本編
第1話『公安警察官と偽装自衛官』
警視庁公安部のオペレーションルームでは、奈良県大和西大寺駅での元総理の参議院議員選挙の応援演説がモニターされていた。
演壇に立つその人物こそ、日本国内閣総理大臣にして政権与党保守党総裁を長らく務めた
彼の日米を主軸とする外交安全保障戦略と、金融緩和と大企業優遇を旨とする経済政策は黒部ドクトリンと呼ばれ、その賛否は国民世論を分断してきた。
選挙戦のたびに市民活動家が演説会場で抗議活動する始末だ。
だからこそ、その動向には警察も重大な関心を払うのだ。
公安警察は参院選専従班を設置した。
照明が抑えられた薄暗いオペレーションルームで、公安警察らがパソコンを叩き、黒部たち政治家の動きをマークする。
「
「分かりました」
参院選専従班の班長たる
彼が公安に推薦された由縁は……
「この人物、動きが怪しいですね」
……その繊細さと洞察力にあった。
「おっ、さすがだな」
専従班班長の村川が見れば、灰色のポロシャツにカーゴパンツを着た眼鏡の男が何やら重そうなショルダーバックを下げていた。
チラ、と金属筒のようなものが覗いた。
「こいつ、やばいです、すぐ現地専務員に連絡を!」
「わかった、君を信じてみよう」
警視庁警備部警護課、いわゆるSPに取り次いでもらう村川班長。
同時に、現地を偵察する奈良県警警備部の公安警察にも警察庁警備局警備企画室を通じて取り次いでもらう。
「妙だな。取り合ってもらえない、というより、上から止められている感じだ」
「現地にいない我々からの注進を不愉快に思ったのでしょうか?」
「それもあるな」
「この不審人物をどうすれば……」
その時だった。
『彼は、できない理由を考えるのではなく』
黒部のその弁舌は凶弾により遮られた。
ドカン! と爆発音が鳴り響き、画面の中の黒部元総理が白煙を背景に背後を振り向く。
『うわ』
『びっくりした』
観衆が驚きの声を上げると、すかさず二発目。
SPが鞄型の防弾板を展開しようとするが、遅かった。
観衆の驚きの声が悲鳴に変わった。
『きゃあ!』
『いやあああ』
白煙が収まれば、黒部元総理が首から血を噴き出しながら倒れ込んだではないか。
『えっ、大丈夫!?』
『救急車!』
【 NKHニュース速報:黒部元首相、血を流し倒れる。銃声のような音 】
佑が画面に釘付けとなる。
「そんな、嘘でしょ」
佑が逡巡している間にも、現地の警察無線がこのオペレーションルームでも拾われ、現場の空気と一体となる。
『即死したのか!?』
『黒部元総理、心肺停止の模様!』
『与党奈良県連会長の
『被疑者確保!
『内調、公安調査庁に問い合わせろ!』
『現地に急行可能な専務員はいるか?』
内線が鳴り、班長が受話器を取る。
「はい課長、はい、はい、畏まりました」
班長は受話器を置いた。
「課長の指示で、我々参院選専従班は今からこの銃撃事件の調査担当となった。車で現地まで急行するぞ、佑君、ついてきてくれ」
* *
パトカーのサイレンが鳴り響き、規制線が張られる。
車から降りた村川俊警部と桜佑警部補は懐から警察手帳を一瞬だけ見せ、所轄の奈良県警の警察官の敬礼を受けながら、白い手袋を着け、臨場する。
鑑識が設置した標識や縄がアスファルトにある。
その中央には、血痕が夏の陽射しでこびりついていた。
「被疑者は何と?」
「カルト宗教天下教会に恨みを持ったゆえに、天下教会から組織票を得ていた黒部さんを撃ったと主張している」
「何か、こう、解せませんね」
「──それは同意見だな」
声の主を見やれば、短髪で面長の男だった。鋭い目つきから同業者の公安だと佑は思った。
「奈良県警警備部マル自の
マル自とは、公安警察による自衛隊監視部署を意味する。
「警視庁公安部参院選専従班の桜佑警部補です」
「その若さで警部補か! キャリアのエリート様かよ」
「よしてください。大河内さんはマル自だそうですが、どうしてここに?」
「被疑者が元海上自衛官であることが判明したからだ」
「つまり、今回の暗殺事件、自衛隊にも不穏な動きがあると?」
「そうだぜ。防衛省出向の警察官僚の背広組からのリークによれば、別班が動きはじめてるそうだ」
「自衛隊でありながら、日本国政府の指揮命令系統には属さない、裏の自衛隊ですね。アメリカが関与しているという、、、」
大河内は平手でそれ以上の発言を制する。
「それ以上はいけない。まあ我々公安も裏という点では似たものどうしだが」
村川班長は咳払いし、桜佑と大河内が村川に注目する。
村川班長は口を開いた。
「ともかくだ佑君、別班の心配はわかるがそれは今は置いておいて、背後関係を洗い暗殺の正犯を逮捕するのが我々公安の仕事だ」
「
今度は大河内が口を開いた。
「はい」
「公安という意味のサクラに、任務を意味するタスク。いい名前じゃないか、キャリアさんよ」
「ありがとうございます。努力します」
* *
半径500メートルに規制線が張られ、無人となった銃撃現場。
村川からのアドバイスで、事件現場を周回し、事件を目に焼き付けていた桜佑だったが。
路地裏に怪しい人物を見かけた。
警察の腕章をつけているが、筋骨隆々の体型にツーブロックに色黒でどう見ても自衛官に見える。
スーツの懐がやけに膨らんでいる。銃か!?
ビルの角から出てきた自衛官はこちらに気付き、銃を構える!
公安警察官桜佑も反射的に銃を構えた!
互いに銃を突きつけ合い、対峙する。
「銃をおろせ」
「そっちが先だ」
アクション映画でよくあるシーンに思えた。
「……警察か?」
「……自衛隊か?」
どちらも撃たない。睨み合いながら、互いに正体を探り合い、問いかけあう。
「
「
その時だった。
カシャ、とカメラのシャッター音が鳴った。
「やば!」
そんな素っ頓狂な声を出したのは20そこそこの髪をメッシュにした女の子だった。
公安警察と自衛隊が銃を突きつけあっているところを民間人の女の子に撮られてしまった。
「「何者だ!」」
桜佑と中野真守は同時に叫んだ。あ、と互いを見て照れる。
民間人の女の子は脱兎した。
「公安さん、一時共闘といくか」
「わかりましたよ、自衛隊さん」
そして民間人の女の子を公安と別班が追いかけて、捕まえた。
「建造物侵入、公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」
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