03.Galactic Loop

第19話 つるし上げ会

 先程から、”どうしようもない詰め”が延々と続いている。

 くだらない、と思いつつも席から立てないのは、志真に「立つ権利」が与えられていないからだ。


「紛失した立体光コアについて、メビウスの意見を聞きたい」

「君たちはコアの購入費がタダだと思っているのか?」

「暴走した仕掛けからレーサーを助けるのは良いとしよう。だが、コアを破壊していいわけでは――」


 志真はその、どうしようもない詰めに、イライラしていた。

 貸し切られた広めの会議室。空調が部屋を適温にしようと風を吹き続けているが、部屋が地味に広いためなかなか温まらない。

 それに加え、飛び交う刺々しい言葉や雰囲気により、体感温度は氷点下に近かった。

 空調がどれだけ頑張ろうと、温かな空気にはならないのだった。


 早く終わらせたい。そして、早くトレーニングがしたい。

 志真はいつも通り、スカイバイクのことしか考えていなかった。


 『アルティメット・ヘル』のレースから約二週間がたった今日。

 反省会と称した「つるしあげ会」が行われることになってしまい、志真のテンションはすこぶる低い。

 許されるならば、今すぐここからダッシュで退散してしまいたいくらいには気乗りがしなかった。


「メビウス、答えろ」


 しかも志真は名指しで出席を求められてしまったので、欠席するわけにはいかなかった。

 というか当初、志真はサボる気満々でいたのだが、同じく出席を求められたゲンに捕まってしまい、二人仲良くつるし上げられることになってしまった、というわけだ。

 志真は詳しいことは聞いてはいないが、この「反省会」を欠席すると、あとでかなり大きな雑用を押し付けられるとかなんとか。

 自分が不利にならぬよう、行きたくもない飲み会に参加せざるを得ない社会人のなんたるかを感じてしまい、志真はげんなりとするのだった。


 自由がウリのスカイバイク、なのではなかったか。若者が自由を求めて空を飛んだ、それでいいではないか。

 なのにこの加齢臭漂う集会が、現代も色濃く生きているだなんて。そしてそれを進めているのが、同じ時代を生きているはずの「若者」だなんて。


「世も末だね」


 思わず言葉が出てしまった。

 隣に座っているゲンが小突くので、それ以上は言わないけれど。


「なんか言ったか? メビウスの……」

「はいはい。メビウスのバイクナンバー1のシーマです。特に何も言ってませーん」


 志真は適当に答えて深く息を吐いた。

 志真の隣にはゲン、周囲の席には運営と、スカイバイクレースの財布を握っている財布役の女性が険しい顔でこちらを見ていた。

 財布役も運営の中の組織なのだが、スカイバイクはあまりに若い競技だ。集まる人材も若者ばかりゆえ、あまりに「やらかし」が多い。財布役はそのやらかしのケツを拭き続けたということもあり、財布役に権力が集中してしまったのだ。

 今では、チームのマッチングやコースの作成など、レースに欠かせない基本的な作業を運営がやり、金銭が動く場合は財布役にいちいち伺いを立てなくてはいけなくなってしまったようだ。


 どうして反省会にメビウスが呼ばれているのか。

 それは単純に、前回のレースで立体光コアを大量に破壊・紛失したからだ。

 操られているゴアのレーサーを使って仕掛けの仁王像を破壊し、巨大化したウルが暴走した仁王像のコアを吸収し、未来へ返品する、ということもした。

 あのレースの場で嘉と戦うためにはその方法しか思いつかなかったというのもあるし、お咎めが怖くてスカイバイクがやってられるか、という思いもあっての行動だったが、運営や財布役は、志真たちの事情を知らない。

 そのため、一体どういう経緯であのような行動をとったのか、という事情聴取を延々とさせられ、追加でつるし上げられているわけだ。


「もう一度言うぞ。答えろ、メビウス。一体どうして、いたずらにコアを無駄にしたのだ」


 スカイバイクの知名度が大きくなるのはいい。レースの規模が大きくなるのも、観客が大勢押し寄せるのもいい。

 だが、大きくなればなるほど、面倒くさいしがらみが増え、自由が減ってゆく。

 志真が反吐が出るほど嫌っていることだ。

 何度も何度も同じことを言い続けているが納得してくれない。結局はメビウスの口から「弁償します」の言葉を待っているだけに過ぎないのだ。

 拳に力が入り、ふるふると震える。


「……誰のおかげでスカイバイクが出来ていると思ってるんだ。でかい顔しやがって、偉そうに……」

「シーマ、ちょっと黙ってろ……」


 歯を食いしばりながらつぶやいた言葉は、財布役まで届かない。

 自分は立体光開発者の皇博士の息子だぞ、と内心思うわけだが、お互いに素性を知らせないのがスカイバイク界のルールのため、言うわけにはいかない。

 それに言ってしまうと究極にダサいということもあり、志真は絶対に口に出さない。


「ま、まぁまぁ……。コアについては仕方ありませんよ。メビウスさんが無駄にしたというのはちょっと無理があると思います。だって、見たでしょう? あの大規模な現象。普通じゃあのようにはなりません。それに今回、俺たち運営は二度コース設計に失敗してます。入念にデバッグをしたのにです。コア自体になんらかの不具合があった可能性もありますし、全てをメビウスさんのせいにするのはちょっと、違うというか……」


