第2章 33話 すれ違い

「あんたよくリチャードと仲良くできるね」


 その日の帰り道、シャルロットが感心した物言いでクロエに言った。


「仲良くというか楽しいの。リチャードのすべて言動が未知で個性的だから。陸地にいながら深海魚とも宇宙の星ともお話している気分になれるわ。だって行動が読めないんですもの!次は何が飛び出すかわくわくするの!」


 クロエにはロボットのネガティブな発言でさえ斬新に聞こえるようだ。シャルロットには面倒くさいとしか思えなかった。


「そうね。私もちょっとばかり変わり者だからクロエと仲良くなれたのかもね」


 シャルロットはふーっと深呼吸をして答えた。


「まさにそうよ。変わり者っていつも素敵だわ。シャルロットに出会えたときもリチャードに出会えたときも、その創造主のミスタードレスタと出会えたときも私の世界に新しい風が吹いたの。


 まあ、友達が増えるってことそのものが斬新ではあるけれど。だって同じ人なんてこの世にいないもの!


 みんな変わり者でみんな素敵以外の何者でもないわ!まるでまったくはまる当ての無いジグソーパズルのピースが見つかったときみたいに!」


 クロエははしゃぎながらシャルロットを見つめたが、シャルロットは冷めていた。


「うーん、私はまったくはまる当ての無いピースより、きっちりはまる隣のピースを見つけたいわ。


 リチャードのピースは一体どこにはまるのか、さっぱりわからない。ミスタードレスタのピースもね。違うパズルのピースが混ざってるんじゃないの?」


「え!?」


 クロエはシャルロットの言葉に大きく反応した。親友が同意してくれないまでも、完全否定されるとは思わなかったのだ。


 しかも、この話は適当な空想話ではなく、クロエにとってはとても重要なことだった。


 シャルロットはクロエが心の中でショックを受けていることには気づかないで言葉を続けた。


「悪いんだけどこれからはリチャードのところにはクロエだけで行ってくれない?私は同級生の男友達とフットボールして遊ぶわ」


 シャルロットは頭をかきながら多少申し訳なさそうに息を吐いた。


「え!それって私とはもう遊ばないということ!?」


 クロエはシャルロットが離れていってしまうことを大げさに怖れていた。母親も父親もずっと一緒だと思っていたのにクロエの側から突然いなくなってしまったからだ。


「いやいや、なんでそうなるの?今までも別々に過ごしてたことなんて何度もあるでしょ。


 それに……どうせ大人になったら毎日のように遊べなくなるわ。別にクロエがリチャードに首ったけでもいいよ。あんたにもいつかは恋人ができるでしょ。その予行練習とでも思ってくれればいいわ。


 まあ、私は恋なんてまっぴらごめんだけどさ。実際、私はリチャードと一緒にいても楽しくないからあの屋敷に行きたくないだけ」


 シャルロットはクロエが突然もう二度と遊ばないようなニュアンスで言うので、おかしくて鼻で笑った。クロエは鼻で笑われたのを見て絶望的な気持ちになった。


 クロエはシャルロットとずっと一緒にいると思っていた。そしてシャルロットもそう思っていると信じていた。信じたかった。


 その思いを踏みにじられた気持ちと、父親が離れていってしまったときの無力感が一気に押し寄せてきた。


「私……一生恋人なんか要らない。ずっとシャルロットと一緒にいるわ」


 いつもは元気に言い返してくるクロエが、とても小さな声で深刻そうに話すのを見てシャルロットの心に違和感が生まれた。


「えっと、クロエどうしたの?そんなに深刻に考えなくてもいいのよ。ありうるかもしれない未来の話よ。ほら、大人たちって恋愛が好きじゃない?


 同級生の女の子たちが恋愛話をしたがるけど、クロエだってもっと大人になったら、恋愛に興味が湧いてくるかもしれないってこと。私にはわからないだろうけどさ。


 でも、まあ、そんなに深い意味はないわ。例えばの話よ、私たちだっていつまでも一緒にはいられないってこと!」


 クロエはシャルロットの気持ちを縛り付けようとするのは愚かな行為だと感じた。自分のわがままをシャルロットに押し付けるのは良くないと。しかし、胸が張り裂けそうだった。彼女はどうにか笑顔を作り上げた。


「うん……わかった。私はシャルロットともリチャードとも仲良くしたいわ。別々に遊ぶことが解決の道ならそれを選びましょ……」


 そう言うとクロエは一粒の涙をこぼした。しかしすぐにハンカチで拭き取り、いたずらな瞳でシャルロットを見つめた。


「え!?何?あんた重く受け取ってない?そんなに大したことじゃないわよ!」


 シャルロットはクロエが泣いたことに戸惑った。これまでもクロエとケンカしたり、フットボールがしたくて別行動を取った時期はあったからだ。


「そうね。大した問題じゃないわ。屋敷に行くまでが遠いから1人だとちょっと寂しいだけよ。驚かせてごめんね」


 クロエはそう言うと、いつも通りの足取りで軽やかにステップを踏んだ。シャルロットは少し心配したが、その後のクロエは普段とまったく同じだったので、ほっと安心した。


 シャルロットにとっては、あの屋敷に行かなくて良くなったことへの解放感のほうが大きかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る