ヴァイオレット・フィズ⑥

「伏せろ、神裂ッッ‼︎‼︎」


 扉の向こうからその声がした時 俺は迷うことなく飛びかかってきた怪物に回し蹴りを加えて、その勢いのまま床に倒れ込んだ。


 ——————炮炮炮ダンッダンッダンッッッ‼︎‼︎


 鼓膜をつんざく強烈な破裂音と共に扉が砕け散り、そのまま射線上にいた怪物たちの身体を弾丸が薙ぎ払う。


 俺が蹴り上げた怪物は窓枠から落下し、他の二匹も胴体部分に複数被弾しながら逃げ去って行った。

 

 直後、半壊した扉を蹴破って現れた瀬後さんが油断なく拳銃を構えて入ってくる。


 大口径拳銃 ロングバレルカスタムのデザートイーグルが月明かりに照らされて鈍色にきらめいていた。


「ナイスタイミングだ瀬後さん。相変わらずいい腕してるぜぇ」


 扉越しの対象に命中させる瀬後さんの驚異的な射撃能力に俺は改めて感心して手を伸ばした。


「あ?何だよ、さっさと立て。行くぞ」


 しかし瀬後さんは俺の方をチラッと見ただけで即座に踵を返して部屋を後にする。


 残された俺は一人で立ち上がる。やれやれ連れないゴリラだ。


「俺は怪物どもを追う。お前は紫ちゃんのところに行け」

「気をつけろよ、アイツら結構しぶといぞ!」


 階段の踊り場別れた瀬後さんの背中にそう声をかけて俺は屋根裏へ向かった。


「カンザキっ!」


 扉を開けた途端 ベッドか飛び出してきた紫が俺の足元に抱きついてくる。


「すごい音がしたけどどうしたの?お化けが来たの?」

「まぁな。マナーがなってないから、瀬後さんに追い返されたよ」


 瀬後さんから拳銃を向けられながら追い立てられている、とは流石の俺も言えなかった。


「……そうなんだ」


 その言葉に紫はどこか寂しげな表情を浮かべる。


 どうしたもんか、と悩んでいると階段を駆け上がってくる音がして、慌てた様子の日代が部屋に入ってきた。


「紫っ!大丈夫か⁉︎」

「大丈夫だよ、パパ」


 日代はベッドの横に膝をつくとそのまま紫を抱きしめた。


「……ありがとうございます、神裂さん。紫を守っていただいて」

「いえいえ、それ程の者です。とりあえず瀬後さんが戻るまではここにいましょうか」


 むしろ怪物たちは俺を狙ってたように感じたが、それをここで話す必要はない。


 そんなこんなで暫くして瀬後さんが俺たちの元へ戻ってきた。


「すまん、逃した」


 短く言って瀬後さんは悔しげに眉を寄せる。瀬後さんの追跡を振り切るほどなら、誰が追っても怪物を見つけることは出来ないだろう。


「今夜は俺と瀬後さんが寝ずの番をしますんで、日代さんは紫と一緒にいてあげてください」


 その後 俺と瀬後さんはそれぞれ内と外の見回りを夜明けまで続けた。


「……痛て、痛ててて」

「ちょっと動いただけでそれか。鈍ってるんじゃねぇか?」


 翌日の早朝、俺と瀬後さんは連れ立って館の周囲を歩いていた。


「うるせぇ、そもそも俺は荒事専門じゃねぇんだよ。おー、痛てぇ……」


 長らく錆びついていた身体を酷使したもんで、全身の筋肉が懸命に労働の成果を叫んでいる。


 普段は馬券を握るかパチンコ台のハンドルを握るかという、繊細な労働をしている俺の身体は瀬後さんのような雑な作りをしていないのだ。


「ったく……、ん?おい、神裂あったぞ」


 そうして館を半周したところで俺たちは立ち止まった。


 館の周辺と森の境界を囲むように植えられたトリカブトの花がその地点だけ掘り返され、人一人が通れる程の幅が出来ている。


 そこから視線を上に向けると、昨日破壊された俺たちの部屋の窓があった。


「朝っぱら墓石を調べて、トリカブトの咲いてない場所を探せって、何がしたいんだ?」

「んー、まぁ、ちょっとな……よし、戻るぜぇ瀬後さん」

「戻るったってお前……怪物どもの痕跡を追うんじゃないのか?」

やっこさんら、木の上を飛び移って逃げたんだろ?だったら足取りは追えねぇよ。それに……」


 手をかざすと微かに雨粒が落ちてくる感触がした。分厚い雲が空を覆っている、もうすぐ一雨来そうだ。


 瀬後さんは不承不承といった様子で俺の後に続いた。


「瀬後さん、カンザキ!今日は何して遊ぶ?」


 館に戻った俺たちは薄暗い紫の部屋に来ていた。


「紫、その前にちょいと聞きたい事があるんだが。昨日 紫はお化けに呼ばれるって言ってたよな、ありゃどういう意味なんだ?」

「なんで?またお化け退治するの?」

「いや、お化け退治はヤメだ。話し合いで解決しようと思ってな」

「そうなの?んーとねぇ…」


 紫の拙い言葉を要約するとこうだ。


 二週間ほど前 紫は夜になると森から「帰っておいで、帰っておいで」とこちらを呼ぶ声に気づいたらしい。


 暫くその声は続き、ある晩 好奇心から「こっちに来る?」と声をかけた。


 窓から入ってきたお化けの姿は昨日俺を襲った怪物と同じ。しかし不思議と恐怖はなく、紫はそこで色々な話しをした。


 森の奥にお化けたちが住む村があること、他のお化けたちも紫を待っていること、紫の住む場所はここではないこと、など。


「でも、お父さんに見つかっちゃって、お化けは逃げちゃって、私もすごい怒られたの。もう絶対 お化けと話しちゃいけないよって」

「そうか。紫はお化けのことどう思う?悪いやつだと思うか?」

「ううん、すっごい優しかった。森で花を摘んでくれてね、私の代わりにお母さんに花をあげてくれるの」


 そこで、俺は明里さんの墓に供えられた色とりどりの花のことを思い出した。


 そうか、あれはお化けがやってくれたのか。


「紫はこれからどうしたい?」

「……お化けとお父さんに仲直りしてほしい。もう喧嘩しないでほしい」


 俺は紫の頭を撫でると立ち上がる。

 それを紫が不思議そうに見上げた。


「カンザキ?」

「これから少しお父さんと話してくるから、紫は待っててくれるか?」


 紫は小さくうなずいた。


 

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