第1章 25話 夢
ジャミールは部屋に鍵を掛けて閉じこもった。机の上に顔をうずめて泣いた。夕食の時間になってもロゼッタは呼びにこない。気をきかせているのだろう。ときどき鼻をかみながら目をこする。何度もリトルジャミールが視界に入ってくる。無表情でジャミールを見ている。
「何か言ってよ……」
独り言が部屋に響き渡る。
「リトルジャミールはなんでもできるんでしょ……」
リトルジャミールは返事をしない。
「先生……」
ジャミールはまた鼻をかんだ。鼻が痛くなってきている。航海日誌が机の上にある。さらに涙がいきおいを増す。
「リチャード船長が死んだら、これはもう必要ないですよね」
ジャミールはリチャードに語りかけているようだ。充血した目で航海日誌の表紙を見た。
そのあとに壁の絵を見る。ただひたすらに涙がほおを伝う。日誌を開いた。楽しかった過去の思い出がそこに閉じ込められていた。
もうこんな日々は戻ってこないだろうという感情が心を締めつける。落ちたしずくが日記の文字をにじませている。
「……ぼくがロボットはかせになりたいっていったら先生はおうえんしてくれる?」
そう書かれたジャミールの文章の下にさらに文字が書かれていることにきづいた。
「自分の夢が正しいか間違っているかを誰かにきくものじゃない。夢を追いかける自分を信じろ!夢は自分の力でつかみとるものだ!僕はそうやって生きてきたぞ!そして僕の夢は実現したんだ。教師になってたくさんの友達をつくった!どうだ!すごいだろ!」
リチャードの言葉だ。元気に生き生きとした文字で
受け入れられない現実がのしかかる。思わず日誌を閉じて机に置いた。身震いが止まらない。過去の記憶が鮮明によみがえる。
リチャードの突然の訪問。伍長として教わったこと。司祭として作ったゲーム。航海士として残したもの。楽しかったことばかりだ。頭を両手で抱えて考え込んだ。リチャードの死。授業。自分について。
どれくらい悩んだのだろうか。ふいにリチャードがいまこの場にいたらなんと言うだろうと考えた。まったく想像ができなかった。
彼は天井を見上げた。景色はぼんやりとにじむことしか知らない。リチャードが投げかけてくれた言葉が次々と脳裏をよぎる。
震える身体を自分で抱きしめた。ウイスキーの香りはしなかった。それでもリチャードに抱きしめられていると思い込もうとする。
どれだけ時間がたったのだろう。こんなに長時間考え込んだのは初めてだった。痛くなった目をこすりながら、航海日誌を見た。
「これは大切なものだから早く返してあげたくてね」
リチャードがそう言って子どものようにはしゃいだ笑顔を思いだした。
この日誌が最後の贈り物だったのだ。
ジャミールはもう一度日誌に書かれたリチャードの言葉を見た。無理矢理にでも言葉を受け止めようとしたのだ。
「夢は自分の力でつかみとるものだ!」
ジャミールは鼻をかんで涙を拭き、ゆっくりと顔をあげた。
「先生……僕は死なない友達をつくります」
ジャミールは壁に描かれたリチャード船長に向かって声をだした。
彼の夢、ロボット博士になることを強く決意した瞬間だった。
悲しみのロボット第1章 〜完〜
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