第6話 絢の悩み



 この世界に来てから三日目の夜。

 絢は自分の部屋で、まだ輪廻のことで悩んでいる。




(どうしよう…………)


 輪廻のことが好きだと自覚してから一日。

 今日、訓練や学問があったから一日中、悩んでいたわけでもないが、自由の時間になると、悩み始めたのだ。

 好きな人が出来た。それなら普通の悩みになるが、相手は前までは小学校に通っていた少年なのだ。


 高校生である絢が小学生の輪廻のことを好きになる?

 地球では、倫理から外れていると言われても仕方がない。絢はまだゼアスに来てから三日しか経っていないから、地球での倫理が理性にストップをかけている。


 絢は、異世界だから、地球での倫理は関係ない! とまでは考えていないようだ。




「はぁ……」




 コンコン……とノックが聞こえて、絢は慌てていた。まさか、輪廻君が来た!? と思って、ドアを開けたが……






「なんだ……、晴海か……」

「……その反応は酷くない?」


 ドアを開けたら、いたのは夜行の女友達である霧崎晴海(キリザキハルミ)だった。

 晴海の容姿は大和撫子に近い。成績も上位に入っており、とてもモテるのだ。


 ガッカリしたような顔で、「なんだ……」と言われては酷いと思うのは仕方がないだろう。




「い、いえ、ゴメン。さっきまで悩んでいたから」

「…………輪廻君のこと?」

「えっ!?」


 まさか当てられるとは思わなくて、声を出してしまった。




「やっぱりね。で、座っていいかしら?」

「う、うん……」


 晴海は夜行の友達だが、絢の友達でもある。




「それで、何か用?」


 この部屋に晴海が来たのは、初めてだ。晴海とは他の場所で話してもここに来るのは1回もなかった。だから、用事があって来たと思ったが…………




「ええと、先に悩みを解決した方がいいと思うけど、いいかな?」

「え、なんで?」


 用を聞いたのに、悩みの話に戻っていたからわけもわからない状態だった。だが晴海はその後に絢をビックリさせることになる。






「だって、輪廻君のことが好きなんでしょ?」

「ぶぅっ!?」


 急にそんなことを言われて、絢は吹き出した。




「な、なんで……」

「はぁ、気付いていないのね……。皆にバレバレなのよ?」

「嫌ぁぁぁっ! 死にたいぃぃぃ!!」


 絢は恥ずかしくなって枕の下に潜り込んでいた。まさか、皆にばれているとは思わなかったから。皆と言えば…………




「まさか、輪廻君にも……」

「あ、少し間違えたわね。輪廻君は気付いていないと思うわ」

「……ほっ」

「貴女を姉の様に思っているみたいよ?」

「……それはそれで悲しいかも」


 婉曲(えんきょく)すると女として見られていないと言われているようだった。

 落ち込む絢に晴海が声を掛けられる。




「一応、聞くけど輪廻君のことが好きで間違いないわよね?」

「……………………うん」


 好きか嫌いかと聞かれてしまえば、好きなのだ。ただ、踏ん切りが付かないだけなのだ。






「ふむ…………、絢はショタコンだったのね」

「そう言うと思ったわよぉぉぉぉぉ!!」


 変な所で茶々を入れる晴海。晴海は大和撫子だが、どこか変なのだ。たまに絢は晴海にからわれているから、そう言われるのかハラハラしていたのだ。




「うぅっ、どうせ、私はショタコンだよぅ……」


 鋭い刃物が心に刺さり、涙目になる。




「まぁまぁ、泣かないでよ。別にショタコンが悪いと言っていないのよ?」

「……へ?」


 変な言葉を聞いたような気がした。

 ショタコンが悪いと言っていない?




