ヴァイオレット・フィズ ④
それから館に戻った俺たちは日代さんが用意してくれた夕食を囲み、食後は紫の人形遊びに付き合うことになった。
「はぅぁぁ…」
「お子さまはそろそろ寝る時間か?」
「うん……でも、ちょっとお腹減った」
「マジで?あんなに食ってたのに?」
俺は夕食の席でのことを思い返す。
たしか、出された山盛りのご飯を美味しそうに平らげていたはずだが。
「成長期の子どもなんてこんなもんだ。まぁ、でも夜に食べまるのはやめておきな。そろそろ片付けるぞ」
「……はーい」
手早く人形を片付けた紫はベッドに横になると、申し訳なさそうな目を瀬後さんに向ける。
「……ねぇ、瀬後さん」
「ん?どうした」
「……お化けが来てもね……あんまり、いじめないで、あげてね……ここに来たら、ダメだよって……教え、て…あげ……て」
そう呟くと紫はそのまま寝入ってしまった。
「……ふぅむ」
「怪物に狙われてるって話しの筈が、本人がこの調子じゃなぁ。守るこっちも気が抜けちまいそうだ」
「もう少し詳しく、日代さんから話しを聞く必要がありそうだな」
紫が眠ったことを確認して二階へ戻る途中、俺たちは日代と顔を合わせた。どうやらこっちへ上がってくるところだったらしい。
「紫はもう眠りましたか?」
「ええ、ぐっすりとね。日代さんはどうしたんです?」
「ちょうどお二人にも声をかけようと思っていたところなんです」
「とゆーと?」
日代は穏やかに微笑むと手でグラスを掴むそぶりを見せた。
「昔からお酒の収集が趣味でして。普段は一人で飲んでいるのですが、せっかくお二人がいらしているのでご一緒にと思いましてね」
食堂奥のキッチンに通された俺たちは、そこで棚の中に並ぶ様々な種類の酒を目にしていた。
「ほぅ、ご自身でカクテルも作るんですか?」
瀬後さんは棚の中に並べられたシェイカーとグラスを手に取って眺めている。
「たまに、ですが。そう言えば瀬後さんはバーを経営しているんですよね?もし良かったら何かここにあるモノで作っていただけませんか」
「いやぁ、俺はもう飲み飽きてますから。どうせなら普段飲めねぇようなな高い酒を……」
「お前は普段から金払ってねぇだろうが」
瀬後さんにぴしゃりと言われ俺は肩を落とす。
結局 俺たちは日代さんが選んだウィスキーを囲むことになった。
「ところで、日代さんは仕事は何をしてるんです?見たとこサラリーマンって感じでもねぇですが」
「元々は貿易会社を経営していたのですが、妻を亡くして紫と二人になったとき会社を手放してここに。今は娘と二人悠々自適に暮らしています」
「なるほど、なるほどぉ。どうりでいい酒が並んでると思ったんですよぉ」
夢の早期退職 羨ましい限りだ。
俺もさっさと借金やら借金やら借金やらを返して、綺麗な身になってのんびり暮らしたいね。
「それ以来ここで紫ちゃんと二人きりで?」
「はい。色々と大変なこともありましたが、今思い返すといい思い出ばかりです。紫もあんなに大きくなってくれて……」
「
オヤジ二人はまたしても遠い目をして娘に思いを馳せている。星を眺める乙女か。
「あー……、思い出話しに水を差すようで申し訳ねぇんですが、改めて、どうして怪物が紫ちゃんを狙うのか、その理由に心当たりはないんですか?」
俺の言葉に優しげだった日代の瞳に暗い色が差す。
「今日ちょこっと本人から話しを聞きましたけど、なんだかあんまり怪物のことを怖がってないみたいで。むしろ心配してたというか……、」
ダンッ‼︎、と。
俺の言葉はテーブルを叩いた日代の拳で遮られた。
「アイツらは知性もなければ理性もない怪物です、紫を狙う理由なんて……それにあの子は奴らの怖さを理解していないだけなんだ」
興奮気味に語る日代の言葉に今度は瀬後さんが目を細めた。
「なるほど、なるほど。まぁ、父親としては娘につく悪い虫は狼だろうと怪物だろうと、腹に据えかねますよねぇ」
「そういう話でもないだろ」
「ところで、森の奥にある奥さんのお墓の隣にもう一つ石が建てられてましたが、ありゃなんです?」
「森の中に行かれていたんですか?」
「娘さんが案内してくれたんですよ」
俺の言葉を聞いて日代は大変悩ましそうにため息をついた。
どうやら怪物が森から現れるようになって以来 紫には森に入るなとキツく言ってあったらしい。
「はぁ……まったく。ご迷惑をおかけしました」
「まぁ、それが俺たちの仕事ですからねぇ」
「……あれは、元々妻の墓石だったのですが地震で傾いてしまって。随分前に隣に新しく作ったんですよ」
「なるほどぉ」
グラスに注がれたウィスキーを傾ける。日代の口端が僅かに歪んだのを俺は見逃さなかった。
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