第10話 変人医師ドルト


 町から少し西に外れた場所に見えてきた大きなカントリー調の家。

 入り口の扉のすぐ近くには丸い小さな池があり、そのすぐほとりでは白いシーツやタオルが風にたなびいている。


「ここがドルト先生のおうち……」

「あぁ。自宅兼診療所だな。とりあえず生きてるか確認だ。あれでも一応うちの唯一の医師だからな」


 あれでもって……。

 そんな扱いをされるドルト先生っていったいどんな人なんだろう?

「行くぞ」

 そう言うとオズ様はゴンゴンゴンと硬い木の扉をたたいた。


「俺だ。入るぞ」

 雑!!

 俺だ、で通じるの!?

 私が驚いているうちに家主の返事もないまま、オズ様は扉を開けて勝手に家の中へと入って行ってしまった。


「お、オズ様!!」

 不法侵入に心の中でごめんなさい、とまだ見ぬドルト先生に謝罪しながらオズ様の後をついて奥の部屋まで進む。

「入るぞ」と一声かけた後、その部屋の扉も同じように勝手に開けて中へと進んでいくオズ様。

 もはや勝手知ったる他人の家。


 ていうか良いの!?

 不法侵入罪じゃない!?

 来世で幸せになれないかもしれないし、今世ではなるべく悪いことはせずに得を積んでおきたいのに……!!


 わたわたしてても仕方がない。

 だってオズ様が進んでしまったんだもの!!

 私はもう一度心の中で謝罪してから、そろりとオズ様の後を追って入室した。


「やぁオズ。いらっしゃい」

 そう言ってベッドの上からこちらに視線を移したのは、長い藍色の髪を一つに束ねたメガネの男性。

 眼鏡の奥からは穏やかな緑色の瞳がのぞいている。


 何やらベッドの上には怪しげな薬品がたくさん散乱しているし、この人いったい何してたんだろう……。

 多分この人がドルト先生、なのよね?


「いらっしゃい、じゃないだろうこのやぶ医者。このなんだこの薬品の山は!! おおかたベッドの上で新薬の開発でもしてたんだろうが今は寝てろ病人!!」


「はは、相変わらず手厳しいねオズは。そんなだから彼女の一人もできないんだよ? 顔は良いのに」


「ほぉ……? 軽口叩けるくらいには元気なようだなそれなら手っ取り早く新薬を開発してもらおうかドルト? 寝・る・間・も・惜・し・ん・で・な!!」


 言いながらドルト先生の襟元をつかみ上げてガクガクと揺らすオズ様は、もはやカツアゲ中の不良にしか見えない。

 なのにもかかわらずドルト先生はヘラヘラと笑っている当たり、慣れているのだろうか、この扱いに。


「あっはははは。頭がぐらぐらするよ~」

 ……熱で頭が回らずに状況がわかってないだけ?

「お、オズ様、そこらへんに……!! 一応病人でしょうし……」

 このままではオズ様が悪い魔法使いではなく悪い殺人鬼になってしまう……!!


「……まぁ、体調を崩すことは誰にでもある。特にここの治療は君一人に任せてしまっているんだ。俺の落ち度でもある。だが!! それとこれとは話は別だ。すぐにこの薬品どもを片付けて寝ろ!!」


「ははは。オズは心配性だなぁ。そういうところが可愛いところなんだよね~」


「永遠に寝させてやろうか……」


 へらりとした笑顔のドルト先生と対称に仏頂面のオズ様。

 正反対なのに、そこにはどことなく気安さがあるように見える。

 仲は悪くはない、のよね、きっと。


 するとドルト先生の緑色の瞳に、オズ様の背後でおろおろとする私が映った。


「その子は──。……オズ、どこからさらってきたの? いくら仕事で忙しくて癒しが欲しいからって、それは犯ざ──」

「とりあえず黙れメガネ」


 殺気が……!!

 殺気が漏れ出てますオズ様!!


「彼女はセシリア。俺の──助手、みたいなものだ」

「助手……!!」


 思わず感動で声を出してしまったが無理もないだろう。

 自分が助手なんてたいそうな肩書を頂けるなんて思わなかったのだから。

 せいぜい来世までのつなぎで彼らが私のご飯に飽きるまでの雑用係であり居候だと思っていたのに。


「へぇ……人嫌いの君が助手を……? 興味深いね」

「ゼイオンとクレンシスが気に入ったんだ」


 誰?


