第22話【駄菓子】


「本当に宜しいのでしょうか?」

「いいよいいよ。俺一人じゃ全部食べ切れないし。第三者の感想も聞いておきたいからさ」


 夕食後。

 今度店で扱う駄菓子のサンプルたちをテーブルいっぱいに広げ、これから試食会を広くことに。

 うちの店はレトロゲーム専門店ではあるが、それだけでやっていくのはなかなかに厳しく、他の強豪店たちと差別化を図るためにはこういった挑戦も必要なのだ。


「なにも夕飯食べたばかりの今にやらなくても。それに遅い時間にそんな食べるとお肌荒れちゃわない?」

「その心配には及びません。今日はチートデー......チートデーなのです」


 どうして二回言ったのかはさておき、凛凪りんなさんは駄菓子を食べたことが全くないらしいから、気になって早く食べたくて仕方ないんだろうな。女の子は別腹をいくつも持っているというし、きっと本人が言うのなら問題ないのだろう。俺は食べれて精々一・二個が限界といった腹具合だ。


「この蒲焼かばやきのイラストが描かれている駄菓子......少々固いですが、タレの香ばしい味がしっかりと染み込んでいて、噛む度に口の中いっぱいに広がります」

「多分あんまり柔らかいと子供がすぐ食べきっちゃうからだと思うんだけど、そのシリーズはどれも子供の頃にお世話になったよ。値段も安いし」

「なるほど。そこまで計算されて作らているのですね」


 咀嚼音を遠慮がちに響かせながら、感心したように何度も頷く。

 駄目な菓子と書いて『駄菓子』と呼ぶが、実際はとても子供のお財布事情に優しい、よく考えた作りになっているものがほとんどを占める。誰だ駄菓子って名付けた奴は。

 次に凛凪さんが手に取ったものがまさにその代名詞とも言える駄菓子だ。


「和人さん! 本当にとんかつの味がします! しかもソースまでかかっていて......歯ごたえも薄切り肉を衣につけて揚げた感覚に近くて美味しいです」

「こいつは今でもコンビニでよく見かける駄菓子の、云わば四天王のうちの一人だからね」

「その名前の響きですと、なんだかお高そうな雰囲気が」

「全然。一個40円くらいだったかな」


 子供の頃に比べたら年々上がる物価高の影響もあって値上げはやむを得ないが、それでもまだ10円程度で済んでいるのだから、企業努力には感謝しかない。


「これが一個40円......私が子供だったら毎日学校帰りに駄菓子屋さんに寄り道しますね」 

「俺も毎日ではなかったけどよく行ってたな。お小遣い貰った日は欲望のままに買いまくって、んで財布の中身が寂しくなってきた後半は5円チョコで飢えを凌ぐ」

「なんとも子供らしいエピソードですね」

「いまはどうか知らないけど、俺たち世代のガキんちょは大体みんなそうだよ」


 子供の頃の記憶どころか、自身の出自から俺と出会うまでの記憶を失っている凛凪さん。

 唯一漠然と残っているという感覚や経験の記憶から推測するに、かなり大事に育てられた雰囲気が強い。何気ない日々の生活の中に表れる所作しょさのそれぞれが、育ちの良さを感じさせる。


「駄菓子屋には駄菓子意外にも誘惑が多くてさ。店頭にアーケードゲームも置いてあったりしてさ」

「アーケードゲーム?」

「わかりやすく言うとゲームセンター専用のゲームかな。あとは当たると駄菓子と交換できる金券が出てくるメダルゲームもあったり。これで子供は初めて人生の旨味・苦味を学ぶんだ」

「子供の頃からギャンブル耐性を身につけさせておく......駄菓子屋とは、憩いの場でありながら学びの場でもあるのですね」


 相変わらず凛凪さんの話しの着眼点は独特で面白く興味深い。

 どんな生産性の無い話題でも、彼女に振れば思ってもいなかった方向から優しく球が送り返され、あれやあれやと話が盛り上がる。

 聞き上手の話上手、そのうえ家事もできる――凛凪さんは将来きっといいお嫁さんになるだろうな――。


「学び繋がりでこれも食べてみなよ。しょっぱい系が続いたし、お口直しにもなる。甘い物好きな凛凪さんならきっと気に入ると思うよ」

「これは......何かの粉でしょうか?」

「まぁ見てなって。これにこうして水を垂らしてかき混ぜると......」

「あ! みるみるうちにヨーグルト状になりました! 凄いです!」


 専用の容器の中に入った粉は水を入れかき混ぜると科学反応を起こし、瞬時にちょっとしたデザートへと変貌する。

 世間的には駄菓子ではなく知育玩具の類に入るそれを実演すれば、子供みたいに小さく拍手までして喜んでくれた。

 サンプルたちを持ち帰るうえで、どうしても凛凪さんに食べさせてみたかったものは、予想通りの可愛らしい反応を見せ胸がぽかぽかと温かくなる。

 完成品を凛凪さんに渡すと、ピンと背筋を伸ばしたまま、スプーンで上品に頬張った。


「単体でも充分美味しいですが、この食感はご飯が欲しくなってきますね」

「え!?」


 その発想は俺には無かった。

 不思議そうに小首を傾げ、凛凪さんは言葉を紡いだ。


「私、何か変なこと言いましたでしょうか?」

「だってそれ、ソーダ味だよ? 見た目も青いし、いくらなんでもご飯には合わなくない?」

「気にしすぎですよ。それに甘い物とご飯の組み合わせでしたおはぎがあるじゃないですか。それと一緒です」


 的を射る意見に同意しかけ、いやいやと首を横に振ってとどまる。

 食にこだわりがあることはこれまでの共同生活の日々で知ってはいたが、まだまだ俺の知らない凛凪さんの一面がありそうだ。

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