第17話 ゴール

 綺真島の中心部に、立体光コースが張り巡らされている。

 立体光のまばゆい光が街を照らしている。その光は、街のどの照明や看板よりも、強く艶やかな光だ。

 その立体光にまとわりつくように、数秒後の立体光の姿が薄く透けて見えるようになった。

 これで仁王像の動きは非常にわかりやすくなった。

 やつらが次に何を仕掛けてくるのか、そしてどう動こうとしているのか。事前に”見る”ことが出来れば、それだけ反撃の幅も広がるだろう。


「うおえ……吐きそ……」


 乗り物酔いではないが、何故だか気持ちが悪い。

 目に入ってくる立体光の光と薄く透ける残像が、脳だか三半規管だかをおかしくしているような気がする。

 医者ではないので詳しいことはわからないのだけれど。


『無理するな。このまま走り切ってレースを終わらすこともできるんだ』

「無理するに決まってる。さっさと嘉とかいうやつに退場してもらわないと、僕のスカイバイクが一生奪われたままだ。復帰しただけじゃ意味がない。全部、全部、取り戻さないと」


 志真はバイクに乗りながら、ゴアのレーサーの腕をがっちりと掴んでいる。

 ゴアレーサーは抵抗しているが、もう片方にゲンがついているため上手く逃げることが出来ないようだ。

 加速していくゴアのバイクに合わせるように速度を調節していく。

 合流地点から派生している細い分岐コースに入ると、仁王像により近づくことが出来た。

 仁王像の動きを見るに、基本的に合流地点を走るレーサーを襲うようにできているように見える。だが、動きがおかしくなってからは、志真を執拗に狙うようになった。


「僕を攻撃したいんでしょ? 近づいてあげるよ。ほら」


 志真がそう言うと、ゴアのバイクからミサイルが発射された。

 志真が操作したわけではない。

 電気系統を扱えるウルが、志真の考えを読み取って操作してくれたのだ。


「やるじゃん」

「もっと褒めてください。ウルは褒めると伸びる子なのです」


 ひとつ目ドヤ顔のウルがヘルメット内部モニターに映る。

 仁王像に狙いを定めた状態でミサイルを撃ったため、ミサイルは綺麗に仁王像へと飛んでいった。

 次の瞬間、大きな爆発と破壊音がし、吽形の左肩から先が消えていった。

 観客の歓声が聞こえる。

 これで吽形からの攻撃は弱まるし、攻撃されにくくもなるだろう。


「阿形の方が仕掛けてくるから、スピード上げて逃げよう」


 吽形が一次的に止まると、阿形の動きが活発になった。

 大きな歩幅で志真たちが走るコースまで走ってきて、大きく手を振り上げた。

 本来なら、焦るし、怯えるところだ。


 だが、志真は”見えて”いる。

 阿形の動きとコースの動きを把握したうえで指示を出すことが出来る。

 志真とゲン、そしてゴアのレーサー。三人固まって阿形の攻撃を避けると、内部モニターに『Final Rap』という文字が表示された。


「もう最終ラップなんだ。こんなクソレース初めてすぎてキレそう」


 スピードコースということで、速くは走れている。

 だが速さを競うレースというよりかは、仁王像というボスを倒した方が勝ち、というゲームにも見える。

 新しいコースということと、いつもと違うレース内容に観客は楽しんでいるようなので、結果オーライなのかもしれないが、だがしかし。


「こんなの、スピードレースじゃないんだよ」


 レーサーとしての憤りはある。


『コースはお披露目になったばかりだ。近いうちにまたやるさ』

「じゃないと困る。今度こそちゃんとした走りを見せないと、”シーマ”が忘れられる」


 三か月前の落車レースを含めると、”シーマ”は連続三回のトンチキコースを走っていることになってしまう。

 全部嘉のせいということもあり、腹立たしい限りだ。

 機会があれば、そして神が許すのならば絶対に殺してやる、とすら思ってしまうのだった。


 体勢を立て直した吽形が右腕をレーサーに叩きつけようとしているため、スピードを上げてかわす。