「え? いいの? 相手は小学生だよ?」

「いいのよ。貴女が悩んでいたのは相手が小学生だからでしょ? でも、ここは異世界よ?」

「あ……」


 前の世界ではダメでも、ここの世界ではどうなのか。それがわかった絢だった。




「これで悩みは解決したかしら?」

「……うん、ありがとう」

「でも、すぐに告白は辞めた方がいいわね。姉にしか見られてないんだから」

「うぅっ……」


 また心に刃物が刺さる。印象は初めが肝心だと言う言葉があるが、その通りだと思う。

 自分からお姉ちゃんに頼ってもいいのよ、甘えてもいいの、とかお姉ちゃんらしいことばかり言っていたから自業自得だが…………




「うぅっ、どうすれば……」


 絢は恋愛の経験がなく、今まで男を好きになったことはなかったのだ。

 だから、晴海に聞いたのだが、晴海も恋愛の経験などはなかった。




「私に頼られても難しいわよ? なにせ、私も恋愛経験がないんだから」

「しょんなぁ……」

「……でも、案はあるわ」

「あるの!?」

「うん、上手く行くかわからないけどね」


 晴海が考えた案とは……? 晴海は絢に指を指して言う。






「貴女に姉の座を降りてもらうわ!」

「へ?」






 すぐに理解出来なかった。

 これでは説明が足りないかと思い、晴海は説明し始めた。




「今のままじゃ、告白しても失敗する可能性は高い。それは何故か、わかる?」

「それは、輪廻君が私のことを姉だと……」

「そこよ!」

「え?」

「姉を辞めれば、どうなる?」

「姉を辞める…………」


 輪廻の姉を辞める、それは少し寂しく感じたが、絢は輪廻を男として好きなのだ。

 姉と弟のままだったら、輪廻は絢の恋愛感情に気づかれないまま、姉として優しくしてもらっているとしか思われないだろう。


 ……だから、姉を辞めるのだ。




「わかったかしら?」

「う、うん。でも、急に姉を辞めたら輪廻君が可哀相じゃない? 輪廻君の家族は…………いえ、私が言うことじゃないわね」

「そうならないように、方法はあるわ。そのために私も手伝うわ。……で、最後に何か言いかけなかった?」

「それは輪廻君に直接に聞いて。私の口から言うことではないから」

「そう? そう決まれば、輪廻君の部屋に行くわよっ!」

「えっ!?」


 晴海に引っ張られて、隣の部屋。輪廻の部屋に向かった。









「……え、絢さん? と、隣の方は?」


 ノックをしたら、輪廻がドアを開けてくれた。急に知らない人と一緒に2人で来たから驚いたかもしれない。




「急で、ごめんね。友達を紹介しようと思って……」

「そうでしたか。……あ、貴女は……」


 輪廻は隣の人を見たことがあるのを思い出した。召喚された時、夜行のことを聞いてきた人だと。




「あの時は挨拶出来ず、申し訳ありませんでした。私は夜行と絢の友達で、霧崎晴海(キリザキハルミ)と申します。晴海と呼んで構いません」

「あ、はい……ご丁寧にどうも……」


 敬語にスラスラと話されて、少し圧された輪廻だった。だが、すぐに持ち直して挨拶をする。




「……ふぅ、絢さんから聞いていると思いますが、崇条輪廻と申します。輪廻でいいですよ」

「あら、礼儀正しい子だね。さすが、絢が惚れ……」

「きゃぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 急になんてなことを言おうとする晴海の口を、慌てて塞ぐ。

