天職【ノゾキ神】

美桐院

0人目 【ノゾキ神】の始まり

「ピンポーン、ピンポーン」


どこかからインターホンの音が聞こえる。

今までなにをしていたかも思い出せず、体がふわふわとする慣れない感覚。


ぼんやりとしていた意識が、少しずつハッキリし始めた時、私は身に覚えのない場所にいた。見渡すかぎりの真っ白な世界。なにも存在しない世界。


すると、突如として、目の前にデスクと椅子に座った美しい女性が現れた。


見藤みふじノゾミさんですね。あなたが次の案内人さん!」


彼女は手元の紙から読み上げるようにして、私のフルネームをズバリと当ててみせた。

しかし、彼女のことはまったく思い出せない。


「ノゾミさんは転職歴が豊富なんですね。6つの会社での勤務ですか。ただ、長くて3年しか続かなかったと…なるほど、なるほど」


彼女は手元の紙に目を通し、頷きながらそう言った。

どれも事実だ。おそらくあの紙に、私について書かれているのだろう。


しかし、理解は追いつかない。

彼女は戸惑う私にかまわず、またニッコリと話し始めた。


「そこで本題ですが、ノゾミさんはここの天界にて転職することが決まりました。おめでとうございます!」

「ちょっと待ってください!天界?転職?なにを言ってるのか…」


話を遮られた彼女は、少し不機嫌そうに私を見る。

そして、私にかまわず、話を続けた。


「あなたは死んだんですよ。ここは死後の世界、天界です。私は輪廻転生を司る女神、リンカと申します。あなたに向いていると判断されたから、舞い込んできた転職の話です」

「死んだ?転生?向いている?」


私は信じられないという表情で彼女を見る。

しかし、彼女は嘘をついているようには見えない。


「はい、死んだんです。事故で。でも、ご安心ください。あなたには素晴らしい仕事があります。異世界への転生案内のお仕事、天界では俗に【ノゾキ神】という役職に就いてもらいます!」


彼女はこちらを様子を窺うように、嬉しそうにそう言った。

話すべきことを終えたのか、少し満足げな表情まである。


ただ、私の方は、まったくついていけない。

天界、転職、転生、ノゾキ神…これはなにかの悪夢なのか。


「あのすいません…いろいろと聞きたいことがありまして…」


恐る恐るタイミングを見計らって、彼女に聞いてみることにした。


「はい、なんでしょうか」

「まず、この【ノゾキ神】という仕事は、具体的にどういうことをするのですか」


女神は、ハッとしたように目をぱちぱちとさせた。

そして、少し焦ったように、また恥ずかしげにも返答した。


「すっかり忘れていました〜つい説明不足になってしまって〜」


そうして、ようやく彼女は私の質問に対して答え始めたのであった。


この【ノゾキ神】という仕事については、基本的には案内の仕事とノゾキの仕事に分かれているらしい。


案内の仕事とは、いま女神が私にしているように、情報シートをもとに亡くなった人を転生させること。 転生時に、与えるスキルや特典の条件など、ほとんどが自動らしく、話して伝える。それが主な役割らしい。


そして、ほとんどの時間は、あってないようなノゾキの仕事の時間にあたるそうだ。 デスクの前にある無数のスクリーンから、転生者の生活を覗き見しつつ、見守ることが仕事とのこと。 ただ、正直あまりすることはなく、退屈に感じる人も多いらしい。


「でも、ノゾミさんは違いますよ。あなたは特別なノゾキ神なんです」

「特別なノゾキ神?どういうことですか」


女神は、私に期待を込めた目でそう言った。


「あなたは、転生者に影響を与えることができるノゾキ神なんです。つまり、彼らの人生を変えることができるんですよ」


女神は、私の驚きの表情を見て、ニヤリと笑った。


「どういうことですか?私はただ見てるだけじゃないんですか」


私は、信じられないという声で彼女に尋ねる。


「あなたは、転生者たちの人生を覗き見しながら、彼らにメッセージを送ることができます。それによって、彼らの人生に影響を与えることができます。もちろん、良い影響も悪い影響もあります。あなたは、自分の判断で、どんなメッセージを送るか決めることができますよ」


メッセージ。私の視点だからわかる、アドバイスやヒントを与えられるということか。

ただ、彼らがそれを参考にするのかは、当人次第と。


「それって、楽しそうですね」

「では、さっそく始めましょうか。やってみないとわかりません。あなたの仕事は、これから始まります」


女神は、私に笑顔でそう言った。

もう始めるのか、と少し不安になる気持ちもあるにはある。


「はい、始めましょう」


ただ、それ以上に好奇心が勝った。

私は、彼女に応えて、スクリーンに目を向けた。


これが、私の【ノゾキ神】としての生活の始まりだった。

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