第2章 28話 足音

「はーい……」


 次の日の昼過ぎ、シャルロットは覇気のない声で玄関のドアを開けた。目の前には予想通り期待にあふれた笑顔のクロエが立っていた。大きなつばのついた帽子をかぶっている。


「シャルロットお待たせ!今日はリチャードとの親睦をさらに深める日よ!」


 クロエは右手を差し出してシャルロットの手首をつかみ、さあ行きましょう!と急かした。


「待ってよ。バックパックがまだ家の中よ。取ってくる」


 シャルロットはすぐに後ろ向きになって家に引っ込んだ。こんなにはしゃいでいるクロエの笑顔を奪うようなことは言えなかった。


 彼女は部屋に戻るとバックパックを担ぎ両手で頬を叩いた。そのまま玄関で待っているクロエの元へ笑顔を作りながら歩いた。


 室内に向かって「じゃあ出かけてくるわ!」と声をかけてクロエと一緒に街へ出た。


 立ち尽くしているだけで汗が止まらなくなるような日差しの強い日だった。帽子を持ってこれば良かったとシャルロットは少し後悔した。


「ねえ、シャルロットは覚えている?私たちがリチャードに出会えたのは宝の地図がキッカケだったこと!」


 クロエは街外れへと向かう道のりで、弾んだ声でシャルロットに尋ねた。


「そんなの数日前のことじゃない。もちろん覚えているわよ」


 シャルロットのテンションは低めだったが、クロエはそれに気づいてはいなかった。


「やっぱり私の親友はしっかりしているわ!私はリチャードに出会えたことが感動的すぎて以前の記憶がチョウになって宇宙まで飛んでいったの。


 リチャードと知り合ったのは前世のことだったかしら、もしかして来世のことだったかしら、と悩むくらいに記憶がパラレルワールドなの!こんな風に考える私は、どこか変になったのかしら?」


「いいえ、いつものクロエだわ」


 街外れの馬小屋にいる老いた馬に手で合図を送っていたクロエはシャルロットの言葉にすぐに反応した。


「シャルロットは私の1番の理解者だわ!」


 クロエは1人で納得して何度もうなずきながら、ぐんぐんと前へ進んだ。そんなことを言われたらシャルロットは「あの屋敷に行きたくない」とは切り出せなくなった。


 彼女は自分の中で悩んでから「クロエが満足するなら付き添ってあげよう」という答えを導き出すことでその場を乗り切った。


 少女たちは街から離れ、南の方角にある少しうねった道を行く。何度も通った湖でクロエは、


「見て、シャルロット。この深淵をのぞく湖を!素敵ね!蒼く透き通った深水の世界!何億もの過去から繋がった生命たちがみついて共生しているのだわ。


 きっと湖の底には老齢の魚人の住みかがあって、彼は魚たちに遠い昔の地球の記憶を話して聞かせているのよ。もしかしてその老魚は魔法使いジャミールと友達なのかも!?」


 クロエは楽しそうに話しながら軽く飛び跳ねた。ジャミールの名前が出てきた途端、シャルロットの顔が引きつった。


 いつの間にかジャミールに対する苦手意識が根付いてしまったようだ。クロエの空想話の中にまであの男とロボットの話題を出して欲しくなかった。


 彼女は相づちを打ちながらそのままクロエと歩いた。しかし屋敷に近づくにつれ足取りは重くなり、表情も暗くなっていった。


 そしてシャルロットの歩みが止まった。クロエは8メートルくらい先に進んでから、それに気づいて慌てて戻ってきた。


「どうしたのシャルロット?具合が悪いの?」


 クロエにはシャルロットの表情が体調の悪いときの顔つきにみえた。シャルロットは屋敷の姿が大きくなってくるにつれ、我慢できなくなってしまった。


「ねえ、クロエ。私たちあの屋敷に通いすぎじゃない?今日はあの屋敷に行くのやめない?」


 シャルロットはやっとの思いで意見を口にした。クロエは突拍子のないことに戸惑った。


「え?え?なんで?シャルロットはリチャードに会いたくないの?」


 クロエは不安気な顔になってシャルロットを眺めている。シャルロットは心苦しくなった。


「うーんと、私あのロボットとどうしたら仲良くなれるかわからないのよね」


 シャルロットは肩をすくめて目線をクロエからあからさまにそらした。


 クロエは彼女の意見を聞こうと頭をフル回転させたが、昨日のことを思い出し、最初に出た言葉は、


「……昨日リチャードに明日も遊びに行くと約束しちゃったわ……友達だもの、約束を破れないわ」


だった。クロエはこの後でシャルロットの気づかいをしようとしたが、シャルロットはクロエが自分より、あのロボットを優先させたと受け取った。


「いやいや、なんでもないわ。ちょっと考えすぎてネガティブになっただけ。あんたは……クロエだもんね。きっとリチャードともジャミールとも仲良くなれるわ。


 あんたがあんまりリチャードに夢中だから、親友の立場として、ちょっとジェラシー感じただけ。こんなのなんともないわ」


 そう言うと、シャルロットは両手を腰に置いてニカっと白い歯を見せた。クロエはシャルロットが少し強がっていると感じて心配になったが、明るい言葉で励ますことにした。


「シャルロット!あなたお馬鹿さんだわ。私たちの友情にはひとつの淀みもなくてよ。無敵な私たちの絆はどんなことがあっても解けないわ!


 何があっても私たちはずっと一緒。お屋敷に行くのは友情の輪をさらに広げるお話よ!素敵以外の何も入り込めないお話だわ!」


「ああ、まったくだ!私たちの友情には影響ないお話だ!」


 シャルロットは男勝りな低い声を出した。クロエは、その反応が少し怖くて、


「やっぱり体調悪い?」


いた。シャルロットは首を横に振り「もう大丈夫よ。行きましょう」と返した。彼女はいろいろと吹っ切った爽やかな顔をしていたので、クロエはそれを信じることにした。

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