異世界からの迷いエルフを拾いました

白い彗星

第1話 異世界からの迷いエルフを拾いました



 ……その日俺は、一人の女の子と出会った。


「オ、ナカ……ヘッ、タ……」


 住んでいるアパート……自分の部屋がある二階へと、上がろうとしたときだ。小さく聞こえた声に、首を動かした。

 少し離れた場所に、多分俺と同じ年くらいの女の子が、倒れているのを発見した。


 時間帯は夜。俺はバイト帰りだが、こんな時間だし人通りは少ない。

 ふむ……どうしたもんか。見知らぬ相手とはいえ、女の子が夜、倒れているのに放ってはおけない。


「……んん?」


 とりあえず、女の子に近寄る。そして、よくよく顔を見つめる。気を失っているようだが……

 ……かわいらしい、顔だ。日本人離れした整った顔立ち、おそらく染めてはいない金髪、驚くほどに白い肌。とはいえ病的なそれではない。健康的な肌だ。


 だが……それよりも、目を引くものがあった。


「……耳?」


 彼女の、耳……それに目を移すと、その異形とも呼べるような形に思わず目を細めてしまう。

 見違いかと目を擦るが、結果は変わらない。


 耳が……尖っている。

 うん、間違いなく尖っている。なんだこれは。


 興味本位で触ってみる。柔らかい……女の子の耳だからだろうか。

 偽物って感じじゃないな。本物だ。てか、気を失っている女の子の耳触るとか変態じゃねえか。


「……どういうことだよこれ」


 耳の尖った金髪女の子……その容姿に、一つの可能性を感じた。が、今はそれどころじゃないよな。

 ここで放置しておくわけにもいかないだろう。一度見てしまった以上良心が痛むし。

 俺は、彼女を抱き上げ、アパートの部屋へと向かう。


 女の子とはいえ人一人を、それも気を失った人間を運ぶのはなかなかの重労働だが、なんとか階段を登り切る。

 ただ、歩いていると当然体は揺れるので、目の前で無防備に揺れる女の子の体が……いやいや、いかんいかん。


 部屋の鍵を開けて、中へ入る。


「……なんだこのイケないことしてる感じ……いやいや緊急事態だ」


 気を失った女の子を、部屋に連れ込む……字面だけ見たら怪しいことこの上ないな。

 まあそこは、割り切ろう。緊急事態だ、うん。


 彼女をベッドへと寝かせる。改めて、彼女の姿を確認する。


 金髪、尖った耳、白い肌……まるで、妖精のようにきれいだ。自分でも恥ずかしい例えをしているのはわかるが。

 というか、この印象。先ほど感じた可能性。まるで、おとぎ話に出てくる……


「……スゥ」


 眠っていて、目は閉じられているため、長いまつげがよくわかる。


 さらに、さっきは動揺と暗かったのでよく見えず、今は明るい部屋の中なので気づいたが……その服装は、布切れのような服を纏っている程度のものだった。

 緑色の布切れを、糸で止めているのか……最低限、体を隠すだけのものだ。服って呼べるのかこれ。


「どうりで柔らかい感触がダイレクトに……じゃなくて」


 薄い布越しにいろいろ触ってしまったことを思い出す。その邪念を、振り払う。

 問題はこの、格好だ。どう考えても普通じゃない。


 布越しにもわかる膨らみや、いろいろ見えそうな肌からは、目を背ける。知らない女の子を家に上げて、ジロジロ見ていくわけにもいくまい。


「さっき、お腹減った……って、言ってたよな」


 俺は、その言葉を聞きつけて彼女を見つけた。

 残念ながら、彼女はすでに気を失ってしまったが。


 となると……彼女が気を失っている理由は、空腹か? んなベタな。

 だが、空腹に加えてこの格好……変な事件絡みじゃないといいが。


 もしかして俺は、自分から厄介事に首を突っ込んでしまったのでは?


「……いや、仕方ない。ここまでやっちまったらもうあとには引けないか」


 自分で自分を納得させる。一度部屋に連れ込んだ以上、まさか部屋の外に放り出すわけにもいかない。

 彼女を無理に起こすのも悪いので、俺は晩飯の用意に取り掛かる。


 とはいえ、高校生男子の一人暮らし……時間だって、もう遅い。スーパーで買ってきた惣菜や、カップ麺で適当に済ませよう。

 冷蔵庫にも、買い置きがあったはず……


「お湯を入れて三分……料理のできない男一人には大助かりだこりゃ」


 俺は、ポットに水を入れ沸騰させ、湯をカップ麺の容器に入れる。これで、三分後には主食の出来上がりだ。

 あとは、適当におかずをつまむとしようか。


「ウ、ン……」


「!」


 晩飯を用意している最中、俺のものではない声が聞こえた。俺のものではない、ならばそれは一人しかいない。

 布団に寝かせた彼女に、俺は目を向ける。


 軽く体を動かしたことで、短いワンピースみたいになっている服から覗く白い太ももがチラチラ目に入る。掛け布団でもかけておくんだった。

 とっさに顔をそらすが……これは……目に、毒だ。


 しばらくして、彼女は……ゆっくりと、目を開けた。


「……ン……イイ、ニオ、イ……」


 言葉は少しカタコトだ、やはり外国人か?

