第28話【店長としての威厳】

 次に凛凪りんなさんがシフトに入った日。

 珍しく客の入りが朝から落ち着いていたこともあり、俺はこの機会を利用して凛凪さんにレトロゲームをもっと知ってもらおうと思い、体験会を実施した。


「種崎さん、ちょっといい?」

「はい。なんでしょうか?」


 カウンター内の作業スペースで黙々とカセット式のレトロゲームソフトを掃除・商品化している凛凪さんを呼び出し、動作チェック用のモニターの前で説明を開始する。


「ずっと掃除ばかりしてるのも退屈だろうし、丁度店も暇だからさ。これから勉強も兼ねてレトロゲームでもしてみようか」


「はい。実は私、ずっと前から触ってみたかったんです」


 凛凪さんは俺がレトロゲーム屋の店長をやっていると知った時から興味を持ってくれてはいたものの、うちでやるには配線周りを変換しないと今のモニターで遊ぶことができない。

 互換機という手もあるが、俺としては最初はオリジナルから触れてもらいたい。

 ここでなら一世代古いモニターを使用しているのでその手間が無く、尚且つ仕事の名目で凛凪さんとゲームができるので一石二鳥だ。


「ということだから有坂さん、あとはよろしく」


 少し離れたレジカウンター内にいる有坂さんは「了解っス」とだけ短く応え、真剣な顔でPCとにらっめこを続ける。

 いつもなら面白そうなことには顔を突っ込んでくる有坂さんも、今回は自分の担当ジャンルの売変中だけあってそこまでの余裕はない。


「先ず初めはこれからいこうか。一番触る機会が多いだろうし」


 そう言ってえんじ色と白のツートンカラーのゲーム機を取り出し、コードを繋げてみせる。

 コンビニの弁当サイズに近いそれは、レトロゲームといえばほとんどの人がまず最初

に思い浮かべるであろう、超王道級の代物。


「色合いが年期入っていますね」

「御年40歳だから。もはや白が肌色になってるし」

「機械で40年現役は凄いです」


 感心する凛凪さんを横目に動作チェック用のカートリッジを差し込むと、ものの一秒も経たずにモニターにタイトルが映し出される。

 今のゲームと比べ、立ち上がりが段違いに早いのがレトロゲームの売りの一つだ。

 

「はい。どうぞ」

「え、いきなりですか? 橘店長のお手本無しに」

「ゲームなんだから気楽にいこうよ」


 本当は凛凪さんの前でカッコつけたかったのだが、生憎と俺はシューティングゲームがあまり得意な方ではない。

 カッコつけられるのはこの後のお楽しみってことで。

 躊躇ちゅうちょする凛凪さんにコントローラーを渡し、いざお手並み拝見。


「......んっ......えいっ......はっ」


 初めての割には敵の弾を余裕にかわすが、画面上の自機と一緒に凛凪さんの体まで連動して動く。

 ポニーテール状に結んだ鮮やかな金髪が左右に揺れ、まるで馬の尻尾みたいで可愛い。

 そうこうしているうちに一面の中ボスのところまで進むが、相手に自機を前後から挟まれてしまいあえなく撃沈。


「あー惜しい。その方法もありなんだけど、初心者がやるにはちょっと難しいかな」

「でも間違ってはいないのですね? わかりました」


 俺の態度が凛凪さんの自尊心に火を点けてしまったのか、コントローラーをしっかりと握りしめ、目の色を変えて再度ステージの最初から挑戦を開始する。

 そして再び中ボス出現場面まで到達すると、あらかじめ場所を予測して移動し、現れた瞬間にボタンを連打して一気に弾を叩き込む。

 かなりギリギリではあったが、こちらが

撃沈される前に見事中ボスを撃破した。


「うわマジか! 凄いよ種崎さん!」

「やりました! 和人かずとさん!」


 余程嬉しいのか、俺の呼び方がいつもの『和人さん』呼びになっていたのはともかく。たった二戦目でやってのけるとは思いもしていなかった。

 凛凪さん、ひょっとしてゲーマーの才能があるのでは?


