第38話【友達】
「ゆかりちゃんの髪って、お姫様みたいに金髪で綺麗だよね」
化粧台の前に座る私の髪を、鏡に映る
彼女・
突然いなくなった先輩と入れ替わるように、この部屋にやってきた。
「それを言ったら舞菜美さんだってカッコ良くて素敵です」
「女の子にカッコ良いは誉め言葉としてどうよ」
舞菜美さんは苦笑を浮かべながらも、満更でもないような様子で
ちょっと青みがかかったミディアムボブに大きな瞳。
一見自己主張が激しい様に見えるけど、心優しく頼りがいがある。
これで私と
「はい。寝ぐせ処理完了。長いのは羨ましいと思う反面、手入れが大変そうだからどうも伸ばす気になれないわね」
「そうでしょうか。舞菜美さんのロングもきっと似合いますよ」
「ふふ。お世辞ありがとう。でも私はこのままでいいや。この髪型が好きだって言ってくれる奴がいるからさ」
そう照れながら語る、私に初めてできた友達には入院中の恋人がいる。
その恋人の治療費費を稼ぐためにやってきたのだと、早い段階で打ち明けてくれた。
普通は
だけど舞菜美さんは隠そうともせず、むしろ自分から積極的に話していった。
「今度ゆかりちゃんの髪に合いそうな寝癖直し探しに、デートしようよ。私、コスメについてはこう見えても詳しいからさ」
「本当ですか。是非よろしくお願いします」
八畳一間。
二人で住むには気持ちちょっと手狭な室内で、私と舞菜美さんは寝食を共にしている。
昼間はこの部屋で過ごし、夜になるとこの下にあるお店へと出勤する。
毎日がこの繰り返しだった。
源氏名を使う私に対し、舞菜美さんは本名のまま『マナミ』と店でも名乗っていた。
人当たりもよく、技術面でも評価の高った彼女はたちまち人気になり、指名されることが多かった。
特に罵倒されたり身体的痛みを与えられることを好む方々から、絶大な指示を得ていたとか。
「マナミに引き換えゆかりはな......前戯の評判はいいけど、本番がなぁ」
その日の仕事を終え疲れた私たちに、
人間の女性のキャストたちはそれを
好きで錬成人間として生まれ来たわけではない――そう言いかける私を、舞菜美さんは何度も制止してくれた。
「あいつらの言うことなんか軽く流しとけばいいのよ。この日本酒みたいにね」
「舞菜美さんそれ、ただの透明なジュースです」
「またそういうしらけること言わない。いいじゃん、気分くらい味わせてよ」
その日の仕事からようやく解放され、部屋に戻ってきて朝ご飯を堪能する私たち。
舞菜美さんも19歳なのでまだお酒は飲めず。でも気分は味わいたいからと、ジュースをお酒に見立てて毎回朝ごはんのお供に晩酌している。
細かいことは気にしない方なのに、変な部分は律儀。
つくづく飽きない方だと、一緒にいるだけで退屈にはこと困らない。
「ゆかりちゃん今、私のことバカにしたでしょ?」
「いえ、そんなことは」
「罰として悪い子には玉葱地獄の刑に処す」
「ちょっ! 苦手だからって私の方に移さないでください!」
子供みたいに好き嫌いの多い舞菜美さんは、葱抜きで注文していた牛丼の中に僅かに入っていた玉葱を、私の器にひょいひょい乗せる。
初めてできた友達でもあり、姉みたいな存在でもある、大切な人――。
辛い現実の中に訪れた癒しの
「舞菜美さん、いくらなんでもそれは飲みすぎです」
「止めないでゆかりちゃん。私には時間が無いの」
以前にも増して相手をする人数を意図的に増やしていた舞菜美さんを不審に思い問いただすと、彼女の恋人の容態が急変し、早めに手術を受けないと手遅れになるらしいとのことだった。
無茶をしてまで期日までにお金をもっと稼ぎたいと彼女が取った行動は――興奮剤を過剰摂取しての連日の接客だった。
「お金のことなら以前申しましたとおり、少ないですが私が一部負担しますから」
「それはダメ」
「ですが――」
「ゆかり!」
店内の待機室に、舞菜美さんの叫びとも取れる声が響き渡る。
「......あんたが稼いだお金は、自分のために。こんな生活から抜け出すために使って。大丈夫......私の頑丈さ、あんたが一番よく知ってるでしょ?」
「舞菜美さん......」
「朝ご飯は、ゆかりの作ったすき焼きが食べたいな......濃いめの割り下をいっぱい吸ったお肉に、溶いた生卵をべちゃっと付けてさ......」
「............」
何も言葉が出ない――。
彼女の覚悟を前に、私は何を言っても無駄だと、確信してしまったからだ。
「さて......光一......もうすぐ楽にしてあげるからね......治ったら私と一緒に......20歳のお酒飲もうね......」
どうか神様――お願いですから、舞菜美さんと、その彼氏をお救いください――。
視点も定まっていない、ふらふらと何かに掴まらなければまともに歩けない状態になってまで、舞菜美さんは恋人のために命をかけて客室に向かった。
――その後、彼女は二度と私の前に姿を現すことはなかった――。
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