 今完成しつつあるカップ麺の匂いに、誘われて目を覚ましたのか。


 彼女は、ゆっくりと体を起こす。長い、金色の髪が、揺れる。

 初めて見た、彼女の瞳は……宝石のようにきれいな、緑色の瞳だった。


 その視線が、首と共に右へ左へと動かされ……やがて、俺へと視線が向いたところで、動きは止まる。

 寝起きの、寝ぼけ目が……俺を、見つめる。目が、あった。


「……っ」


 なにか、声をかけたほうがいいのだろうか……なんで、彼女はなにも言わないんだ。不安なのか?

 ……そりゃ、目が覚めたら知らない男の部屋にいるんだもんな。今更だけど、キャーって叫ばれたらどうしよう。


 できるだけ、安心させるように優しく、声を……

 あぁでも、こんなきれいな子と、どう話せばいいんだよ……! そもそも女の子と二人で会話したことだってあまりないのに!


「あの……」


 それでも、なにか話さないといけない。そう思って、口を開いた瞬間……



 ピピピピッ



 カップ麺が出来上がるまでの三分間をセットしたタイマーが、音を響かせた。

 思わず、肩を跳ねさせてしまう。


 驚いたのは彼女も同じなようで、キョロキョロしている。

 急いでタイマーを止め、改めて彼女を見ると……彼女は俺を……正確には、俺の手元にあるカップ麺を、見つめていた。


 そして……


「ソレ……ナァニ?」


「……はい?」


 カップ麺を指差して、かわいらしく首を傾げて……俺にとっては不可解な言葉を、発した。

 それ、なぁに……と。まるで、カップ麺……いやカップラーメンを知らないものだとでも、言うように。


 いや、カップ麺を知らないなんてあるのか? それとも、外国ならそういうこともあるのか? 彼女の見た目、まあ外国人っぽいし。

 わからない、よくわからないが……



 キュルルル……



 鳴り響く、腹の音。それは誰のものか、腹を押さえて恥ずかしそうにしている女の子以外にはいまい。

 そんな姿を見て、俺も、よくわからないうちに……


「あの……食べる?」


 こう、言っていた。うなずく彼女の緑色の瞳が、とてもきれいだった。


 これが、ただの高校生である俺、平盃 陽乃ひらさか はるのと……エルフの少女、ユミリアとの出会いだった。



 ――――――



「ハムッ……フ、フン……!」


「そんな急いで食べなくても……食べ物は逃げないから」


 現在俺は、外で空腹に倒れていた女の子を部屋に連れ込み、カップ麺をご馳走している。

 字面だけ見ると犯罪臭がするが、緊急事態だ。許してほしい。


 その証拠に、女の子はものすごい勢いでカップ麺を食べている。ただ、食べ方がわからなかったみたいなのでお手本で俺も少し食べて見せたけど。

 食べ方がわからないなんてそんなことある?


