第3話 訓練



 次の日になり、今日から訓練が始まる。午前に訓練、午後はこの世界の学問を学び、残った時間は自由の時間になる。

 今は全員が、お城の兵士訓練場に集まっている。

 輪廻の隣には、必ず絢が立っていて、さらに時々構ってくるので、少し困っていた。




「大丈夫?」

「何かあったら言うのよ!」

「無理は駄目よ?」


 など……、こっちを心配する言葉が多かった。輪廻はウザいと思う心を隠しながら笑顔で答えていく。その度に、絢は顔を赤くして笑顔で返してくれる。

 輪廻は初めて弟を持ったような気分になっているから構ってくるのだろうとしか思っていなかった。

 周りの人から「えっ!?」と驚く人がいたのだが、輪廻は気付いてなかった。






「では、訓練を始める。俺は君達の指導者に選ばれたゲイルと言う。まずは運動能力を見ておきたいから、走り込みから始める」


 走り込みから始めると聞いて、えー! と不満を漏らす人もいたが、戦うには、体力が必要なのは知っているので強い反論はなかった。

 輪廻は訓練があることに心の中では、げんなりとしていたが走り込みと聞いて、まぁ大丈夫かな? と思っていた。




「確か、君は間違われて召喚された少年だったな? 大人と体力が違うから無理はしなくてもいい」

「はい」


 と言うことで、兵士訓練場の周りを延々と走り込みが始まった。

 まず、一周だけでも一キロ近くはある兵士訓練場の十周を走ると指示があり、全員が走りはじめる…………









 40分経ち…………




 何人かが十周を走り終えて、指導者のゲイルは驚いたような顔を見せていた。

 何故かは、走り終えた数人の中に輪廻の姿があったからだ。




「す、凄いな? 前から走り込んでいたのか?」

「はい。お兄ちゃんが厳しかったので……。このくらいの距離なら毎日走っていましたから」

「はぁ、はぁはぁ、この、距離を毎日も……?」


 全く疲れを見せない輪廻に声を掛けたのは、一緒に走っていて、疲れた様子の英二だった。

 しばらくして、ようやく絢もゴールした所だった。




「り、りんねぇ君……は、早過ぎだよぉ……」


 初めは輪廻と一緒に走っていたが、輪廻はだんだんとペースが上がり、ついに離されてしまったのだ。英二はサッカー部に入っていた経験もあり、体力に自信はあったが、それでも輪廻に離されないようにするだけで精一杯だった。

 しかも、輪廻はまだ余裕があった様子で、英二はまだ小学生の輪廻に体力で負けた。顔に出さなかったが少しショックを受けていた。




「夜行は……弟に何をやらせてんだか……」


 お兄ちゃんが厳しかったと聞いた英二は、ここにいない夜行に思い馳せていた。




「も、もしかして輪廻君も夜行に鍛えられた口か?」

「……? 貴方は?」

「ああ、初対面だったな。俺は剣道部の部員で輪廻君の兄に鍛えられた口さ」

「ああ……、それは大変でしたか? 僕もその気持ちはわかります……」

「他にわかりあえる人がいて嬉しいぜっ!」


 輪廻は剣道部の部員とガシッと握手をしていた。

 その様子を見ていた英二と絢は苦笑していた。




 ようやく、全員が走り終わって、少し休憩してからそれぞれの職業に合ったグループに別れた。

 輪廻は剣士と伝えているので、英二と、さっき握手した剣道の部員も一緒だった。




「剣を扱う者は、俺が相手をする! 1人ずつやる形式にする。順番を決めておけ」

「あの、質問があるのですがいいですか?」

「輪廻と言ったか? 質問とは何だい?」

「この世界の人のステータスのことで、僕達のステータスとどのぐらいに違いますか?」

「確か、まだ説明していなかったな……」


 ゲイルの話によると、レベルが20の兵士だと、全てのステータスが平均400ぐらいだと。ちなみに、ゲイルのレベルは50ぐらいで平均が1400だと言う。


 称号やスキルの多さによってステータスが上がったり下がったりするそうだ。

 計算すれば、ゲイルは才能があると言ってもいいぐらいのステータスを持っているということになる。




(兵士のレベルが大体20で平均400? 冒険者のステータスはどうなっているんだろうか?)


