第12話 後には戻らない

 家を出ると、夜空に小さな立体光の粒が集まり始めていた。

 立体光が起動する前のコアが、遠隔操作により移動しているのだ。

 このコアが全て配置についてから、運営が立体光を起動させる。

 するとコアから一斉に光が発生し、連結。大きな立体光コースが空に現れる、というわけだ。


「マジで時間ないっす」


 テンマが時間を確認しながら言う。

 なんだかんだで当初出る時間を大幅に押している。志真もわかっていた。

 時間というものはいつも早く進んでしまう。好きなことをしているときならば、特に。

 今回に至っては、慣れないことをしたせいでつい時間が食ってしまっただけなのだけれど。


「……そういえば、今日の集合場所については何も聞いてないんだった」


 少し広い通りに出てから、志真は思い出す。

 コースや事前準備に関しての打ち合わせを全くしていないということに。

 スタート地点はわかってはいるが、ここからどのようなルートで行けばいいのか等、まったくわからないのだった。

 こういう時、どうしてたっけ。スタート地点に向かうための、最短で安全で一番島民の迷惑にならないルートはどれだ。

 いつもだったら、もっと緻密な打ち合わせをする。

 今回は志真が急に復帰することになったことや、諸々のコース不具合が重なってしまったが故に連絡が行き届いていない可能性がある。


「マジで頭になかった」


 三か月のブランクで細かなことが抜けてしまっている。

 志真があれこれ思い出そうとしていると、テンマが、


「そんなことだろうと思って、呼んでおきましたよ」


 と言って、ちらりと車道側に視線をやった。

 なんだ。一体何を呼んだというのだ。

 首をかしげると、目の前に大きなトレーラーが止まった。

 見慣れたお馴染みのトレーラー。メビウス仕様のラッピングがされている。


 志真は「そうだった。これでスタート地点まで行くんだった」と呟いた。

 基本的に、レーサーはトレーラーで移動する。場所によってはスタート地点集合・ゴール地点解散もあるが、集合場所がしっかりと打ち合わせで決まっていない場合は基本的にトレーラー移動だ。


 お前、最高か?

 家を出る時刻と現在地との距離と時間を計算して、連絡しただと?


「俺は今回出場出来ないっぽいんで。ちょっとでも貢献したいんすよ」


 テンマは得意げになるわけでもなく、笑って肩をすくめた。

 志真がテンマの立場だったら、出場できないということにふてくされて何もしなかったに違いない。


「羽鳥も乗りなよ。うちのトレーラーだから」


 トレーラーを見上げている羽鳥に乗るように促した。

 このトレーラーなら全員そろって移動が可能だ。ここからゴール地点に歩いて行くよりももっと早く着くことが出来るだろう。


 ゲンが店の借金を返し終わって速攻で買ったのが、このトレーラーだった。

 チーム思い故なのか、それともゲンのただの趣味なのか、どちらもなのかはわからない。

 だが、レーサーとしては無駄な移動をしなくていいし、トレーラーの中でスタート時刻ギリギリまでバイクをいじることが出来るしで大変助かっているのだった。


「いいの? あんたさっき端末貸してくれなかった? マップ見てゴール地点に行けって」

「うん。このトレーラーはスタート地点行きなんだ。だから途中で降りて、徒歩でゴール地点に行ってもらうことになる。ここから歩くよりマシかと思っての提案なんだけど」

「そう。方向音痴だって貶されたわけじゃないのね。よかった」

「いや、それもあるけど」


 正直に言うと、不満そうな顔をされた。

 だってそうだろう。お嬢様が街中をすいすい歩いて、見慣れぬビルの非常階段を上り、誰にも迷惑をかけずにビル屋上――ゴール地点に辿り着けるとは思えない。ある程度のアシストは必要だ。


