第12話 男の子
遠くから、子どもたちが和気藹々と夜ご飯を食べている音を聞きながら、月に照らされた孤児院の庭で、俺は1人の男の子と対峙していた。
先ほどから俺を射抜くような目で見ていた男の子である。
「それで……話ってなんなのかな?」
春ではあるが、夜はまだ冷える。俺は上着を羽織り直してからそう男の子に問いかけた。
「__ですか」
「うん?」
「何が……目的なんですか?」
怯えるように声を震わせながらも、俺にそう問うてくる男の子。間違いない。この子は俺がロサリア・フォン・アスファルトであることを知っている。
「目的ってどういうことかな?」
「お願いします…………姉ちゃんには手を出さないでください。俺がかわりになんでもしますから…………」
「う〜ん、と…………ものすごい誤解があると思うんだけど」
「俺は…………あなたがアスファルト侯爵であることを知ってます。惚けないでください」
残虐侯爵であるロサリアの次のターゲットにリオネッタが選ばれたと思っているんだろうか。
「1回落ち着こう?」
怖さのあまりか、震えながら涙を溢し始めた男の子の肩をできるだけ優しくポンポン叩いてそう言う。
参ったな。俺、子供をあやすのとかやったことないんだけど。
「まず、俺はお前の思っている通り、ロサリア・フォン・アスファルトだ。それは間違いない」
俺がそう言うと、男の子がビクッと震える。どうしよう、この怯えっぷり。
「俺は別に、リオネッタをどうしようとか、そういうのは一切思っていない。アイツとは、試験で戦った相手、っていうそれだけの関係だからな」
「じゃあ…………どうしてこんなとこまで来たんですか」
「それはだな…………」
言えない…………ミキちゃんにカッコいいって褒められたからつい甘やかすために来ちゃったなんて言えない!
俺が言いあぐねていると、男の子が納得したように呟いた。
「やっぱり…………姉ちゃんのこと…………」
「だから違うって! 俺は別にリオネッタに恨みを持ってたりしないから! アイツとはただの友達だから!」
「貴族が平民を友達って呼ぶこと自体、おかしいじゃないですか」
「あのなぁ……貴族だの平民だの、俺にとってはどうでもいいんだよ。んなこと」
「え?」
俺が頭をガシガシ掻きながらそう言うと、驚いたように男の子が顔を上げる。
「貴族も平民も、お前らみんな気にしすぎ。俺が貴族なのは、親がすごかったから。ましてや、俺の親なんて名誉侯爵だからな。当主が俺になれば、爵位は子爵まで下がる。そしたら、残るのは家だけだ。子爵に発言権などないだろうし、俺は見ての通り、この評判だからなぁ。一気に落ちぶれるだろ。世間的な立場は子爵でも、扱いは平民より酷くなると思うぞ」
俺があっけらかんと言うと、男の子はポカンと口を開ける。
「…………怖くないんですか?」
「落ちぶれた時のことが?」
「…………はい」
「爵位下がっても死にはしないからな〜。まぁ、今までやってきたことで死刑とかは十分ありそうだけど」
あれ、なんでこんな話してるんだっけ。
「ま、ともかくリオネッタやこの孤児院に悪いようにはしないよ。この国の神、風神にかけて誓う」
この世界において、神に誓うというのはかなり重大なことだ。
日本と違い、神は実在するからな。
なんなら、国によっては常時人界にいる神もいるほどだ。ちなみに風神は暇を持て余しているのか、しょっちゅう人界でブラブラしている。
だから、誓いを破れば裁きが下る。文字通り。
それくらい重い言葉を、俺の心と男の子に刻んで、男の子の頭をゴシゴシ撫で回す。
「信じてくれとは言わない。だからこれからの俺を見ててほしい。もしそれでもダメだったら…………」
「…………ダメだったら?」
「風神に直接言うといい。風神様は、いつもあの宮殿で俺らを見守っているだろ?」
「…………わかりました」
「よし、じゃあもう中に入るぞ。春とはいえ寒いからな。風邪を引いちまう」
そう言って、家の中に入ろうとすると、男の子が恐る恐る話しかけてきたので軽く振り返る。
「あのっ…………!」
「どうした?」
「あの…………あなたは本当にロサリア様ですか? 前に見たロサリア様と随分雰囲気が変わられているので…………」
俺の目をまっすぐ見てそう聞いてきた男の子に、俺はニッと笑い、
「あぁ。残虐侯爵、ロサリア・フォン・アスファルトだよ」
♢
家の中に入ると、外とは打って変わって熱気が一気に押し寄せてきた。狭い家に大勢の人間がいるからな。
みんながワイワイ料理を食べている中、男の子が自分の席に座ると、それを見たリオネッタが立ち上がって男の子に近づいていった。
リオネッタは男の子と二、三言交わし、少ししてからゆっくりと頷いた男の子の頭を撫でてから、自分の席に戻る。
マジでいいお姉ちゃんだな。