 見かねた運営の瀬那がフォローに入ってくれるが、


「では、運営。お前たちの責任として片づけていいのか?」


 という声に黙ってしまう。

 もうちょっと頑張ってほしい。


「バイクに妨害用の武器を積むのは認めている。なので多少コアが駄目になるのは想定内だ。問題はメビウス1番の青い球体が何かをやらかしたことだ」

「……いやでも、証拠らしいものはないじゃないですか。青い球体が仁王像のコアを食べて、空に向かって吐き出した、なんて。一体どうやって再現するんですか? ”そう見えた”ってだけじゃ、証拠にはなりえませんよ」


 再び庇ってくれる瀬那に、心の中でサムズアップを贈る。

 いいぞ、もっとやれ。という気持ちで内心応援していると、財布役のトップが大きな溜息を吐いた。


 財布役のトップは朝霧という名の女性だ。それ以上の個人情報は知らないが、志真よりも少し年上に見える。

 まぁ、個人のことなどどうでもいいし興味もない。

 朝霧が今回の件に対し、どうケリをつけるのか。志真は今、そこが気になって仕方がない。


「メビウスの1番」


 朝霧は志真を見てから、腕を組み、質問を投げかけてくる。

 それは人に物を聞く態度か。少々ムッとしつつも、志真は問いに答える。


「お前はここ数か月、不可解な行動が多い」

「……落車して引退したり、かと思ったら元気に復帰したりってやつですかね」

「そうだ。それに、お前が復帰してからコースの不具合や、イレギュラーなアクシデントも多くなった」

「といってもねぇ? 復帰してまだ二週間ちょいくらいしか経ってませんけど。そんな短期間で統計も取らずに判断されても、って感じではありますね。答えを急ぎすぎっていうか、こじつけすぎ。ちゃんとデータ持ってきてよ」


