第8話

 また今日も朝が来てしまった。カーテンから差し込む日差しが憎い。


 昨日は何もないまま、空気のような学校生活を送り鏡花の手に引かれ家へと帰り、そのまま鏡花と一緒にいた。


 鏡花も俺もお互い何も話すことが無かったが、心地が良かった。俺はここにいても良いんだと思えたのだ。


 ……自分でもわかっているのだ、このまま鏡花に依存していてはダメだということくらい。だが、ダメだとわかっていても俺の心の拠り所は鏡花しかいない。


 俺の味方をしてくれているのは、母さんと鏡花だけだった。そのうちの一人が死んでしまったのだから俺の心は必然的に鏡花へとよってしまう。


「…起きてる?」

「おはよう、鏡花」

「今日も朝が早いのね。良いことだけれど」


 俺を起こさないよう配慮してくれていたのかそっとドアを開けて入ってきたのは鏡花だった。


「朝ごはんできているから下に降りてきて」

「わかった、ありがとう鏡花」

「どういたしまして」


 そう言って彼女は部屋を出ていくので、俺もベッドから降りて、後を追うことにした。


 下へ降りると相変わらず美味しそうなそして、懐かしさを感じる朝食が並んでいた。席に着き二人で手を合わせてから食べ始める。


 美味しい。いつも通りの昔から舌になじんだ味だった。それもそのはずで鏡花は母さんから料理の手解きを受けていたため、味付けは母さんと全くと言っていい程一緒だった。


 母さんとの思い出に浸りながら黙々と食べ終え、学校へと行く支度を始める。とはいっても、俺はあまり身だしなみをしっかりする方ではないのでそれなりに準備をすれば終わる。


 鏡花の方も俺の家に来る前には準備は終わらせているようで、登校する前に家の家事を少しでも終わらせようとしていた。本当に鏡花には頭が上がらない。


「それじゃあ、いこっか」

「うん」


 玄関を開き、外へと一歩踏み出す。昨日よりも一歩を踏み出すのは怖くなかった。明日はもっと恐怖心が薄れているといいな。


 昨日と同じように鏡花は何も言わず俺の手を取った。昨日と違うところと言えば、ただ握るのではなく恋人繋ぎと呼ばれるような繋ぎ方になっている所だろうか。鏡花の方へと視線を向けると、彼女は一見なんともなさそうにしてはいたが長い黒髪からちらりと見える耳は少しだけ赤かったように見える。


 俺が不安にならないようにしてくれているんだろうな。


「鏡花、ありがとね」

「別に、私はしたいことをしているだけだから」


 そう言った鏡花は、そっぽを向く。俺それに深く追求することはなく、苦笑して鏡花の隣を歩いた。


 そんな穏やかな時間も長くは続かない。


 学校へと着いてしまえば、同じクラスだとはいえ一緒にいられる機会は減るから。


 繋いでいた手を離し、教室へと入って自席へと着く。


 先程まで繋いでいた手の温もりに若干の寂しさを感じながら、また俺はイヤホンをして顔を伏せる。


 そうしてまた今日も過ぎていくのだろうと考えていたが、違った。


 それは、授業中のことだった。


 誰かから視線を向けられている、そう感じたのだ。俺は、嫌われ者であるから人一倍視線に敏感なのだ。


 視線を向けられている方を見ると、結束咲さんが此方をジッと見ていたのだ。だが、俺が見ていることに気づくと慌てて視線を戻し授業を聞いている風を装っていた。


 そんなことが、何度も起これば流石に意図的に此方を見ているとわかる。


 いったい何なんだろう。俺に何かようがあるのだろうか。あの時、確かに彼女との関係は終わったはずだ。


 それとも俺の自意識過剰だったのかもしれない。俺をみていたのではなく外の景色でも見ていたのかもしれない。きっとそうだろう、彼女は俺のことが嫌いなはずだから。


 そう思うことによって心の平穏を保っていたが、それも放課後、彼女に声をかけられることによって崩れた


 



 










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る