正直俺にもあれくらい優しく接してほしい。
昼間の戦闘狂モードは怖いからな。
「お疲れ様でした」
用意された席に座ると、いつの間にか後ろに控えていたラミィがそう声をかけてきた。
「見てた?」
「いえ」
「ならいいや。……そろそろ例のブツ運ぶか」
「かしこまりました」
大皿の上には、もうほとんど料理が残っていなかった。
ラミィと俺は、大皿を下げ、台所に置いておいたジャガイモのおやつを机に運ぶ。
「皆の者! 落ち着くといい!」
声を張り上げ、リビングをシーンとさせる。
一回こういうのやってみたかったんだよな。
「これがジャガイモを使った新しいおやつ、ポテトチップスだ!」
「「「おおおおおおっー!!」」」
俺が想像していたのと異なり、料理スキルというのはかなり有能だった。
料理スキルがlv10になると、どれだけ適当に作っても、思い通りの見た目や味の料理ができ上がる。
ようは、日本でよく売られていたポテトチップスと瓜二つのものが出来るということだ。
味は超うまい。
レストランとかを開いてみてもいいかもな。多少材料が違っても、スキルの補正で美味いものが出来上がるわけだし。
みんなの前にポテトチップスが盛られた皿を置くと、みんなはゴクリと喉を鳴らすも、なかなか手をつけようとしなかった。初めてのものに抵抗があるのだろう。
そんな中、その空気を察したリオネッタがポテチを一つ摘み、口に入れる。
パリッという乾いた音とともに、リオネッタが大きく目を開き…………
「…………美味しい」
そう声を漏らすと、子供達が一斉にポテチの山に手を伸ばし始めた。
「うおぉおおおおおお!」
「パリパリ言うぅううう!」
「うめえええええええ!」
ちゃんとみんなの味覚にも合ったようで一安心だ。
さっきまでの食事よりもガヤガヤと騒がしくなったリビングを離れ、俺は廊下に出ていき一息つく。
「食べてきていいよ」
俺の側にいながらも、羨ましそうにポテトチップスの山を見つめるラミィにそう言うと、ラミィは一瞬躊躇った後、気持ち嬉しそうにポテチの山に近づいていった。
誰もいなくなった廊下で1人、ホッと息をつく。
溜まっていた今日1日の疲れが一気に押し寄せてきた。
丸一日戦った後に、たくさんの子どもたちと交流したからな。そりゃこんな疲れるわ。
「お疲れ様」
「……リオネッタか」
「うん」
壁にもたれかかっていると、隣で同じようにリオネッタがもたれかかってきた。
「俺のことは気にせず食べてきていいんだぞ」
「大丈夫。子供たちが美味しそうに食べるのを見たい」
そう言って、リビングに優しげな目を向けるリオネッタ。
「はい、これはあなたに」
リビングから俺に視線を戻しながらそう言って、リオネッタはお皿を渡してきた。
「あなた……さっき食べてなかったでしょ?」
「よく見てるな」
お皿を受けとり、 自分で作った炒め物を一口。
「うめぇ」
冷めてはいたが、疲れた体にあまじょっぱさが染み渡る。
「今日はありがとう。まさか、あのジャガイモを美味しく食べられるだなんて…………思わなかった」
「お役に立てたなら何よりだ。っつーかあのジャガイモ、売れ残り商品だろ。小さいのが多かったし、色も良くない。アレを貰ってもしょうがなかったろ」
「でも、捨てたりしたのがバレたら…………文句とか言われそうで」
伏目がちに言うリオネッタ。
「アレを送ってくるのって、ここの運営者?」
「そう。タロット伯爵」
ぼんやりと聞いたことがある。
ということは、うっすらとストーリーで関わってきてるのか。
「貴族からの評判をよくするために体裁だけ寄贈をし、ついでに在庫処分も行う。金銭面での補助は薄く、何か神経を逆撫でするようなことがあれば圧をかけてさらに運営資金を削減。そんなとこか?」
「全くもって…………その通り。よく分かったね」
「この家を見ればな……」
いつ建てられたのかもわからないようなボロボロ具合。
ところによっては柱も崩れており、岩魔法で補修された跡がある。おそらく、リオネッタがやったのだろう。
きっと、タロット伯爵は何代にも渡ってこういうことをしてきたのだ。
「…………なんとかしてみるか」
「…………できる?」
不安そうに聞いてくるリオネッタ。きっともういっぱいいっぱいなのだろう。
「まだなんとも言えねぇな。情報を集めて…………そっから考えるわ」
「ありがとう。その言葉だけでも…………嬉しい」
「気にすんな。友達だろ」
俺がそう言うと、リオネッタはふっと笑った。
「うん…………友達」
【あとがき】
今回のおすすめはこちら、和ぬかさんで『寄り酔い』です。
こういう和っぽい曲が大好きです。
後、全然違いますけど電子ドラムとかも好きです。
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