第2章 31話 シャルロットの提案
次の日クロエがシャルロットの家に行くと、シャルロットは手にボールを持ってにんまりしていた。
「それってもしかして……」
とクロエが尋ねると、
「うん、リチャードにフットボールをさせてみる。クロエも付き合ってね!」
と、はきはきと答えた。あまり気が進まない相手と一緒でも自分がすきなことをしていれば楽しいかもしれないと考えたのだ。シャルロットはフットボールが大好きなのだ。
「わあ、ロボット初のフットボール選手ね!リチャードのフットボール選手としての可能性は未知数よ。科学の未来と同じだわ!」
クロエは乗り気だがフットボールが苦手だ。シャルロットとの付き合いで数度しかしたことはない。
それでも生き生きとボールを蹴るシャルロットの満足気な顔を見ると、たまには付き合いでするのも良いなと感じていた。今回はロボットの反応も気になった。
「決まりね。あのネガティブロボットの体と精神を鍛えてやるわ!健全な肉体に健全な心が宿る。だったかしら?」
「ふふ、リチャードの場合は肉体ではなく機体ね!健全な機体にも健全な心は宿るのかしら?あら?ロボットの心臓はバッテリーかしら?
でもね、シャルロット、私たち遊びに行くのよ。お手柔らかにね!スパルタはなしよ」
クロエは口を尖らせて呟いた。シャルロットは目を細めて強気に笑った。
「わかってないわねクロエ嬢。友達っていうのは気の合う仲間と協力したり、切磋琢磨して己を高め合うものだわ。
今は私がだいぶリチャードに合わせてる。今日はリチャードが私に合わせる番。それが友情ってものよ!」
シャルロットが普段より勝ち気な口調になっている。このテンションのときの彼女はなかなか引き下がらないことをクロエは知っていた。
「素敵だわシャルロット!リチャードと仲良くなろうと積極的に考えてくれたのね!」
「まあね」とシャルロットは元気よく玄関を飛び出した。2人は駆け足で街を抜け、湖を横切り、あっという間にとんがり帽子の屋敷にたどりついた。その日はリチャードだけが屋敷の外で待っていた。
「こんにちは!友達のクロエ!友達のシャルロット!今日は予定時刻より32分早いですが、約束の時間まで待ちますか?」
シャルロットの眉間にシワが寄った。クロエが大きく手を振って「今すぐ遊びましょー!」と答えた。
「わかりました!今日の任務は何ですか?自分で考えられない僕は素敵です!」
ロボットは両手を上下に振りつつゆっくり近寄ってきた。途中でなぜだかカクカクとした動きになって意味もなくジグザグに蛇行しながら2人の前にきた。
シャルロットがしかめっ面をしたが誰も気づかなかった。彼女は気を取り直して、すぐに作り笑いをした。
「今日は3人でフットボールをしたいの。リチャード、良いでしょう?」
シャルロットの提案に、ロボットは大声で答えた。
「フットボール!フットボールについて説明します。味方11人、敵11人で競う競技です。シャルロットが専用のボールを持ってきました!ここまでは良いです!
