第37話【誕生】
そこへ人の記憶を移植され、初めて人格が宿る。
「見てあなた! ようやく私達の
「ああ! ......お帰り、栞」
私がこの世界に生まれ最初に目にしたのは、書類上両親と呼ばれる人たちの笑顔だった。
施設の培養カプセルの中で希望の年齢まで急激に体の成長をさせられた私を、まるでペットショップでお気に入りの子を見つけたように喜んでいた。
あの人たちには高校を卒業したばかりの、18歳の娘がいたそうだが、不慮の事故により死亡。
しかし両親はもしもの時のためにと、生前に記憶と生体データのバックアップを取っていたことにより、私という代替品が用意できた。
単純に記憶を移植すればいいというわけではなく、肉体と記憶には相性がある。
私は3回目にしてようやく目覚めた成功例だと、のちに両親の口から耳にした。
適合率も安定し問題無しと判断された私に待っていたのは、ベースになった彼女『
本来錬成人間には倫理的に世界中で禁忌とされているクローン人間と差別化をはかる意味で、ベースとなった人物の名前を付けるのは禁止されている。
しかしどうしても娘の存在が必要だった両親は、それを何らかの手段を用いて通した。
栞として一年間、両親から厳しい教育という名の矯正を受けたある日――私は男性とお見合いをさせられることになった。
庭園でお互いの両親と一緒に対面をし、彼と二人きりで和室の部屋で親睦を深めようと他愛のない会話を交していると、懐疑的な表情で問われた。
「キミは......誰なんだ?」
約一年ぶりに会った彼の口から出た思わぬ言葉。
私は動揺を隠せず、視線を逸らしてまご
ついてしまう。
私――いえ『星崎栞』が亡くなったことを、両親は相手側の家に伝えていなかったのだ。
それどころか死亡した事実そのものを身内にも一切口外せず、あくまで娘は健在であるとアピールまで行っていた。
彼とは親同士が勝手に決めた許嫁。
ドライな関係性だったら上手く誤魔化しきれたかもしれない。
でもこの二人は、本当に愛し合っていた。
私の中の記憶がそう訴えている。
両親が必死に娘の死を隠したがる理由――それは単純に言ってお金だった。
星崎家は華族の出で、地元でも有名な資産家としても認知されていた。
そんな誰もが羨みそうな家を数年前の事業の失敗により多額の負債が襲い、もはや一刻の猶予もないくらいに追い詰められていた。
幼少期から相手の家の許嫁として大事に育てられてきた彼女を結婚させることで、星崎家の復興を企てた。
でも『星崎栞』はもうどこにもいない――いるのは、『星崎栞』としての記憶を持った都合の良い人形が一人――。
記憶があっても、そこには彼女としての人格は欠片も存在していないのだから――。
許嫁を解消され用済みと判断された私を、両親は星崎家から追い出した。
別れ際までありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられたが、私からしてみれば自分たちの都合のいいように生命を作り出し、役に立たないとわかれば簡単に捨てるあの人たちに酷く減滅した。
そこからは外で偶然知り合った男性たちの家を転々とし、体の関係を結ぶことを条件に衣食住を与えてもらった。
最初は凄く嫌だったけど、一度経験してしまえば何回やっても同じ。
私が錬成人間とわかるとあの彼らは容赦なく欲望をぶつけ、人間の女性ではリスクが大きすぎて躊躇うような行為を何度も侵した。
中には私を無理矢理プラーナ切れに追い込んで好き放題弄ぶ、様子がおかしい人間もいた。
そこで自分が、72時間のデッドラインを超えても記憶が消えないことを初めて知った。
記憶を失えれば、どれだけ楽になれたことか――。
またいつものように家を追い出され、街をあてもなく
あの
「噂は知ってるよ〜。キミ、帰る家が無い錬成人間でしょ? 良かったらウチで住み込みで働いてみない?」
見るからにまともな仕事をしていそうにないのは雰囲気が教えてくれた。
何より私の直感が、この人には絶対に関わってはいけないと信号を出していた。
それでもついていったのは、もうどうにでもなれと自暴自棄になっていたから他ならなかった。
霧津木は表向きはコンセプトカフェの雇われ店長。
しかし裏では法律で厳しく規制されている錬成人間を使った風俗業での性行為を斡旋・行っていた。
私が入った時には錬成人間の女性は誰もいなく、裏オプの指名が入るや拒否する権限もなく人間の男性の相手をさせられる。
時には生理的に受け付けない相手もいたが、また居場所を失いたくない不安とを天秤にかけると、答えは至極あっさりと出た。
少ない給料ではあったけど、最低限の衣食住を保証された生活。不満はなかった。
ただ口コミによって広がったのか、一日に相手をする人数が次第に増え、寝てもなかなか疲労が抜けないことが多くなった。
そんな時だった――運命に抗うことを教えてくれた彼女が、私の前に現れたのは――。
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