【短編】弔花

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弔花

 窓辺に置かれた蝋燭の炎だけが、狭いこの部屋を静かに灯す。

 今宵月は雪雲に隠れ、街に灯りは無い。沈黙の闇に閉ざされて、凍て付く空気が身を侵す。

 ベッドに横たわる少女に向かい、男は跪いて頭を垂れていた。


 四年前。

 隣国の魔術師が引き起こした災厄により、突如出現した魔物。それは爆発的に増殖し、人々の生活を脅かした。

 平和だったこの国も例外ではなかった。

 男はこの国の騎士となった。


 過酷な訓練だった。剣も鎧も、その重さに慄いた。立っているだけで汗が噴き出し、眩暈を起こす。

 庭園から訓練場を見下ろす少女が、手を振っている。

 男は彼女の笑顔に応える為、何度も立ち上がった。


 やがて男は旅に出た。

 未曾有の災厄を齎した魔術師は、魔物の王と化していた。根源を絶つ為、猛者を引き連れ長い道のりを歩いた。

 その間、仲間を少しずつ失った。

 それでも男は生き延びた。


 男は成し遂げた。

 魔物の王を討ち、世界から魔物が消えた。平和を取り戻したのだ。多くの犠牲に敬意を表し、祖国への帰還を急いだ。

 生き延びた騎士は、一人だけだった。


 国に、嘗ての平和は失われていた。

 家屋が燃えている。人の破片が、石畳に、塀に、屋根に。

 壊れた唸りと唾液を垂らしながら、男は彷徨い歩く。

 覚束ない足は、崩壊した城へ。

 訓練場から庭園を見上げた。厚い雲が月と星々を覆い隠して、冷たい闇がそこに在るのみ。


 過去の憧憬が見えた。

 少女が大切に育て、愛でた花の園。穏やかな陽だまりの中、白く小さな花弁が風に乗り、あどけなく笑む少女を讃える様に舞い踊っていた。


 男の瞳に、光が宿る。

 まだ美しさを保っている花を集めて、少女の許へと急いだ。

 少女は城の隠し扉を知っている。有事の際に身を隠す為の、秘密の部屋。


 王族の血を絶やさぬ限り、国は何度でも蘇る。

 希望の光を胸に、男は走る。




 窓辺に置かれた蝋燭の炎だけが、狭いこの部屋を静かに灯す。

 今宵月は雪雲に隠れ、街に灯りは無い。沈黙の闇に閉ざされて、凍て付く空気が身を侵す。

 ベッドに横たわる少女に向かい、男は跪いて頭を垂れた。


 国の復興を誓ったその時。


 男を尾行していた隣国の騎士が、男の首を斬り落とした。

 少女に剣が突き刺さり、少女は眠ったまま目覚める事ができなくなった。


 純白の花束が血に沈む。

 一つの国が今、滅んだ。

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