しかし、ゴールはありません。人数も足りません。仮にジャミールを入れても4人です。フットボールをするのには18人足りません。
よってその任務は達成できません。僕にはゴールと18人の人間を用意することができません。僕はなんて素敵なのでしょう!任務に失敗しました」
ロボットはゴトっと音を立てて前のめりに倒れた。シャルロットの脳内が白一色になった。
「リチャード、フットボールの練習なら3人でもできるのよ」
クロエがすかさずフォローした。
「そうなのですか。情報を更新しました」
ロボットはすぐに立ち上がり平然とした。その間、シャルロットは頭の中をからっぽにしていた。そうでなければ苛立ちが募ってしまう。ロボットが立ち上がると、彼女は頭を切り換えて話を続けた。
「リチャード、友達っていうのは同じ目的に向かって協力しあうものなのよ。今日はフットボールをするわ。ほらこうやってボールをを蹴って進んで」
シャルロットはボールを足元に落として両足で器用にボールを操りながら、ロボットの横を抜け、ターンして戻ってきた。それからボールをロボットの前に置いた。
「これがドリブル、簡単でしょ。やってみて」
「ドリブル?これをドリブルというのですか。情報を更新します……簡単なのですね。真似してみます」
そういうとロボットは右足を前に出したが、ボールの上に乗っかり盛大に転倒をした。彼は長時間じたばたしたあとで立ち上がり、
「転倒しました。これはギリギリ失敗と認識します。バランスが歩行と違います。更新します」
と呟き右足を大きく前に出し、今度はボールに届かずまた転倒した。3回目に右足がボールにかすったが前には飛ばずに、よろよろと自然に転がるような速度で大きく左にそれた。
「出来ました。ボールを蹴ることに成功しました。ドリブルの任務完了です」
ロボットは瞳を黄色くして淡々と語った。クロエは「やったわ、リチャード!」と本気で感動していたが、シャルロットはイライラしただけだった。
「いや、ドリブルはボールに触れればいいだけじゃないから」
シャルロットは早口で言い放った。途端にロボットの瞳が青くなった。
「僕は任務失敗したのですか?これは重大な過失です。僕が任務を遂行したと誤認したからです。
そもそもドリブルとは何ですか?入手した情報が不確かです。足にボールが当たることではないのですか?わかりません!無知な僕は素敵です。
友達任務に失敗するとジャミールが僕を役立たずだと廃棄するかもしれません。僕は素敵なロボットすぎます!」
ロボットは大きくゆっくりと
シャルロットは全身から力が抜けてふらついた。彼女は地面に体を預けて「あとは頼んだ」とクロエに声をかけた。
クロエは「きゃー!シャルロット!どうしたの?貧血かしら!」と叫んだが、シャルロットが「リチャードについていけないだけよ」と言ったのを聞き、リチャードのフォローにまわることにした。
「リチャード、大丈夫よ!きちんとドリブルできたわ!あとは……さらに上達するだけよ!練習すればもっと上手くなるはずよ!」
「クロエは矛盾したことを言います。僕はジャミールに万能なロボットとして造られました。失敗や知らないことはないはずです。
すべての物事を完璧にこなすはずです。しかしドリブルが上手くありません。これは成功ではありません、失敗です」
クロエの励ましはロボットのややこしい一面を引き出した。クロエはこれをロボットの個性としてみているが、シャルロットは「練習もなしで、いきなり完璧にこなそうなんて虫が良すぎるわ。だいたい、あなたがドリブルが下手なのは一目瞭然じゃない」としか考えられなかった。
もう彼らの会話も聞きたくなくなり、地面に体を預けたまま、ぼんやりと道行くアリを眺めていた。
「ミスタードレスタは少し間違っているわね。この世界に万能な存在などないはずよ。あなたは十分優秀なロボットだわ。
自分が今できていることをもっと認めてあげて。あなたが素敵じゃないはずないわ。ジャミールもあなたを捨てるわけがないわ」
「ジャミールは僕を捨てないのですか?意味がわかりません。人間は役に立たないものを捨てるとインプットされています。役に立たない僕は捨てられるはずです……」
ロボットはそういうと、離れたボールによろよろと近寄り、また脚で軽くボールに触れることに成功した。ボールはまた転がるように真横に動いた。
「やったわ、その調子よ!今度は私がボールを奪いにいくわ。その前にボールを蹴ってね」
クロエはそういうとスカートの腰元を上に上げ、靴ひもを結び直して戦闘準備に入った。するとロボットは脚ではなく、手でボールを持ち上げた。
「それなら良い方法があります。クロエが僕からボールを奪う前に僕はクロエにボールをプレゼントします。これであなたが僕からボールを奪う必要はなくなります」
「きゃ!なんて優しい子なのかしら!」と、クロエは思わず声を上げた。ロボットは、
「クロエが喜びました。友達としての任務を遂行できています!」と瞳を黄色くして答えた。
シャルロットは2人には聞こえない小さな声で「なにそれ……」と呟いて、1人で呆れかえっていた。
「ではこのボールは大切にお受け取りいたします」
クロエはかしこまって会釈をしてから、礼儀正しく両手を差し出した。ロボットがボールを渡そうとしたとき、シャルロットがガバっと立ち上がった。
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