 輪廻はこの世界の人のステータスを聞いても、召喚者とどれくらいの差があるのかはわからなかった。さらに、魔物がいるこの世界に冒険者がいる可能性も予測できた。仕事の内容が違う兵士と冒険者で、ステータスの違いがあるのか気になった。

 レベルアップすれば、この世界の人の差が大体わかるかもしれないが…………




「質問はこれでいいかい?」

「はい。ありがとうございます」

「よし、誰が先にやる?」

「僕がやります!」


 一番目は英二がやるようだ。運動能力を見るために、木剣を合わせるだけだからスキルや魔法はなし。




「はぁっ!」


 英二はまず、正面から突っ込み、剣を振り上げる。力強い剣を見せる気迫はいいが、その軌道は馬鹿正直過ぎた。






「剣を握るのは初めてか?」

「くっ、はい……」


 戦いはもう終わっていた。ゲイルは剣を軽く弾き、英二の首に当てていた。




「初めてなら、仕方がないだろう。攻撃が正直過ぎると敵は読みやすいからな」

「はい!」

「よし、次ぃ!!」


 次々と剣を捌いて、首に剣を当てるだけ。それが続き…………






「ふっ!」

「ほぉ、剣を使ったことがあるな?」

「はい。剣道部に入っていましたから」

「ケンドウブ? そういうのはわからんが、剣を扱ったことがあるで間違いないな?」

「は……あっ!?」

「だが、まだ甘いぞ」


 返事をしようとした時に、剣の軌道を逸らされて、また首に剣を添えられていた。




「剣の筋はよいが、型がわかりやすいのが弱点になっているな」

「はい……」


 剣道は型に当て嵌めて戦う。それでは、実戦には合わないのだ。

 魔物や魔族などは型に当て嵌めた戦いはしない。そんな相手と戦うならまず、型を捨てる必要がある。




「最後は……」

「僕ですね」


 最後は輪廻だ。英二は剣道大会で上位に入っていた夜行が厳しく鍛えた輪廻がどう戦うか気になっていた。

 魔術師である絢も休んでいるようで、手を止めて輪廻を見ていた。




「何処からでもかかってこい」

「はい」


 輪廻は木剣を横に倒して持つ。そして…………






(なっ!? 目が変わった?)






 ゲイルは輪廻が出す気迫に驚いていた。僅かに殺気も混ざっていることにも気付いた。

 その目が輪廻の持つ剣先に向けて、ゲイルもそれに合わせて向いてしまった。




 シュッ!




「っ!?」


 ゲイルは僅かな隙を見せてしまい、輪廻は視線の反対、死角に潜り込んでいた。

 剣先はそのままに、こっちの視線に合わせるように向かっていた。

 ゲイルはまず、剣を剣で受けようとしたが…………




(フェイント!?)




 剣はスルリと縦に構えていた剣の横を通り抜け、輪廻はバランスを崩すために膝の裏を蹴った。




「くっ!」


 そのまま横にすり抜けていた剣がまた顔に向かっていた。

 ゲイルはこのままでは剣を顔に受けることになってしまうため、本気で脚を動かして避けていた。

 これは技術ではなく、高いステータスで物を言わせた動きだった。




「早いなぁ……」

「ははっ、まさか本気で避ける必要になるなんてな……」


 二人は動きを止めていた。このままゲイルが本気でやったら訓練にならないからだ。つまり、今のはゲイルの負けに等しい状況だった。


 その様子を見ていた皆はワァー! と声を上げていた。英二はポカーンと驚愕し、絢は頬を赤くして輪廻に見とれていた。




(むぅ、本気で動いてないといえ、ステータスの差が大きいと当たらないな……)


 輪廻は本気をここで見せるつもりはなく、視線誘導やフェイントなどで攻めたのだ。

 もし、ステータスが同じか少しだけ上ぐらいだったら避けるのも間に合わずに最後の攻撃は当たっていただろう。




(ここまで目立つつもりはなかったんだが、目立ってしまったな……)


 本気を出さなかったのは、目立たないようにするためだったが、思ったより策が上手くいきすぎて、目立ってしまった。




「見事だ。弱い魔物なら相手にならないだろう」


 ゲイルには、まだ言いたいことがあった。気迫の中に、僅かだが殺気が混じっていたことを。

 しかし、ここで問い詰める程に空気を読めないわけでもなかった。






「凄ーい!!」

「流石だな……、あの夜行に長年も鍛えられただけはあるな……」

「ははっ……」


 絢からは凄いと言いながら抱き着かれ、剣道の部員からは納得したような言葉を掛けられ、英二は驚愕から覚め、またここにいない夜行を思い馳せていた。「まだ小学生の輪廻にどんだけ鍛えさせてんだよ!?」と…………




 この世界に来てから二日目、初めての訓練はこれで終わり、城に戻ったのだった…………






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