 その間にミサイルの装填をし、今度は阿形に向かって発射した。

 阿形の顔面が崩れる。胴体部分は先程壊したこともあり、腰から上は全てなくなった。これで阿形からの攻撃もされにくくなった。


「やった!」


 志真とゲンは、ゴアをはさんだ状態で互いに喜ぶ。


「……あれ?」


 ……喜んだ、のだが。志真は何度も瞬きをする。

 なにやら、志真の見ている幻影の形が変化していることに気が付いた。


「あのさ。……もしかしてあいつら、合体とか、する?」

『合体?』


 赤い阿形と、青い吽形を形作る立体光が、ひときわ大きな光を発した。

 すると、みるみる仁王像らの形が崩れ、ひとつの大きな円となる。夜の街に、小さな太陽が現れたかのような不思議な感覚に陥る。

 円は数十秒ほど静かに浮いていたが、そこから赤と青のまざった、ひとつの体に形を変えた。

 大きさとしては、先程の仁王像らのサイズとそう変わりはない。仁王像の”生きているコア”をかき集め、ひとつの仁王像を作り上げた、というわけらしい。

 顔はというと、阿形と吽形、二体の顔がいい感じに混ざり、口が半開きになっている。少々申し訳ないが、間抜けに見えた。


「あ」


 間抜けには見えるが、威力は段違いに向上している。

 志真たちから見て、数百メートル先。コースが崩れたのは、一瞬のことだった。

 本当にあっという間に、仁王像が走行先へ移動し破壊したのだ。

 予知は出来ていた。だが、志真の感覚より早く物事が起こってしまったので、打つ手を考える時間がない。

 そして、逃げることを考える時間もない。


「速い! ダメだ、いったん逃げよう!」


 間抜けなくせに、動きだけは速いだなんて。厄介すぎる。

 今まで仁王像は、志真たちがコースの攻撃範囲内に来るのを待つことが大半だった。だが合体してからは、瞬時に判断し志真を追いかけ、嫌な戦い方をするようになった。

 二体の仁王像の合体。

 それがトリガーになったかはわからないが、コースも仁王像にあわせて大きく軌道を変え始めた。

 仁王像が破壊されたコースを握り、大きく振る。仁王像の力に合わせ、ぐにゃりと変形してしなるコース。


「嘘でしょ!?」


 志真たちは、空中に投げ出されてしまうのだった。


 ふわりと、浮いた感覚。

 体はその感覚を覚えている。背中に刃物を突き付けられているかのような、緊張感と危機感を全身に感じる。


 ああ、これはまずいやつだ、と志真は思った。


「くそっ……!」


 近くに志真のバイクはない。吹き飛ばされてしまっている。体勢を立て直すことが出来ない。


 こういう危機一髪の状態になったときには、ウルが助けてくれた。

 だが、ウルの特性を考えると、今回に限ってはありえない。

 近くに立体光がない。磁力で寄ってくるような金属の類も、空にはない。

 浮いているのは志真たちと、吹き飛ばされた立体光コースの一部のみ。ただただ、落ちることしか出来ない。


「……なんだよ。予知じゃ、使い物にならないじゃないか」


 かなり高い上空から真っ逆さまに落ちていく。

 落ちれば落ちるほど速度はあがっていくだろう。果たして速度のあがった人間やバイクを、運営の安全装置は受け止めてくれるだろうか。

 志真は「ははっ」と笑ってから、


「確実に死ぬやつじゃん」


 と更に笑った。

 ポンコツ運営め。お前らの力量じゃまだまだ人は救えない。一生精進し続けて死ね。


「”シーマ”はやっぱり、死ぬ運命なのか」


 もっと、一生。レーサーでいたかった。

 志真は悔しさのあまり、唇を噛む。


「シーマも、メビウスも――スカイバイクも。やっぱり死ぬ運命なのか……?」


 その時だ、志真の目の前に光り輝く幻影が現れた。紛れもない、志真の予知の力だ。

 光にくらくらしながらも手を出すと、数秒後に手に何かが当たる。


「……未来、家系図」


 羽鳥に押し付けられた未来家系図だった。そういえば、危ないからと持ち歩いていた。安全な保管場所が見つからなくて、ずっと肌身離さず持つことになってしまった最悪の家系図。

