞いて」
志真が更に圧をかけると、シノグは小さく舌打ちをした後に、スピードを上げた。
『あれを撒けばいいのか?』
「撒くことが出来ればいいんだけどね」
『スピードレーサーのくせに随分弱気な発言をするもんだな』
「プロレーサーのくせに随分相手を舐めた発言をするもんだね。戦ったこともないくせに格下扱いなんて老害がすることだ」
『チッ……』
罵りあう余裕もないが、罵らずにはいられなかった。
シノグと共にどんどんスピードを上げてゆくが、トラックとの距離が離れていくわけではなかった。
というよりも、少しずつ近づいてきている。
『なんだあのトラックは――』
そこでやっとトラックの異常を感じたらしいシノグが後ろを振り返り――
『運転手がおかしい』
ということに気付くのだった。
志真は運転席を見たわけではないが、運転手がどういう状況になっているのかは大体予想がついていた。
「目が治ってから、はじめて学校に登校したときも……ああいう”目の黒いやつ”に襲われた」
『は? 何故だ』
「僕にスカイバイクをやらせたくないやつがいるらしい」
志真の視力を奪ったのも、先日のレース『アルティメット・ヘル』で妨害をしたのもそいつ――嘉である。
志真が説明をする合間も車間距離を詰められている。
住宅街を歩いていた母親と子供が悲鳴を上げ、若い男女が別の道路へと急いで方向転換をする。
「嘉の狙いは僕だ。これ以上狭い道へは行けない」
『じゃあ大通りに出れというのか? 道は広くなっても、被害は大きくなるぞ』
わかっている。
自動運転機能を搭載した車が多く走る大通りだとしても、暴走した大型トラックが走ればどれだけの事故となるかは安易に想像が出来る。
けど、だからと言って住宅街で暴走させておくわけにもいかない。
どうしたらいい――
志真はひとつ考えてから、
「ウル。ちょっと犯罪をしてくれない?」
と言った。
「僕たちはこのまま真っ直ぐ進んで大通りに出る。絶対に曲がらない。だから、僕たちの通る道の信号を全部青にしてほしい」
志真たちの走る道に、誰も入れないでほしい。
車もバイクも自転車も人間も。犬猫だって入れてはいけない。
志真がそう説明をすると、ウルは「はいなのです!」と言って、姿を消した。
「――さて、シノグ。色々展開は狂ったけど、ここからレースをしようよ」
ウルが消えてからひとつ大きく深呼吸し、シノグへと話を振る。
「このまま真っ直ぐ、駆け抜けたほうが勝ちだ」
『……狂ってやがるな』
シノグは呆れて溜息を吐いたが、どことなく楽しそうでもあった。
『ゴールは? 駆け抜け切ったらどうすればいい?』
「ひとつ手がある。僕に任せてよ」
『……わかった。信じるからな』
それだけ言うと、シノグはそれ以上聞いてこなかった。
さて、公道の命がけレースの始まりだ。
志真とシノグの二十メートルほど後ろには、嘉に操られていると思しき大型トラックがスピードを上げつつ迫ってきている。
被害を最小限にとどめ、どうにかして逃げ切る――というのが志真とシノグに与えられたオーダーとなる。
3、2、1――GO!
一気にスピードを上げ、住宅街を走る。
『こんなレース、初めてだ。気が散って走りにくい』
シノグの言葉に、志真は笑い返した。
「安心して走れることが保証された『ロード』と、何が起こるかわからない『スカイ』の違いはこれだよね」
素人がコースを作り、素人が走る。
わけのわからない「仕掛け」に翻弄されつつも、その場その場で対処をしつつ走る。対応を間違えば即ゲームオーバー。
これがスカイバイクの魅力であり、欠点でもあり、唯一無二の武器でもある。
つまり今の状況は、路上でスカイバイクをしているようなものだ。
「『スカイ』へようこそ。シノグくん。グラスターのスカイ部門に移動するのも秒読みかな」
『誰が行くか。お前が『ロード』に来るんだ』
「だから、行かないって」
お互いに軽口をたたいていると、トラックの走行音が大きくなっていることに気付く。
真面目に走らなければ数秒で窮地に立たされるところもまた、スカイバイクに似ている、と志真は思った。
とはいえ、今回は遊びではない。
嘉のことだ。志真以外の人間がどうなろうと構わないと思っているだろうし、なんなら何も関係のない人を巻き込んで志真に責任を押し付け、スカイバイクを引退させるという小汚いことを考えていてもおかしくはない。
出来るだけ早く終わらせなければいけない。被害はもちろん、最小にして。
「そろそろトップ、代わってもらおうかな」
先頭を明け渡せ、凌。
志真がグリップを大きくひねる。
バイクの大きなエンジン音が、日が暮れかけている住宅街に響き渡る。
――もうすぐ、夜だ。
沈みかけの太陽は赤みを増し、空の半分以上が群青色になりつつあった。
大通りの信号の光もよく見える。
遠目でもわかる信号機の綺麗なオールグリーンが、志真の心を逸らせる。
「志真様! 大通りの信号機をたくさんいじって、誰も”コース”に入らせないようにしたのです」
『おい青いの。それでも入ってきたらどうする。自転車や徒歩の奴らは自動運転なんか関係ないんだ。これだけスピードが出てれば避けられない』
「絶対に入って来ないように物理的に封鎖したのです」
『物理的に……』
大通りからはいつの間にか、クラクションの大合唱が聞こえていた。
今の地点からはよく見えはしないが、「物理的に閉鎖」と聞いて頭に浮かんだのは志真もシノグも、大体は同じだ。
「ご安心ください! 誰一人怪我はしていないですし、させませんなのです」
ウルが得意げに答えると、シノグは一瞬言葉に詰まり――
『犯罪の片棒を担ぐとは……』
深く深く、ヘルメットをかぶりなおした。それでいい。
『お前がいかに狂っているのかがよくわかった』
「狂ってるのは嘉なんだって。僕は嘉に迷惑かけられてるだけ」
『どうだか』
「もともと僕は善良なおとなしいレーサーだったでしょ?」
『……』
二人はエンジン音を携え、大通りへと入ってゆく。
真っ直ぐな道の、そのまた先――まだ見えぬゴールが待ち遠しい。
走り切ればさらに嘉の喧嘩を買うことになってしまうのだろうが、もはやそれは仕方のないことだ。
抵抗に抵抗を重ねなければ、志真は生きていけないし、それに――
既に、嘉からの喧嘩は買ってしまっている。
喧嘩は買い続けなければ意味がない。
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