 他にも、と箸の使い方がおかしいなど、ツッコミどころはあるが……国の文化の違いもあるだろう。それはいい。

 さすがに手づかみで麺をすくおうとしたときは焦ったが。箸を使うように念押しした。


 あと、そんな折れそうになるくらい箸を握りしめないでほしい。


「ンクッ……プァア。ゴチソ、サマデ、シタ」


 カップ麺のスープまで飲み干した女の子は、満足げに笑顔を浮かべて、手を合わせる。

 うぅ、かわいいな。


 どこかぎこちない、手の合わせ方。やはり、日本の人間ではないのか。


「アリガト、オイシ、カッタ。アナタ、イノチ、オンジン」


「そんな大げさだよ。えっと……」


「ユリシア。ワタシ、ノ、ナマエ」


 ユリシア……それが、彼女の名前か。

 やはり、日本人ではない……これで、確定したな。


 一応、俺も自己紹介をしておかないとな。


「俺は、平盃 陽乃だ。よく、女の子みたいな名前だってからかわれるんだけどな、はは」


 俺は、自分の名前が好きではない。女の子みたいな名前だからと、昔からよくからかわれた。

 今でこそ、そういう表立ったからかいはなくなったが……


「……ヒラサカハルノ?」


「いや、続けるんじゃなくて平盃と陽乃で分けないと。名字と名前でわかれてるから。平盃 陽乃な」


「……ヒラサカ ハルノ。ヘンナ、ナマエ」


「それ全部が名前なんじゃなくて、陽乃が名前なの。陽乃」


「……ハルノ?」


「!」


 なぜか、名前が伝わらない。かと思ったら、いきなり名前で呼んできた!? 今そりゃ、名前を念押しはしたけどさ。

 初対面の女の子に、いきなり名前呼びされ……さすがに、びっくりする。


 いや、これはきっと外国では普通のこと。


「こほん。えっと……ユリシア、さんは、どこの国の人? てか、今はどこに住んでるの?」


 気を取り直して、だ。

 まずは彼女の住居を知らなければ。空腹から倒れていたため仕方なく部屋に招いたが、腹が膨れたなら帰ってもらわないと。


 カタコトとはいえ、日本語を話せるということは、結構日本での生活も長いということ。多分。

 彼女の格好とか気になることはあるけど、関わらないに越したことはない。


 この近くに住んでいるなら、まあ送るくらいのことはしてあげるか。こんな時間だしな。

 そうでなければ、うーん高いがタクシーに来てもらうか……


「ンー……ワタシ、コノセカイ、チガウ。チガウ、セカイ、カラ、キタ。ナノデ、カエ、ルバショ、ナイ」


「…………はい?」


 彼女の住んでいる場所……俺はそれを、聞いたはずだった。


 ……カタコトでも、日本語だ。一応。言葉は通じている……なのに、俺は今、彼女の言葉が理解できない。

 なんだって? 今、なんて言った?


 ……この世界と、違う世界から来た……だと?


「……?」


 まさか本気で言っているわけじゃないよな……いやでも、嘘をついている感じじゃない。

 澄んだ瞳で、見ているこっちが疑いを持つことを恥ずかしくなってしまうような錯覚さえ覚える。


 それでも……


「えっと……冗談、だよね?」


 まさか、私はこことは違う世界から来ましたと言われて、はいそうですかと納得できるはずもない。

 しかし、ユリシアさんは俺の言葉の、意図が分かっていない様子。


 え、これ、マジなの……?


「ワタシ、ガイタセカイ、カラ、コノセカイニ、マヨッタ」


「話進めるんだ」


 こことは違う世界から来た、という話で、進めていくようだ。

 その話を信じるなら、ユリシアさんは違う世界……ややこしいな、異世界と呼ぼう。異世界から、迷ってこの世界に来たことになる。


 信じがたい話だ……だが、そんな俺の疑念を感じ取ったのか、ユリシアさんは己の耳を掴んで……


「ワタシ、エルフ。コノセカイ、エルフ、イナイ」


「それは、そうだけど……」


 この耳は偽物じゃない。そう言っているかのように、耳を引っ張っている。……やっぱり本物だ。

 さっき俺が、彼女に感じた印象は、まさしくエルフというもの。だが、それは空想上の生き物のはずだ。


 よく、漫画とかで目にすることはあるけど。まさか、現実にいるはずがないだろう……


「……キミが本当に、エルフだとして」


「ワタシ、ウソ、ツカナイヨ?」


「……」


 そんな純粋な瞳で、俺を嘘つき呼ばわりしないでくれ! 眩し過ぎるよその瞳!


「え、エルフだって証拠を……そ、そもそも、こことは違う世界から来たって言うなら、その証拠を……」



 ボゥ……



「……」


「コレデ、イイ?」


 ユリシアさんは、人差し指を立て……その指先から、火が出ていた。

 まるで、点火棒だ。


 覗き込んでも、離れて見ても……トリックを使っているとか、そんなことはなさそうだった。

 さらに、恐る恐る火に触れると……


「あつっ」


 普通に、熱かった。

 これは本物の、火のようだ。


 さらに……


「ヨッ、ハイ!」


「おぉ!」


 指先からだけではなく、いくつもの火の玉を浮かばせ、それをお手玉のように移動させる。

 しかも、火の玉を紐のようにくっつけ、俺の首を囲うように自在に移動する。


 糸で操っている、という意味ではないのだろう。これでわかった。

 ただ、結構熱かった。怖かった。


 間違いない……本物だ。これは、マジックとかそんなものじゃない。本物だよ、この人!