 ウルに触れたことで三分の一ほど消えてしまったが、残りの部分は立体光と同じ光を放っている。

 何故、未来家系図が光っているのだろうか。

 それにだ。未来家系図から放たれる、光の色は――


「――お前と同じ色だな。ウル」


 この色の一致は果たして、偶然なのだろうか。

 そこで、志真の頭にとあるイメージが浮かんだ。

 大きな大きな、ウルの姿だ。

 予知ではない。イメージとして頭に浮かんだ。大きくて凶暴な、ひとつ目の怪物の図が。


「家系図が、立体光に……溶ける……?」


 どうして家系図がウルに触れると消えてしまったのか。

 全てはわからなくとも試してみる価値はあるし、今試さなければ後はない。


「ウル。――されはこれ、お前の一部だね?」


 未来家系図の、消えた部分。あれは消えたのではなく、ウルの体内に取り込まれたと考えられはしないだろうか?

 だから、ウルに触れた瞬間に、家系図が消えたのではないだろうか。

 ウルはそれ以降、ひとつ目になった。

 ウルと未来家系図がなんらかの関係で結びついているからこそ起こる現象なのだとすれば、残った家系図に再び触れさせると、続きが見れるのではないだろうか。


「これ全部食わせたら、お前はどうなるの?」

「わかりません。ウルがその家系図に触れたのは、先ほどが初めてなのです」

「そう。じゃあやっぱり、試すしかないんだね――」


 あの続きをしてみよう。

 ウルを失うかもしれない、と躊躇してしまったこともあり、無理に試すことはしなかったが……今はそんな悠長なことを言っていられる場合ではない。

 志真は真っ逆さまに落ちるさ中、未来家系図を掴み、己の手ごとウルに触れた。


「死んだらごめんね!」


 もし死ぬのなら、それは志真も同じだ。あの世で会おう。

 触れた瞬間、バチバチッ、と大きな音がして、ウルから強い光が放たれる。


「―――――――――!!!」


 ウルが大きく叫ぶと、空から雷のような鋭い光がウルへと落ちる。

 すると体が大きく膨れ上がり、口元は大きく裂け、鋭い牙が現れた。


「やば……!」


 頭にイメージは浮かんでいたが、実際に見るのとでは違う。怪物のようなウルの姿に、志真は驚きを隠せない。

 ひとつ目も獣のような鋭さを持っている。


「ウルフって、そういうこと……?」


 ウルは「ウルフドッグ」と名乗ったことがあったはずだ。

 狼をモチーフに可愛く作られただけかと思っていたが、まさかここまで、獣に変貌するだなんて。


 ウルは大きな叫び声をあげ、大きな口で志真たち三人を咥え、体内に取り込んだ。

 地上へ向かって急降下していくので、このまま地上に降ろすつもりのようだ。


「ちょっと待って! まさかこれで終わろうってんじゃないよね?」


 だが、志真は納得いかない。

 ウルの体内から這い出た志真は、ウルのひとつ目に向かって


「僕のバイクを回収して。今すぐに」

「はいなのです!」


 落ちてゆくバイクを指差し、命令する。

 嘉におちょくられた借りを返すタイミングは、今なのだ。今しかないのだ。

 ウルが高速で、今まさに地面に叩きつけられようとしている志真のバイクまで移動する。


「僕ごと取り込め!」


 志真の乗ったバイクへ、融合しろ。

 ウルが志真にそうしたように。志真がコースに対してそうしたように。

 人の思考と立体光が相性がいいのはわかっている。そして、ウルは機能上、人体へ関与できることもわかっている。


「お前は僕の武器になるんだ。今、ここで。お前は嘉のモノじゃない。僕のだ」

「――ウルは、志真様の武器です」


 ウルは志真とバイクを取り込み、大きく形を変えた。

 一つのコアで変幻自在に姿を変えることは、今の時代では難しい。やはりウルは未来から来た立体光なのだ、と思い知らされる。

 志真は気付けばバイクに跨っており、真っ逆さまだった体勢から戻っている。落下中のコースの上で、今すぐにでも走り出せる状態だ。


「ウル。お前は何が出来る?」

「SLPはご主人様をサポートするモノ。ウルは志真様の望む未来をお作りいたします」