 絢が大きな声で騒いでいたから最後の言葉は輪廻には聞こえてなかったようだ。

 輪廻をそよに、二人は小さな声で会話を始めた。






「な、何を言うのよ!?」

「ゴメンゴメン、口が滑ったわ」

「本当に手伝う気はあるの!? この人は!?」


 ヒソヒソと話して、ようやく会話が終わり、輪廻の前に戻った。




「ゴホン、済まないね。私の不治の病が出ちゃってね」

「そ、それは大丈夫なんですか……?」

「うんうん、病じゃないけど、病が出ただけだからね」

「???」


 輪廻は晴海が何を言いたいのか理解出来なかった。

 絢はわかるから溜息を吐いていた。




「こんな残念な人だけど、友達だよ」

「残念だと失礼なっ」

「ははっ……、お兄ちゃんの友達なら、納得だけどね」

「なんと!?」


 輪廻に変人と納得されて落ち込む晴海。

 今は立ったままなので、ベッドと椅子に座ることに。




「ふむ、夜行がいないのは残念だが、輪廻も寂しかろう?」

「晴海さん、喋り方が変わっていますが……?」


 すぐに立ち直る残念な美人である晴海。




「はぁ、晴海はいつもこうだから」

「……理解しました」

「むっ、さらに変人と認定されているように感じたが?」

「……話を戻しますね。お兄ちゃんがいないのは寂しいか聞きたいのでしょうか?」

「無理に言わなくてもいいが……」

「大丈夫ですよ。正直、僕はお兄ちゃんが召喚されなくて良かったと思っています」

「「えっ?」」


 輪廻は夜行が召喚されなくて良かったと思っている? それは兄が嫌いだから寂しくもないと言うこと…………?

 そのことに悲しくなりそうになる絢だったが、まだ続きがあった。




「僕はお兄ちゃんに戦って欲しくはないと思っています」

「え、それは…?」

「お兄ちゃんはいつも無理をしますので、ここに召喚されていたら戦争で、無理をして命を落とされてしまう可能性が高いのです。だから、代わりに僕が召喚されて良かったと思っています」

「「…………」」


 輪廻の言葉に黙ってしまう絢と晴海。




「僕はお兄ちゃんが…………ごふっ!?」

「輪廻君! 輪廻君は必ず私が守るからぁぁぁぁぁ!!」

「そうだぞ! 輪廻君が夜行を守るように、私達が輪廻君を守ってやるからな!!」


 また輪廻は絢に抱き着かれ、2人に守ると宣言されていた。息を塞がれて背中を叩き続ける輪廻。









 しばらくしたら、絢から謝ってきた。




「ごめんなさい……、苦しかった?」

「い、いえ……」

「大丈夫か? それにしても、夜行は輪廻君に好かれているな!」


 ニコニコ顔の晴海は輪廻と夜行の話を聞きたくなり、お願いをしたら話してくれた。


 ただ、暗殺関係は除いてだが。それだと、休みの日にやる訓練の話になってしまうが……、剣道の話に繋がってくれるだろうと、話してあげた。




「そうですね、小学二年の頃ですが」


「「うんうん」」


「僕は剣道をやってみたくて、お兄ちゃんに訓練をお願いしたことがあって……」


「「うんうん」」


「僕にいきなり竹刀を持たせて、道場破りに行かされました。そこで30人抜きの試合をやったな……」


「「うんうん…………え?」」


「他にも、野犬が沢山いる場に連れていかれて、全ての攻撃を避ける訓練をするのもあったなー。まぁ、何回か噛まれてしまいましたがね」


「「…………」」




 その後も遠い目をしながらお兄ちゃんとの訓練内容を話し続け…………









「それらの訓練があったから、その経験が生きて、強くなったからお兄ちゃんに感謝していますね!」









「「そこは感謝しなくていい!!」」






 また抱き着かれた。しかも、絢は泣いていた。まるでこの子が可哀相! という感じだった。




「あ、あいつは! 輪廻君に何をやらせてんだ! 今度、会ったら必ず殴ってやる!!」

「……ひぐっ、か、可哀相……。必ず、夜行に会ったら殴って土下座をさせるからあんな奴に感謝はしなくてもいいのよ?」

「ふがぁふがぁ!?(なんで、そうなったの!?)」




 2人は夜行への好感度が下がりまくり、輪廻への甘えてあげる度がぐんぐんと上がっていた。


 2人は絢の悩みを頭の中から忘れ去っていたのだった…………






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