第2章 39話 良いコンビ

 部屋に着くとクロエを椅子に座らせシャルロットはお湯を沸かしに行った。シャルロットは紅茶がすきで何種類もの茶葉を用意している。1人で待つクロエは何か変わったものはないかとわくわくして部屋を見渡した。


 ランプの入った棚、大きな化粧台、勉強机の横にある本棚、シャルロットは本をあまり読まないが母親が適当な本を入れていた。クロエはそれらの本を全て借りて読んでいた。


 立派なクローゼットにおしゃれなベッド、出窓に飾られた黄緑の草花の模様のカーテン。殺風景なクロエの部屋とは全然違う。いつも通りのシャルロットの部屋だ。しかし今日はお姫様のお城に招待された妄想にふけり、クロエのにやけた顔が止まらなかった。


「ふふふ、お姫様が私の片翼ね」


 クロエは椅子を後ろに引いて独り言を呟いた。


「うん、何か言った?」


 振り向くとシャルロットが紅茶セットが載ったトレーを持ってドアの前に立っていた。クロエは妄想の世界から現実世界へ舞い戻った。


「ふふふ、シャルロットは私の翼みたいな存在だってことよ。素敵だわ。羽根のない生き物が羽を持たずに生まれたのはなぜだと思う?生まれた後に自分で羽根を見つけられるからよ!」


「クロエらしい解釈ね。でも私はあんただけの羽根ではないわ。私には私の意志があるもの。あんたの自由にはさせない。私はクロエに羽根を与える存在なのよ」


 シャルロットは強気に一笑してテーブルにトレーを置き、ポットの紅茶をカップにそそいだ。母親ご自慢のお手製のクッキーも一緒に出された。


「まあ!シャルロットは私の翼ではなくて、羽根を与える女神だったのね。そして私は女神に翼を与えられた天使なのね!今新しく壮大な物語が生まれたわ!貴方はやっぱり素敵よ、シャルロット!」


 シャルロットはクロエに話を合わせることが多いが、クロエの期待した答えとは全く違う角度から見た答えを出してくることも多々ある。もちろん否定的な意見も含まれる。つまり思ったことをずばずばと言ってくるのだ。クロエはそんなシャルロットが大すきだった。


「女神はやめてよね。性別を特定する表現は好きじゃないわ」


 紅茶を一口飲み、シャルロットは懐疑的かいぎてきな視線をクロエに向けた。


「そうだったわね、ごめんなさい。シャルロットは私の神様だわ」


「そんな仰々しいものでもないけどね。ところで、あんた何か言いたいことがあるの?」


 シャルロットはクロエが言いたいことを抱えているのを見抜いていた。クロエは隠し事をしているときは視線が右に泳ぐのだ。わずかながらその症状が出ている。


 シャルロットはきっとロボットの話題がしたいのだろうと思った。しかしクロエがハッとした後に「シャルロット、あなたすごいわ。やっぱり私の親友ね」と言って切り出した話題はロボットのことではなかった。


「昨日は何をしてたの?」


「え?フットボールだけど……そう伝えてなかった?」


 シャルロットはあまりにも普通の問いかけに少し驚いた。


「やっぱりそうなのね!楽しかった?」


 取り留めのない質問をしているのにクロエの瞳は真剣だった。


「まあ……楽しかったわよ。久し振りに思いっきり体動かせたし。悔しい試合結果ではあったけど、次に活かせばいいかなって」


「そう。楽しかったのね、それは良かった。聞けて良かったわ」


 クロエは少しだけ複雑そうな顔をして、そんな自分を嫌に思った。


「ん?え?これって重要な話?」


 シャルロットはクロエが真面目すぎるので、自分は肘を折って小さく腕を上げておどけて見せた。


「ううん。私はシャルロットのことが知りたかっただけよ。一緒にいなかった時間もこうして訊けば知ることができるでしょ。だって親友のことは何でも知りたくなっちゃうわ!」


 クロエは内心少しドキドキしながら紅茶を飲んで、手作りクッキーを口に運んだ。次の瞬間、シャルロットの瞳は死んだ魚のようになって、体がぐだっとテーブルにくっついた。


「ほうしたの?ひゃるロット?」


 クロエはもぐもぐと口を動かしながら瞳をパチクリさせた。シャルロットはしばらく脱力した後に起き上がり、気だるそうに答えた。


「ごめん。クロエに悪気がないのはわかってる。でもなんでも聞かれるのは少し嫌だわ。私の母親がそうだもの!うちの母親が何でもかんでも質問攻めにするの知っているでしょ?プライベートも何もありゃしない。本当にうっとおしいわ。娘のことが気になる気持ちもわかるけど度が過ぎるのよ。クロエはいつもそんなに訊いてこないし、これくらいなら全然いいけどね。でもなんでも私を問いただすのはマリーだけでいいわ。友達とは自然で気がねなく付き合いたい」


 話し終える頃にはシャルロットの瞳に力が戻っていた。クロエは深くうなづいた。


「わかったわ。ありがとう。シャルロットがはっきり言ってくれてうれしいわ。私なんでも知りたい欲求高いから気をつけなくちゃ。そうね、友達とは自然に気がねなく接するのがいいというのは共感するわ。過保護な親みたいに堅苦しいのは良くないわね。私、シャルロットと一緒にいて楽しいわ。それで十分ね」


「そうよ。私難しく考えるの苦手なのよ。クロエと一緒にいると楽しい。毎日一緒じゃなくても私たちは親友じゃない」


「その通りだわ。離れていても私たちは親友!」


「もちろん」


 2人は顔を見合わせてニヤリと笑いあった。その後はポーカーをしながら、前日のフットボールの展開と、シャルロットと男子たちのケンカについて話した。シャルロットの愚痴にクロエは共感しながら一緒に文句を言った。


 これには2人とも一体感があったが、クロエは後から申し訳ない気持ちになった。じつは、クロエはシャルロットが男子とケンカしたことに少し安心してしまい、そんな自分がとても嫌だったのだ。


 その他には、クロエとロボットが前日にどんな話をしたのか、翌日クロエがジャミールに会って何を伝えるつもりかなどを、さらりと話しながら楽しんだ。


 やはりクロエとシャルロットの話は盛り上がった。お互いの正直な気持ちをぶつけ合っても不快な気持ちにならない。一向に会話は途切れなかった。


 クロエのサンドイッチとシャルロットの昼食は2人でシェアした。ポーカーは少しシャルロットが優勢だった。ときおり「シャルロットが勝つに決まってるわ。だってあなたは神様なんですもの!天使より上位よ!」というクロエの愚痴も混ざったが、2人は終始笑顔で過ごした。


「また明後日ね!」と笑顔で言うクロエに「次は時間を考えてくるのよ」とシャルロットが返した。「ええ、今日みたいなお寝坊さんはだめよ」とクロエが笑い、「あんたはもう少し寝ぼけなさい」とシャルロットが返して2人は別れた。

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