「オーケー。じゃあ、手始めにあの邪魔な仁王像を消してしまおうか」


 志真はひとつ、息を吐く。

 無駄な情報を削ぎ落し、走ることだけに集中する。


「全速力で突っ切る。あいつらまで一直線だ。速すぎて見失わないようにね!」


 走り始めると、ウルが思い切り口をあけた。

 そうだ。全部。未来から来た存在を全部、食ってしまえ。

 未来からの干渉も、嘉の意思も、志真がいる限り好きにはさせないと意地を通すためにも。


「僕がトップだ」


 自分の前に道があってたまるか。切り開き、道を作るのは自分自身でなくてはいけない。

 決められた道を歩めと指示をするな。用意されたレールを走るくらいならば、今ここで死んだほうがマシだ。

 仁王像へと突っ込む。ウルはまるでブラックホールのようだ。仁王像は歪みながら、ウルの口へと吸い込まれていった。

 全て残らず。コアひとつ残さない。


 そこで、上空が光った。

 三か月前の落車前に見た空と、同じ光り方をしている。


「あれは何?」

「――橋なのです。橋が架かったのです」


 仁王像の立体光を吸い上げ、腹を膨らませたウルは言う。


「橋? 何それ」

「この時代と未来とを繋ぐ橋なのです」

「繋ぐ? あれで僕たちが出来ることは何?」

「”力”と思考を、未来へ送ることが出来るのです。ご主人様がそうしたように」

「つまり、あの橋で嘉はいろいろ送り込んできたわけだね」


 ウルが叫ぶと、空から光の柱が降りてきた。


「志真様。ご指示を!」


 ゆっくり考えている暇はない。

 ならば――


「未来から送られてきてる”干渉”全てを送り返す」


 嘉の思考も、立体光の不具合も、そうして、志真を悩ませ続けた憎き”暗黒病”も。


「全部、嘉宛で送り返す。熨斗つけたっていい」


 嘉よ。余計なものを送ってくるな。

 元々はお前の物だろう。お前の人生はお前が歩め。邪魔をするな。


 ウルは光の柱に全てを吐き出した。

 腹に取り込んでいた全ての立体光が、柱によって上空へと登ってゆく。

 ひとしきり吐き出し終わると、柱は次第に細くなり、消えてしまったのだった。


「ああ、これでもう一生、僕のスカイバイクは僕のものなんだね」


 志真の乗っているコースが落下し終わった。

 影響のなかったコースの上に乗り上げたようで、アスファルトほどの衝撃はない。なんとか衝撃に耐えることが出来た。


 数百メートル先ではチェッカーラインが光っている。

 志真は走らなくてはいけない。

 愛車と呼吸を合わせて、振動を聞く。どこからともなく来る脅威に怯えることなく、ただゴールのことだけを考えて走る。

 スカイバイクとは、そうでなくてはいけない。

 チェッカーラインを超えると、観客の大きな声が聞こえた。


 柱が消えると、空の光も消えていった。再び夜が戻ってくる。いつも通りの、騒々しくてまばゆい夜だ。

 コース上にゲンとゴアレーサーがぐったりしているのを見つける。

 頭がふわふわしていていけない。志真はゆっくりとゲンたちに近づこうとすると、テンマたちに肩を叩かれた。


「あとは俺たちがやるんで大丈夫っすよ。ビル下にトレーラーあるんで休んでてください」

「メビウスのランキングあがったよ! ぜーんぶシマ君のおかげ!」

「ゴアのやつらも全員正気になったから、そっちも気にすんな」


 では、お言葉に甘えるとしよう。

 ふわふわとした思考でふわふわと歩く。ゴールが繋がっているビルから出るまでは、なんとか、かっこいいヒーローの”シーマ”で居続けなければ。

 観客の沸く声を背中で聞きながら、コースを後にする。


 カタリ、と足元で音がしたので視線をやる。ウルのコアが転がっていた。

 ウルも未来の存在だ。未来のモノを全て送り返せ、という指示により、戻ってしまったのだろうか。


「コア……忘れてるよ……」


 最後の最後で落とし物か。

 志真はそっと、ウルのコアを拾った。

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