「あの……ゼイオンとクレンシス、というのは?」

 聞きなれない名前に首をかしげると、オズ様は「まる子とカンタロウの真名まなだ」と答えた。


 真名? って……本当の名前!?

 あったの!?

 え、じゃぁ私が勝手につけた名前のままじゃダメじゃない!?

 私、今まで飛んだ失礼を……!!


「し、知りませんでした……!! 二匹に謝らなければ……!!」


「気にするな。名はその者の存在をより強くする、いわば呪いのようなものだ。本人にとって一番幸せな名前がより強い力となる。彼らにとって君が与えた名前は、おそらく最も強い力となる名前になっているのだろう。でなければ、雌雄逆につけられた時点で君のもとには二度と現れなかったはずだからな」


 二匹にとって──最も強い力に……?

 それって、幸せだと思ってくれてるってことだよね?

 なんだか……うれしいな。


「まる子とカンタロウ……なかなかのセンスだね、君!! 僕はドルト・フローシェ。この町のやぶ医師だよ。あぁ、今はしがない病人だけどね」

 なんて突っ込んでいいかわからない自己紹介しないでぇぇえっ!!


「は、初めまして。私はセシリアと申します。突然の訪問、申し訳ありません」

「えー、全然いいよ。君みたいな可愛い子なら、随時訪問受付中だよ。いっそ僕のところの助手にならない?」

「へ!?」

「おい、勝手にナンパするが如くうちの助手引き抜くな。まったく……。これで宰相の息子なんだ。笑えるだろ?」

「宰相の!?」


 えぇ……。

 このアーレンシュタイン王国の宰相は厳格で頑固で無口で仕事熱心な、鬼の宰相として有名だ。

 この人があの宰相の息子……。

 ……似てない、全く。


「僕は母親似なんだよ。極力王都には頼りたくなかったけど、このまま病が広がるようなら、それも仕方ないかもしれないね……。なんたって、医者がこれだし」


 自嘲気味にそう言って視線を伏せたドルト先生も、元気そうに喋ってはいても、よく見れば頬は赤く呼吸も荒い。

 熱があるんでしょうね……。


 それにしても、まただ。

 さっきのミトさんもオズ様も同じように王都に頼ることにあまり良い感情を抱いていないように見えたけれど、ドルト先生までも……。


「そのことだが、セシリアが防疫方法についていくつか提示してくれてな。少しやってみることになった」

「防疫の? セシリアちゃんが? え、何々? 聞かせて」

 興味津々といった様子で目をランランさせてオズ様に詰め寄るドルト先生に、呆れたように息をついてからオズ様が口を開いた。


「落ち着け研究狂。試してみる防疫手段としては、二つ。マスクという布で口元を覆い、菌の入出率を下げるというもの。そしてもう一つは、酒に含まれるアルコールの、濃度の高い状態のもので消毒を徹底するというものだ。布は各家庭にあるものだし、アルコールならこの町には腐るほどある。すぐにできるだろう」


 オズ様の説明にぽかんと口を開いたまま固まってしまったドルト先生。

 どうしたのかしら?

 何かおかしなことでもあった?

 やっぱり前世の常識なんてこの世界では──「何それ……すばらしいじゃないか!!」──へ?


「そうか、確かにそれは効果的かもしれない!! あぁ、どうして今まで気づかなかったんだろう……!! 君は天才だねセシリアちゃん!!」


 あぁぁっごめんなさいごめんなさい!!

 出しゃばってごめんなさい!!

 そんなキラキラした目で見ないで!!

 見られ慣れてないからまぶしすぎて消えそう!!


「そういうことで、今町の皆には周知してきたところだ。王都に頼るのは、それをやってみてから考えよう」

「うん、そうだね。町の皆の心情を考えても、そのほうが良いと思うよ。ありがとう、オズ、セシリアちゃん」


 ありがとうの言葉が妙にくすぐったい。

 今日一日でたくさんの人からもらった言葉だ。

 まさかこんなにも感謝される日が来ようとは。

 今日が私最後の日なんじゃなかろうか。


「またすぐに様子を見に来るから、しっかり寝てろ。セシリア、帰るぞ」

「あ、はい!! ドルト先生、お大事になさってくださいね」


「ん、ありがとー」

 ひらひらと手を振るドルト先生にお辞儀をしてから、私はオズ様とともにドルト先生の家を後にした。


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