第69話、対抗術で予防しよう


「暗殺者の狙いは何なのかな。私の命を狙うのはいったい……」

「誰かに恨まれているんじゃないですか? その誰かに酷いことしましたか?」


 冗談めかせば、ラウディは口を尖らせた。


「他人に恨みを買うようなことをした覚えはないんだけど」

「覚えはなくとも、相手はそう思っていないかもしれませんよ」


 ジュダは真面目ぶった。


「正しいことをしたつもりでも、人がそう解釈するとは限らない。ひょっとしたら、逆恨みなのかもしれませんし」

「逆恨みで狙われるのは嫌だなぁ」

「まったくです」


 ジュダは同意した。


「個人的な復讐かもしれないし、もしかしたらあなたを狙うことで、国王や他の誰かを苦しめようとしているかもしれない。権力争い、種族間の争い、近隣国の策謀……」


 挙げればきりが無い。そうとも、何もラウディ個人に恨みはなく、ただ国を混乱させたいがために、ヴァーレンラント王の後継者たる彼女を狙っているのかもしれない。


「考えても仕方ありません。正直考えるだけ無駄かも。暗殺者を捕まえれば、はっきりするんじゃないですか」

「そう、そうだね」


 ラウディは神妙な声で、同意した。



  ・  ・  ・



 翌日、騎士学校は、マギサ・カマラの呪術対抗術を許可した。

 背に腹はかえられないと言うことだろう。預かっている騎士生はもちろん、ラウディの命が掛かっている。これ以上敵の為すがままでは、国王をはじめ、諸侯から学校側の怠慢、無能との声が上がる恐れもあった。


 さっそくマギサ・カマラは、王子を守る近衛隊に対抗術を施した。一番近くでラウディを守る者たちである。例え騎士生全員が操られて襲い掛かってきたとしても、王子を守る盾である彼らが優先されるのは当然だった。


 近衛隊全員に対抗魔法を施した後、騎士生全員への対抗術をかける時間となった。騎士教官たちが受け持ちクラスの騎士生に説明し、つつがなく作業を進める必要があった。よってジュダたちの番は、一番最後になることになった。

 すでに黄金衛士たちが対策されている現状、彼らと行動を共にするジュダらが敵の手にかかる恐れは少ない。多少後になっても構わないという判断だ。


 マギサは危険を減らすためにも先に対抗術をかけようとしてくれたが、ジュダをはじめリーレ、コントロも他の生徒たちの後に、と辞退した。何故ならスケジュールどおりに進めることが肝心だからだ。

 特に貴族生たちは待たされるのが嫌いだ。ヘソを曲げる人間は少ないにこしたことはない。


 それぞれの科の時間割から、まず下級騎士科、続いてペイジ科の者たちから講堂でマギサの処置を受けた。騎士生の中には、亜人の魔法を嫌がる者もいたが、担当教官たちが彼らより先に処置を受けて見せることで、これが必要な処置であることを強調した。


「……そういえば、レーヴェンティン教官の姿が見えないが」


 ジュダは、図書館の魔女こと銀髪眼鏡の女性教官の姿が見あたらないことに気づく。


「あの人は図書館にこもったままよ」


 リーレが答える。


「というか、図書館を迷宮化させて来客を拒んでいるみたい。たぶん魔法の研究じゃないかしら。没頭すると雲隠れするからね、あの人」


 そう聞くと割と納得できてしまうのがあの変わり者教官らしい。探しても会えないということは、元気なのだろう。図書館を迷宮化させる魔法を使ってるなら、幻狐も手が出せない……と、いいのだが。


 最後に最上級騎士学年の番となった。隣クラスが先で、ジュダのクラスが一番最後となった。ジャクリーン教官が、クラスの騎士生たちの前で対抗術を施してもらい、これが安全なものであることを見せた。


 マギサ・カマラは黙々と作業を行った。さすがに騎士生の数が多いので、ややペースが落ちているように見えた。


 しかしジュダや周囲の者たちは見守ることしかできない。傍らにはラウディがいて、黄金衛士が睨みを聞かせていたから、騎士生たちも粛々と対抗術を受け入れた。……はずだったのだが。