 羽鳥はまじまじとトレーラーを見てから、


「このトレーラー知ってる。別チームの――グラスターだっけ? そのパクリって言われてるやつ」


 と言った。


「やめろ。言うな」

「そんなこと言われても」

「というか、メビウスだけがパクってるわけじゃないから。他チームもやってるし。資金面の問題で購入が後回しになったってだけで、発想自体は昔からあったよ」

「発想は昔からあった、は万能な言い訳よね」


 志真は言い訳をしてみるが、なんとも虚しいものだった。


「メビウスって昔からあるチームなのに、どうして資金繰りが厳しいのよ」

「色々あったんだよ」


 そう、色々と。

 昔からあるチームだからこそ、多くの人との関わりがある。

 そのぶん、しがらみやトラブルも多く抱えることになってしまった、というわけだ。

 大金持ちのお嬢様である羽鳥は何かを感じたらしく、


「大変なのね」


 と言って、それ以上は聞いてこなかった。

 大きな組織としがらみ、という点に関しては、羽鳥と共通するものがあるようだ。


 トレーラーに乗り込むと、本日出場予定のチームメンバーが各々準備をしていた。

 目を瞑って瞑想していたり、小型ゲーム機で遊んでいたり、はたまた爆睡していたり……。それぞれリラックス出来る方法を取っている。


「やっと乗ったか? 遅刻するってテンマから連絡入ったけど――」


 ゲームで遊んでいたニイナがこちらをちらりと見て、少しだけ目を見開いた。

 その後ろで雑誌を読んでいたユウキも反射的にこちらを見て、やはり目を見開く。

 面倒なこと――ニイナが何かを話し始める前に、志真が先に口を開いた。


「そうだよ。ウルも昨日助けた羽鳥も連れてきたよ。騒々しくてごめんね」

「何も言ってねーじゃん」

「でも言うつもりだったよね。女連れかよって」


 まぁ、特別な意味での「女」ではないのだけれど。

 否定したところでまた何か言われるだろうから、とりあえずは放っておこう。


「だから違ぇって。お前は妙なものにモテるって思っただけだ」

「妙なもの……?」

「そう。ウルとかいうやつにしたって、目の病気にしたって。他のヤツじゃなくて”お前がいい”んだ。そのうち死神にもモテちまったりしてな」

「いや、やめて。ニイナが言うとシャレにならない」


 ニイナは携帯ゲーム機に視線を落としつつ、軽く笑った。

 そこに、別の声が聞こえた。


「そろそろ雑談は終わらせてくれ。打ち合わせしよう」


 太くて低い声に、全員がそちらを向く。

 志真から見て一番奥。前方に座っていたゲンが立ち上がり、巨大モニターを起動させた。

 志真・羽鳥・テンマの三人は近くの椅子に座り、コースの全貌がうつされたモニターを見上げる。



◆◆◆



「前回聞いてるやつもいるだろうから、内容が重複しているかもしれん。そこは我慢してくれよ。――今回の対戦相手は前回の無効試合のときと同じく『ゴア』だ」


 ゲンがモニター近くに丸椅子を持ってきて座りつつ、今回のレースの説明を始める。


「ゴアのやつら――今回の出場レーサーも基本的には同じメンバーだろうと予測してはいるが……どうだろうな。前回の事故でケガ人が出たという話を聞いている。それに、怪我が大したことなくても、バイクが壊れている場合、出場は難しくなるだろうな」


 志真がゲンの話を聞いていると、隣に座っていた羽鳥がこそこそと話しかけてきた。


「……そうなの? バイク壊れたなら借りて出ればいいのに」

「そのレーサー用にカスタムされてるから走りにくい。お前だって人の自転車は乗りにくいだろ」

「まぁ、そうね」


 ゲンがゴホンと咳払いをした。いかん。聞かないと怒られる。


「それにこちらも”シーマ”が復帰した。おそらくあちらはシーマが出るだろうと予測しているだろうし、それにあわせてレーサーを変更してくる可能性もある」

「ゴアみたいな新しいチームにそんな余力ある?」

「わからん。可能性がある、というだけの話だ。新しいチームはレーサーが替わりやすい。もしかしたら、シーマ対策で出てくるやつがいるかもしれない。それこそ、金を払って即席でチームに入れてでもな」


 新しいチームは歴史がない。だからこそ”成績”を欲しがる。というのはよくある話だ。

 歴史や成績のないチームがファンを獲得し、チームとして生き残っていくことは非常に難しいからだ。

 志真は数か月スカイバイクに触れないように生きていたこともあり、ゴアが勝ちにこだわるチームなのかはわからない。

 だがゲンの話を聞くと『非常にお行儀がいい』というわけではないらしい。

 まぁ、そうだろうな、とは思う。

 というか、自由であることをコンセプトにスカイバイクが立ち上がっているので、ルールだなんだと咎める立場にはお互いにないのだけれど。


「改めてコースの説明をする。今回のコースは『アルティメット・ヘル』――運営の新作だ。直線部が多くあり、スピードレーサー向けのコースだ。レースが開始されると、仕掛けが起動される」

「仕掛け? そんなのあったんだ」

「ああ。前回は上手く起動しなかったがな。起動途中で妙なエラーが多発したせいで、あのザマ、というわけだ」


 妙なエラーとは人型諸々が現れたことを言っているのだろう。

 そのせいでユウキが志真宅に突っ込んだ。


「今度こそちゃんと起動するんだよね?」


 次レーサーに突っ込まれてしまうと、志真宅はとうとう崩壊してしまう。

 あの悪夢の出来事を二度も再現されてはたまったものではない。


「仕掛けは確実に起動する、と、運営は言っていた」

「……言っていた、ね。ゲンはどう思う?」

「過去を知っていれば、未来は予測できる」


 つまり、ゲンも結構怪しんでいる。と、いう事らしい。勘弁してほしい。

 ゲンはモニターを操作し、コースの仕掛け面を大きく映し出す。


「見ろ、大きな仁王像だろう。これが今回の仕掛けだ。仕掛けのあるコースは今までもあったが、基本的にテクニカルコース向けのものが多かった。今回はスピードコース用に考えられたもので、今までで一番規模が大きくスリリングだと、運営の瀬那が――」


