第28話 私は凝り性だったようだ
長期休暇なのにギルドへ行かず、毎日家にいる。就学して以来初めてかも知れない。
課題は直ぐに終わってしまった。どこかに行くという事もないので、時間が余っている。ユリウスの所もずっといるわけではない。ギルドで仕事してないと、なんか暇。魔導書を読んだり、魔法の練度を上げたりしている。でも、家では錬金術や本格的な魔法の練習はできない。それに魔法は趣味では無い。いや魔法の鍛錬は趣味か ?
魔法ばかりにかまけて仕事の虫みたいで、嫌だな。考えてみれば、趣味なんて無い気がしてきた。何ということだ。これではいけない。それを察したのか、
「お嬢様、お時間があるならば刺繍をしてみるのはいかがでしょう」
アンが勧めてくれた。
「お嬢様が大切に思っている方とかを思いながら、刺繍を嗜んでみるのも一興かと」
「大切な、人ねえ」
「ええ、ご両親とか、ご友人とか、お姉様とか。弟君のよだれかけとかもあります」
アンが両親や姉を入れたのは、誰が聞いているかわからんからだな。
暇だし、時間つぶしにやってみるか。
これが案外、ハマった。昔、マナーの家庭教師から基本は習ってはいた。女性の嗜みとかいって。だから一通りのことはできる。その時は、先生にも上手だというリップサービスは頂いていたのだ。
様々な図案を見ながら、かんたんなモノをハンカチなどに刺繍していく。手先が器用だったようで、出来は酷くはない。調子に乗って、段々複雑な模様にもチャレンジした。涎掛けが数枚できあがった。そうだ食事用のエプロンもあるよね、とそれも数枚仕上げた。それを見ていたアンには呆れられた。そのアンには刺繍したハンカチをあげた。刺繍を仕上げる速度については、アンに絶句された。
身体強化の応用です。
男爵様にはクラバットに刺繍したものを差し上げた。白地に白の糸で地模様のような感じになったと思う。
「これは見事な刺繍だね。どこの店で購入したのかね」
「その刺繍は、私が刺しました」
「そうか、では大事に使おう」
と言って貰えて嬉しかった。でも、この先私に興味が無くなったら、あのクラバットはタンスの奥に仕舞われるかも知れない。ま、それも良いでしょう。
そして、ふと魔が差した。魔法陣、刻めるんじゃないか ? だが、普通の糸で魔方陣を刺すと糸が耐えられないようだ。
どうも魔力が込められちゃうみたいで普通の糸には負荷が大きいようだ。それならって思いついて、ブラシに残った自分の抜け毛を使って魔方陣を刺してみた。ちゃんと前以て【清浄】で綺麗にしたものを使ったよ。貴族女性の身だしなみとかで、髪の毛は長いのです。髪の毛、強い。で、簡単な防御用の魔法陣でワッペンを作って乳母のところに持って行った。
「ワッペンを作ってみたの。ユリウスの服とかに縫い付けて使ってみてもらえると嬉しいわ」
「まあ、お嬢様からのプレゼントですね。坊ちゃんも喜びますよ。まあ、銀の糸を使われたのですか、お嬢様の髪の色ですね」
と言って受け取ってくれた。髪そのものだとは思わなかったらしい。
さて、一週間も過ぎると、男爵様と食後に議論をするのが楽しくなってきた。男爵様は事業経営で幅広く活動しているのか、博識だ。勉強になる。
他国との交易品とのやり取り、国内での流通経路、どの地域では何が求められているのか、それをどう見極め提供していくのか。なかなか面白い。
お昼が終わったあとは、今日の話題について調べ直したり、家令に意見を聞いたりした。家令は参考になりそうな本などを紹介してくれた。
冒険者になったって地域のことを理解しとくのは、重要よね。
利用できる間だけでも、しっかりと学ばないと。
そして、二週間が過ぎた。男爵様の体調が良くなってきたようだ。この頃は、お昼だけでなく、三食ご一緒している。何となく、甘やかしが無くなったのは分かる。でも、楽しそうに一緒に食事をするのは変わらない。私も楽しいのでいいのだが。
考えてみれば、今迄男爵様とこんなに話をしたことは、無かった。最後になって、こんなに話が弾むようになるなんて皮肉だ。
薬は、効いているのだろうか。あと一週間分ある。三週間も飲めば、元通りになるだろうと言われていた。
薬を飲み出してから十日目ぐらいから体調が良くなり、活動的になった男爵様はあちこちに、手紙を出し、家令などに命じて何か動いてらっしゃる。仕事の事かな。こうなると復帰も早いだろう。
私は、料理人のカルロスと一緒にお菓子を作ったり、アンとつまみ食いしたりしている。子供用の柔らかいお煎餅は、カルロスが完成させた。私の話をヒントにして、米粉を使ってパリッとしていながら口の中でホワッと溶ける甘い子供用のお煎餅を開発し、ユリウスのおやつになっている。やはりプロには敵わない。残念。
「塩辛いおやつなど邪道です」
確かにお子様向けのは甘いけどさ。
でも、でもね、お煎餅は塩っぱい方が美味しいと思う。
そうして、学校から戻ってきてから三週間近くが過ぎた。
「なぜ、アルディシアは学校から戻らないんだろうか」
ふと、男爵様が口にした。解毒剤は飲みきっている。とうとうこの時が来た。私は覚悟を決めて、切り出した。
「男爵様、お話がございます」
「なぜ、急に男爵様などと言うんだね」
代役で商談に隣国へ行った母が、帰ってきた。
屋敷に戻ってきた母と補佐官は、玄関ホールの奥、元気な姿で迎え入れたお父様を見て呆然としていた。
駄目だよ、そんな理解り易い態度になったら。思わず、突っ込みを入れたくなった。男爵様の脇で、執事等とともに控えていた私のことは眼中にはないようだ。
「お帰り。待っていたよ」
冷徹なその声色に、少し引き攣ったような笑顔を浮かべて、母が父のいる場所に歩み寄った。
「只今戻りましたわ。今回の交渉は上手く行きましてよ。貴方も体調が良くなったようで、良かったわ」
まだ少し顔の引き攣りが残り気味だが、にっこりと男爵様に笑いかけた。
「ラフレシア、君に聞きたいことがある」
「何かしら、貴方。時間をおいて居間では駄目なのかしら。
私も今、帰ったばかりでしょう。身支度を整えてからにしていただけると嬉しいのですが」
少し声に苛立ちが混じっている。判り易いなあ。
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