「なになにー? お二人さんめっちゃ盛り上がってるッスねー」


 俺たちの様子が気になったらしい有坂さんは売変中の手を休め、ニヤニヤ顔でやはりこちらの輪に入ってきた。


「種崎さん、初めてなのにたった二戦目で中ボス倒しちゃってさ。しかも前後同時に」

「そりゃ凄いッスね」

「だろ?」

「いえ、橘店長のヒントがあったからこそです。私はそれを実践したにすぎません」


 およそヒントとは呼べないことしか言ってないのに、謙遜する凛凪さんはあくまで俺のおかげだと言ってくれるのが彼女らしくこそばゆい。


「種崎さんって、ゲームほとんどやったことないんだよね?」

「はい。スマホの位置ゲーを少々」

「......これはもしかすると、面白い逸材かもしれないッスね」


 俺の感的にあんまりよろしくないことを考えていそうな有坂さんは、濃いグレーと薄いグレーが特徴的なレトロゲーム機を近くの棚から取り出し、慣れた手つきでモニターに繋ぐ。

 同じように動作チェック用のソフトを差し込み電源を入れ、画面を切り替えるとそこには世界的に有名な格闘ゲームのオープニングが流れる。


「種崎さん、今からちょーっと私とこのゲームで対戦してみないッスか」

「これは......人間同士が戦うゲーム?」


 デモ画面上の手足が尋常じゃなく伸びるスキンヘッドの男と、その相手に頭から一直線に飛んでいく相撲レスラーが戦う姿を、小首を傾げなら目を細め見ている。


「ゲーマーのスイッチが入ってるとこ申し訳ないんだけど、いま一応仕事中だから」

「なに言ってんッスか。勝負の楽しさ・厳しさを教えるのも仕事のうちッスよ」

「もっともらしいこと言ってもダーメ」

「えー、ケチー」


 唇を尖らせ不満を口にする有坂さんに、俺はいいことを思いついてしまった。


「じゃあさ、俺と対戦して買ったら種崎さんとやっていいよ。まぁ、有坂さんの年期じゃまだ俺の足元にも及ばないだろうけど」


「ほほー。面白いじゃないッスか。日頃の修行の成果を見せる時がついに来たッスね。けちょんけちょんのボロ雑巾にしてやりますよ」


「お二人とも喧嘩しないでください。あ、でもゲームで戦うからこの場合はいいのでしょうか?」


 火花散る俺と有坂さんの間を仲裁に入ろうとした凛凪さんに一瞬の迷いが生じた隙に、戦いのゴングは鳴った。

 こう見えても俺はこのゲームとは、フレームなんて言葉が世に出る前、子供の頃から遊んできた。

 対人戦だってコンシューマーやアーケード含めて何十回、いや何百回と経験済み。

 たかがゲームを初めて3年程度の若造ごときに負けるはずがない......そう信じて疑わなかった。この時までは......。






 ――10分後。


「......てんちょー、もう諦めません?」

「今度こそラスト一回! あとちょっとで攻略の糸口が見つかりそうなんだ」


 蓋を開けてみれば勝負の結果は、俺の七戦七敗。

 接戦なんて一度も無い、オールストレート負け。手も足も出ないとはまさにこのこと。

 店に入社した当初は滞空技のコマンド入力すらできなかった彼女は、今となってはフレームを計算し尽くした、紛れもなく格ゲーマーへと劇的な進化を遂げていた。


『男子、三日会わざれば刮目して見よ』なんてことわざがあるが、彼女は三年のうちに俺をあっという間に追い越し、遥かなる高見へと昇って行ってしまったようだ。


「橘店長。私からも言うのはどうかとは思うのですが......もうその辺にしておいた方がよろしいかと」


 顔を横に向ける凛凪さんの視線の先を目で追うと、ほんの少し前までガラガラだった店内が、いつの間にか外国人観光客の群れで溢れかえっていた。

 全員が買い物目的かどうかわからないが、状況からしてそれどころではないのは確かだった。


「......はい。そうさせていただきます」


 こうしてレトロゲーム屋の店長としての面目と言う名のメッキは、僅か三日で剥がれることとなった。

 店長だからって何でもゲームが上手いとは思わないでほしい。






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