「シンジテ、クレタ? コレガ、マホウ……ワタシ、ノ、マリョ、クミセタ」


「は、はい……」


 ユリシアさんが、異世界から来たというのは……マジみたいだ。今のは魔法ってやつで、ユリシアさんの魔力とやらを使っているらしい。


「でも、異世界から来たって言うなら、なんで言葉が通じてるんだ?」


 通じているにしては、結構カタコトだけど。


「ソレハ、ゲンゴマホウ、カケテル、カラ。ナレレバ、モット、スムーズ、ナル」


「なるほど……」


 これも魔法か。言語魔法……それにより、意思の疎通が取れているのだと。

 世界が違っても、言葉が通じるのはそういうわけか。


 まあ、彼女が異世界のエルフだっていうのは、納得しよう。てかするしかない。問題は、ここにいる過程だ。

 なんで、違う世界に迷い込んだのか、だ。


「ユリシアさんは、なんでここに? 迷い込んだ理由って?」


「……ワカラナイ。キガツイタラ、ココ、イタ。オナカ、ヘッテタ」


 ……わからない、か。それは困ったな。

 どうしてかこの世界に迷い込んだ。その原因はわからず、お腹も減って空腹で倒れていたと。


 迷い込んだ原因がわからない。じゃあ、だ。


「ここから、元の世界には帰れないの?」


「……ソレモ、ムズカシイ。ワタシ、ヒトリボッチ」


 不安そうなユリシアさんを見ていると、胸が締め付けられる。なんとかしてあげたいと思う。

 とはいえ、俺にどうこうできるレベルの話ではない。……のだが。


 ただ……異世界だとか、エルフだとか、そんな現実離れした話以前に。

 困った女の子を放っておけるほど、俺の神経は図太くはない。なにができる、ではなく、なにかしたい、という気持ちが強かった。


「あの……俺になにか、できることとかあるかな」


「! キョ、リョク、シテク、レルノ?」


「まあ、乗りかかった船というか……」


 ここで彼女を放り出したとして、きっと俺は後悔する。

 だったら……一度関わった以上、ある程度までは面倒見るのが、責任ってもんだろう。


「フネ……ココ、フネナイヨォ?」


 どうやら、言葉は通じても、言葉の今までは通じないらしい。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、異世界からの迷い人、ユリシアさんが元の世界に帰れる手がかりを、一緒に探すことに決めた。


 となると、まずは寝床をどうにかしないとな。ユリシアさんを手伝うにしろそうでないにしろ、どのみちこんな夜遅くに外に放り出せない。

 だが、この辺にどこか泊まれる場所あったかな……ちょっと検索してみるか……


「ハルノ、トテモ、イイヒト。

 ワタシ、アンシンシタ……カエルホウ、ホウ、ミツケ、ナイ、ト……」


「うーん、やっぱどっか泊まるにしても金が……ユリシアさん、この世界のお金って持ってないよね?

 ……ユリシアさん?」


 このあたりに泊まれる場所はあるのか、あったとしてもそれがどこであろうと金がいるだろうということに気づき、俺はユリシアさんに問いかける。

 しかし、返事は……ない。


 代わりに返ってきたものがある。それは……


「スゥ……」


「……へ」


 規則正しい、寝息だった。


「ユリシアさん? あのー、もしもーし?」


 話しかけるが、応答はない。

 布団に寝転び、すやすやと気持ちよさそうに寝ている。


「……マジか」


 ユリシアさんはもう、起きそうにない。

 ということはつまり、だ……今日彼女は、この部屋で寝るということ。


 こんなかわいい女の子が、同じ部屋で……


「……っ、のぉー……!」


 これは思った以上に、大変なことになってしまったのではないか?

 今更ながらに頭を抱えるが……もう、遅かった。


 明日……いやもう日付変わっているから今日か。今日には、ユリシアさんが住む場所を探さないとな。

 そう、心に決めて。今日だけは、うん、彼女を泊めよう。やましい気持ちなんてないからな! ユリシアさんが勝手に寝ただけだし!


 とりあえず、俺はシャワーを浴びて……部屋の隅っこで、寝ることにした。

 あまりに美しい彼女を見ていると、いろんな意味で寝付けそうにないので。彼女に背を向けて。


「スゥ……ウヘヘェ、ハ、ルノォ……」


「……!」


 ……結局、朝まであんまり眠ることはできなかった。俺の安眠のためにも、ユリシアさんには即刻、寝床を確保してもらわないと。

 俺は、そう心に誓った。



 ……まさかこの後も、ユリシアさんと……異世界のエルフとの同居生活が続くことになるとは、このときは思いもしなかった。

 そして、俺とユリシアさんの、二人だけの生活が始まることとなったのだ。

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