「はっきり言います。お断りです!」


 とうとう、拒絶者が現れた。むしろこれまで嫌な顔をした者はいても、断った者がいなかったのが奇跡だったのかもしれない。


 サファリナ・ルーベルケレス。

 緑がかった長い髪に、目つきの険しいがそれなりに美人――そしてクラス一の巨乳な彼女はヒステリックな声を上げた。


「得体の知れない亜人の魔術師に、得体の知れない魔法をかけられるなんて冗談じゃありませんわ! 断固、拒否します!」

「ルーベルケレス騎士生」


 ジャクリーン教官が視線を険しくさせた。


「対抗術は、君自身を守るためであり、またラウディ殿下の御身を守るためだ」

「それでも……!」


 一瞬ビクリと肩を震わせたのは、教官の剣幕に押されたためだろう。しかしサファリナも引き下がらなかった。


「いくら教官がそう仰られようとも、あるいは必要なことであったとしても、わけのわからない魔法をかけられるのはご免被ります!」


 サファリナの目が、ウルペ人の魔術師に向けられる。


「この方は本当に信用できますの? 失礼ながら、わたくしはこの方のことを何も存じません。はっきり言います、信用していません。対抗魔法があるというのなら、わたくしはこの方ではなく、別の方をお願い致します」

「……亜人だからか?」


 ジャクリーン教官の声に怒気がこもる。


「お前が拒否をするのは、マギサ・カマラ殿がウルペ人だからか?」

「ウルペ……」


 ブルリと体を震わせたサファリナが、ウルペという単語に途端に顔をそらした。


 サファリナとウルペ人。クラスメイトだったウルペ人少女シアラが吊るし上げられた時に、亜人解放戦線の間者だと喚きたてたのがサファリナだった。

 ……その時、ジュダは怒りに駆られ、サファリナの首を絞め上げた。


「わたくしに、対抗術など必要ありませんわ。敵が現れたら、わたくしが返り討ちにします!」

「サファリナ」


 コントロが口を開いた。


「敵を侮ってはいけない。そもそも、相手がどんな形で、術をかけるのかさえわからないのだ。……私のようになるなよ」


 自身も、敵に魔法をかけられたコントロである。それなりの説得力があったが、サファリナに対しては逆効果だった。

 ジャクリーンの迫力に圧されていた彼女が、嘲笑を浮かべたのだ。


「ふん、それはあなたが弱かった、あるいは油断したからでしょう? あなたと一緒にしないで。元貴族さん」

「サファリナ!」


 コントロが声を荒らげたが、サファリナは鼻で笑った。


「不安があるならそこのウルペ人の方に対抗術をかけてもらえばいいわ。わたくしには必要ありません。あなたたちはどうなの?」


 順番を待っていたクラスメイトたちを一瞥すると、サファリナはさっさとその場を後にした。顔を見合わせていた騎士生たちだが、何人かの騎士生が場を離れた。全員が貴族生だった。

 やはり貴族生には、亜人の魔術師に抵抗があったのだろう。他のクラスの連中が従ったのは、サファリナのように一歩を踏み出す者がいなかったからだ。


 もし、彼女のようにはっきり拒絶していれば、他にも何人か拒否行動に走っていたかもしれない。


「なんていうか」


 リーレが周囲に聞き取れないよう小さな声を出した。


「あんたの予想どおりだったわね」

「危惧したとおり、というなら、君の言ったとおりだったな」


 ジュダはそう返した。


「でも思ったより少なかったな」

「そうね。しかも運のいいことに、ぜんぶ同じクラスの騎士生」

「うん、まあそうだな。運がいいと言えば」


 ジュダは意地の悪い顔になった。


「万一、敵に操られても、ぶん殴ることに何の良心も痛めないメンツばかりだってことかな」

「ジュダ様」


 いつの間にか、メイアが後ろにきていた。彼女はジュダに顔を近づけ、その耳元に囁いた。


「眼が見えなくなりました」

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