 志真はそう言ってみるものの、財布役の言う「不可解なアクシデント」の九割九分がおそらく嘉なので、言っている事はとても正しい。

 それにだ。志真は今、失言をした。

 志真の言ったとおりにデータを取られてしまえば、やはり志真が一連のトラブルを引き起こしてたことになってしまう。

 完全に発言を間違った。だが、頭を巡らせたとしても、上手い言葉が見当たらなかった。


「くそ……」


 上手い言葉が出ない状況でここに居続ければ、どんどん不利になってしまう。

 朝霧の全てを見透かすような鋭い視線が痛い。ポーカーフェイスで何でもないと誤魔化しながら、志真は視線をずらした。

 そして、瀬那と目を合わせる。瀬那はこくりと頷いた。

 ――そうだよな。やるしかないよな。

 このクソッたれたつるし上げも、加齢臭漂う責任の押し付け合いも、今を生きる我々若者のやることではないよな。


「……やれ、ウル」

「はいなのです」


 静かな会議室に、ジリリリリ……! と大きな警報音が流れた。

 運営――というか瀬那が借りた会議室中に音は響き渡り、続いてスプリンクラーが作動する。

 配られた電子資料は謎の接触不良を起こして消え、モニターに映っていた映像はぷつんと切れてしまう。

 大慌てで対処に走る財布役たちを尻目に、志真と瀬那率いる運営陣は会議室を後にした。

 財布役たちと同じく慌てているゲンも強制的に退室させる。


「シーマ、待て! 今帰れるわけがないだろう。会議室が大変なことに――」

「そうだね、大変だね。でも、帰るために大変にしたんだ。ほら、行くよ」

「なんだと!?」


 真面目なゲンに作戦を話すと絶対に反対されると思ったので、事後報告だ。

 ゲンをひっぱり、無理矢理廊下を歩かせる。会議室内では未だバタバタと慌てた音や声がしているので、速足で距離を稼いでゆく。

 このままこの建物を出て、トレーニングに戻りたい。これ以上時間と体力を無駄にしてたまるか。

 未だ抵抗しているゲンを放すと、ゲンは「どういうことだ」と未だにわかっていない様子だ。


「だから。あの会議に居続けたって意味ないでしょ。さっさと帰ろうって話だよ」

「ダメだ。ここで帰ってしまえばこちらが更に不利になる」

「そう言うと思った」


 ゲンが考えることは、あらかた予想がついていた。

 志真は瀬那に視線をやると、瀬那はゲンに説明をする。


「今回行われた反省会の全データ、消去しました。配られたデータも、モニターに映ったものも、この会議室を借りたという履歴も、全部」

「ウルも財布役さんたちの通信端末全部、再起不能のメタメタにしたのです!」

「そ。だからこの”つるし上げ”自体も、なかったことになる。履歴がなければ、僕たちメビウスを責めたという材料にはならない。だから不利にもならないよ」


 電気系統を自在に操れるウルと、エンジニアを多く抱える運営とのコラボレーションだ。

 窮鼠猫を噛む。反省会に呼ばれた段階で、策を考えておいてよかった。

 そして運営陣が、思った以上にノリノリで協力してくれてよかった。


「ふふ……いつもポンコツポンコツとバカにされてますからね……。こういうときに実力をしめしておかないと一生ナメられますし。雑魚駒だと思ってる財布役にお灸を据えるチャンスでもありましたしね……」


 瀬那は早歩きで移動しつつ、奇妙な笑いをする。

 財布役に相当な恨みを持っているらしい。それも有利に働いたのかもしれない。

 ちなみに、志真も日頃から運営陣をポンコツとバカにしているのだが、それはもちろん言わないでおく。


「シーマ、お前……瀬那――というか、運営と仲良かったんだな」

「いや? 瀬那とは前から顔見知りだったけど、ちょっとね。この間、羽鳥が運営に世話になったんだ。お礼も兼ねて連絡とってたら、丁度反省会の話が来たんだ」

「はい。ウチもメビウスさんも絶対に責められるだろうって話になりまして、策を練りました」


 その策が思った以上にハマり、今に至る。

 慌てふためく財布役たちの顔を思い出すたびに、どうにもニヤつきそうになってしまっていけない。


「は~。今日は清々しい気持ちでトレーニングできそう」

「俺たちも心穏やかに業務に戻れます」

「お前らな……」


 非難しつつ、ゲンもなんだかんだいってスッキリした顔をしているので、お互い様だと思う。

 先程――会議室での苦い表情とはうってかわり、非常に健康そうな顔色になっていた。


 建物を出て、駐車場へ移動する。

 そこで運営陣と解散した。

 瀬那は「羽鳥さんによろしく」と言って帰っていく。


「てなことで、僕たちもそろそろ行こうか。トレーニング場」


 志真はゲンの車の助手席に乗りこみ、運転を急かした。


「ほら、早く。次のレースまでのんびり出来ないでしょ? 早くトレーニングしなきゃだし、ランキングもあげなきゃ」

「そうだな。他のヤツらも集まる時間だ。急ぐか」


 運転席にゲンが座る。

 ゲンが運転している間、志真は通信端末でメビウスの次の試合について調べることにした。

 メビウスに与えられたIDとパスワードを入力して、スカイバイクレース専門の鍵サイトにアクセス。メビウスの対戦スケジュールを確認してゆく。

 いつもならこういった確認や共有作業はゲンに任せっきりなのだが、今日は気分がいい。自ら情報を拾いに行くことも面倒ではなかった。


 財布役の端末が全部死んでいるため、こちらに邪魔な連絡が入って来なくて非常に快適だ。

 どうせ数日後には反省会のやり直し等の連絡が入ってくるだろうが、今は一度、放っておきたい。

 トレーニングをして、すっきりとした頭で次の策を練ろう。

 なんだかんだ、今まで何とかなってきてはいる。今回もどうせ、有耶無耶で逃げ切れるはずなのだ。


「おっ。対戦チーム出てるじゃん。運営陣、仕事が早いね」

「珍しいな。いつもはギリギリなのに」

「怒りってさ、仕事のペース早めるよね。エンジンみたいに。財布役からの暴言に怒って一気に仕事やったのかも。知らないけど」


 適当なことを言いながら、志真は画面をスクロールしていく。


「レースの日にちは決まってるのか?」

「うん。ええとね――」


 志真が日にちを目で追っている間に、信号が赤になったらしい。車が止まる。


「あ、あった」


 サイトに書かれているレース日程を言うと、ゲンは「おう……」と言ったまま、そのまま動きを鈍くしてしまった。


「……ゲン? おい、おーい……?」


 しばらく、ゲンは志真の声に反応しなかった。

 そのうち後ろからクラクションを鳴らされてしまう。

 信号が青になったのだ。


「おい、ゲンってば。車。出して。後ろのやつ怒ってる」

「! あ、ああ……。すまない」


 志真が何度も肩を叩くと、ゲンはやっと正気に戻ったようで、急いで車を発進させた。


「運転中に考え事はやめてよ。危ないじゃん」

「そうだな。悪かった」


 これでうっかり事故でも起こしてしまったら、全て終わる。

 改めてシートベルトを確認した志真は、ゲンを見る。


「なんかあった? 日にちがまずいの?」

「いや。それはないが……」


 ゲンは言葉を濁してから、静かに。


「親の命日にレース日が当たるのが初めてでな。少し驚いただけだ」


 と言った。

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