第48話 原始の森の中


 進んでいくと、周囲の樹々に枯れ木や樹勢弱っている樹が目立ってきた。


「この辺は、樹木が衰弱しているのか。ここで一体、何があったんだ」

師匠の声に戸惑いがある。どうもにも、こうした場所が前はなかったのだろうか。


更に行くと、大きな黒々とした沼地のようなモノが広がっている。大きさが20~30mぐらいだろうか。


「これは、一体なんだ」

ネフィリィウム脳筋様が、うめくように口にした。


瘴気の固まりとかではなさそうだ。だが、生き物なのだろう表面がさざめいている。何かに似ている。見ていると徐々に泡立つように中心部が盛り上がってきた。


「!」

咄嗟に風魔法で、全員が入る範囲を傘を展開して皆を覆った。

中央部が泡立ちポカンっとそれらが弾け、弾けた細かな飛翔物が周囲に黒い雨となって降り注いだ。


覆われていない地面も、周囲の枯れ木や樹木もその雨を受けて、ヂュッと小さな音がし煙をたてて腐食されている。嫌なにおいが辺りに立ち込めてくる。


「ブラックスライム、こんな巨大な」


ルーベラさんがブラックスライムを凍らせようと魔法を放ったが、表面が半分も凍らない。パリパリと氷の割れる音がするが、ブラックスライムがぷるんっと体を震わすと、表面の氷も散った。


私はルーベラさんの背中に手を当てて

「もう一度、お願いします」

ルーベラさんが今一度、【氷結】をブラックスライムに打ち込んだ。


今度はブラックスライム全体が氷で覆われた。凍りつき動かなくなったブラックスライムを師匠は、体の中央にあったコアを含めて真っ二つにした。大きな沼地が二つに割れ、蒸発していくような音を立てて消えていった。


「え、何が」

一度目は凍らせることが出来なかったのに、二度目にバキバキに凍ったことを指しているのか。


それとも沼地の縁で、師匠が軽く剣を振るったようにしか見えなかったのに、沼が割れたことを指しているのか。

だが、中途半端なものに対しての応えは無い。



 この旅に出る前に、師匠と色々と試した。そこで判ったことなんだけど、私の能力は、相手の魔法にブーストをかけられるっぽい。

全属性もっているので、それが可能になっているのだろうか。


もしかしたら、相手に同調して重ね掛けをしている形なのかも知れないが、ブーストという認識だ。師匠が驚くほど、威力が上がっているそうだ。


さすがヒロイン、なんて思う。なんか色々と違っているけど、ヒロインとしての能力は本物だものね。それに、ちゃんと鍛錬してるからね。ブーストだって、色々とやっていて判ったの。


この感覚の切っ掛けは、アルディシア元義姉様だ。あの師匠の足を再生するのを手伝ったことで得た感覚だ。


私がこの能力を使うのは、師匠とルーベラさんだけのつもりだ。師匠とルーベラさん以外に、その事を明かすつもりはない。ブーストをかけられた本人はどうも判るらしいので、他の人にかけるつもりは無い。


ただし、アルディシア様が浄化をする際に魔力が足りなかった時は別かもしれない。


でも、アルディシア様自身にブーストを使わなくても良いように、師匠の足の時と同じで浄化をかける対象に直接使おうと思っている。


アルディシア様自身にブーストするなら気がつかれちゃうよね。万が一、聖魔法については持っているのがばれると面倒だし、アルディシア様と同調して使うつもりではいるんだけど、上手くいくと良いなあ。


魔法ヲタクのネフィリィウム様あたりは、私のブーストに気がつくかもしれない。それでも口にしなければ、追求しようは無いよね。まあ、尋ねられても答える気はないけど。


「これも、瘴気の影響なのでしょうか」

アルディシア様がそう言ったが、誰かが答えてくれるのを期待したというよりは、自分の思ったことを口にしてしまっただけかもしれない。


「守護獣が弱っているのかも知れない。この森に魔獣が少ないのは守護獣を恐れて入らないからだとも聞いた。弱い者や傷を癒やすために入る事はあっても、森を傷つける者は、彼の者が許さないからだと」


師匠は、弱った樹勢や枯れた木々を見回してそう言った。周囲の下生えは殆ど見られない。草本層はすでに枯死してしまったのだろうか。


「他にも質の悪いモノが入っている可能性はある。心していこう」


「すまなかった」

ネフィリィウム脳筋様が頭を下げた。

「俺が不用意に言葉を発したから、攻撃されたのだろう」


「そうとも限らない。周囲は何度もあの雨を受けた様子だから、定期的に降らしているのかもしれない」


「言葉を全く話さないのも、難しいからな。気をつけるに越したことはないが、仕方ないことだろう」


ネフィリィウム様を責めても意味はない。たまたま彼であったのにすぎないのだと思う。


師匠は、笑ってぽんとネフィリィウム様の肩を軽く叩いた。

「お喋りは遠慮してほしいが、場合によっては話をする必要はある。気にするな。話さなくても、勘のいい連中の場合は、認識される事もあるだろうしな」



 バサバサッと大きな鳥の羽ばたきが聞こえ、全員に緊張がはしった。その羽音の持ち主は、ブラックスライムの沼地周辺で生き残っている一番高い樹木の梢に止まった。


深紅の美しい鳥だ。

「ようやくか」

ボソッとルーベラさんが呟いた。


「あの鳥は道標だ。攻撃してこない。あの樹木の下まで行くぞ」

師匠に言われ、そちらの方へと向った。


深紅の鳥は、梢に止まったまま動かない。皆が辿り着くと、暫くして一声高い声で鳴き、森の奥へと飛び立っていった。


鳥の羽が一枚、ヒラヒラと落ちてきた。

「その羽根を鳥の止まっていた木に当ててくれ」


言われたとおりにすると、師匠は方位磁石を取り出し、赤の方向をその木に定めた。針がゆっくりと一周し、止まった。


「さあ、行こう。あちらの方向だ」

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