 言っていた、らしい。

 ゲンが言葉を続けられなかったのは、トレーラーが大きく揺れたせいだ。

 簡易椅子に座っていた者は衝撃に耐えきれずに転ぶことになり、持っていたヘルメットやら諸々が転がる。志真も揺れた拍子に壁に頭をぶつけてしまった。


「どうした? 何があった?」


 ゲンがカメラを起動させる。

 すると、モニターの画面が変わり、監視カメラの映像に切り替わった。

 トレーラー外部に取り付けられた数台のカメラが、原因となったものを追っている。


 最近のカメラは、爆速で動くものを綺麗に撮影出来るので大変助かる。

 過去映像だろうと信じられないほど綺麗に保存される。

 カメラがしっかりと、トレーラーに”何か”を取り付けて去っていくバイカーを捉えていた。

 数秒後、”何か”は爆発し、トレーラーの側面に大きな傷とへこみを残す。

 トレーラーが揺れたのはこの”何か”――爆発物のせいだろう。


「……これ、ゴアがやった?」


 恐ろしく高機能な監視カメラは、原因となったバイカーをすぐに分析していた。

 頭から足の先まで黒ずくめ、おまけにバイクまで真っ黒に偽装してあったが、塗料の下に隠された凹凸までもを分析するようで、『GOA』という文字を映し出す。


「レース前に相手チームを削ってまで、勝ちが欲しいってこと? 汚すぎない?」


 いくらスカイバイクが自由な競技とはいえ、それが許されるはずがない。


「そこまで喧嘩っ早いヤツらじゃなかったはずなんだけどな」


 そうニイナは言うが、カメラに写っていることは事実であり真実だ。

 とんでもない喧嘩を吹っかけてくれたな、と志真は舌打ちをした。


「ゲンさん! 自動運転切ってください! スタート地点そっちじゃないっす!」


 そこで、テンマが声を上げる。

 カメラの画像を映し出しているモニターを見ると、確かにスタート地点と真逆の方向へ走っているようだった。

 ここはどこだ?

 確認がしたくてモニターを凝視すると、モニターはジジジ……という変な音を出して動かなくなってしまった。


「くそ……!」


 ゲンは慌てて運転席へ行き、手動で運転を始めた。


「まずいな……。この状態でスタート地点に付いても、間に合わない……」


 テンマが時刻を確認しながら言う。

 確かに。元々時間に余裕がなかった。

 それに加えてトレーラーが襲撃された。上手くスピードが出ないうえ、いつの間にかスタート地点から離れていたとなれば、確実に間に合わない。


「――おい、大丈夫か? 頭から血ィ出てるじゃねぇか」


 ニイナの声がする。

 そこにはレース出場予定のメンバーがぐったりとした様子で椅子に座っていた。

 ヘルメットをかぶって誤魔化そうとしたのか、ヘルメットが途切れた首元あたりから血が流れているのが見えた。


「マジか。これじゃレースに出れねぇな」

「どうしてこんな……」


 トラブルばかりが立て続けに起こるんだ……。

 志真がそう思っていると突如、目が闇を帯び始める。

 視界の下側から、徐々に上がってくる黒い闇。昨日から何度も起こっている現象にもう戸惑いも疑いも感じない。


 ――そうか。

 喧嘩を売っているのはゴアでも何でもなく、嘉なのだ。

 志真は立ち上がりつつ、


「ウル。治して」


 と、静かに言った。

 腹が立って仕方がない。怒りの落としどころもわからない。

 そんな志真を見たのか、羽鳥が息をのんだような音が聞こえたけれど、志真にはわからない。

 だって、目が見えないのだから。


「ゲン。普通にやっても間に合わないよ。だから今回は僕にやらせて」

「やらせるって、何をだ?」

「”いってらっしゃいのお見送り”だよ。ここから出る。今すぐに。だから、上をあけて」


 ウルにより目が見えるようになる。

 パチパチと瞬きをして視力を確認してから、志真はトレーラーの天井を見た。

 メビウスのトレーラーはゲンが金に物をいわせて買った最新のものだ。そして、スカイバイク用に最新のカスタマイズがされている。

 だからこそ、出来る。

 渋るゲンを無視して開閉パネルを押すと、大きな音と共に、天井部と後部が大きく開いた。

 その下に設置されているポートも青白く光り始める。


「僕がここから、みんなをスタート地点に送り届ける」

「そんなこと――」

「出来るよ。アスファルトの道よりも空のほうが早い。周りを走る車もないし、公道のルールも必要ない」


 そこに、ウルが出現し、


「お任せください。ウルの立体光でスタート地点まで直線一発なのです。ちなみに、健康第一、ということで、レーサー全員のお体にプロテクトをかけておいたのです。嘉様対策なのです」


 と言う。

 ウルの力はゲンも見ている。

 立体光を自由自在に操り、その上を確実に走れるということも知っている。


「それに僕が引っ張れば速攻で着くでしょ。”目的地”にさ」


 志真とウルの言葉で納得したのか、ゲンは


「今さらながら、とんでもないエースをスカウトしたもんだ」


 と笑った。

 本当に、今さらだ。

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