第27話 偵察

「で、君はそのまま帰ってきたというのか?」

「……も、申し訳ございません!」


 ハクトウワシを屋敷上空で撃ち落としてから数日が経った。

 列車の旅を終えたセドリックは、帝都にあるエンパイアス城を訪れていた。


 青ざめた顔のセドリックの前には、茅色の髪と蠱惑な小紫色の瞳を持つ美しい青年が立っていた。シュタインズ帝国の第二皇子、シュナイゼル・L・シュタインズである。年齢はたしか24歳。


 シュナイゼルはセドリックを気にも留めず、椅子に腰掛け手紙を書いていた。

 今にも窒息死してしまいそうなセドリックの頭上に、軽やかな声が響いた。


「先日、使い魔との連絡が途絶えてしまってね。こちらは現在、情報がほとんど手に入らない状況なんだ」

「使い魔と連絡が……? まさかレーヴェン殿下が!?」

「それについてはまだ分からない。精神融合を行っていた魔導師が強制解除により、かなり精神的に参っていてね。今は話せる状態ではないんだ」


 シュナイゼルはそう言って席を立ち、部屋の中にいたハクトウワシの足首に、今しがた書き終えた書面を括りつけた。そして窓を開け、ハクトウワシを大空に放った。


「主、どうなさいますか?」

「……っ」


 飛び去るハクトウワシを横目に、俺は静かに舌打ちをした。できればあのハクトウワシを捕まえて、シュナイゼルが誰に何を書いたのかを知りたいところだが、残念ながらここには俺の使い魔が一匹しかいない。


「あちらも気になるが、今はシュナイゼルを監視したい」

「了解しました」


 心に引っかかりを残しながら、俺たちは引き続きシュナイゼルの動向を監視することにする。


「彼をこちらに」


 シュナイゼルは待機していたメイドに声をかけた。笑顔が印象的な若いメイドだ。

 しばらくして、メイドは黒いローブに身を包んだ男の髪を乱暴に掴み、引きずるように連れて戻ってきた。ひどく痩せ細った初老の男だ。


「彼は……」


 身を抱きかかえるようにガタガタと震える男に、セドリックは眉をしかめた。


「姉上の動向を探るべく、偵察していた魔導師だ」

「っ!?」

「今ではすっかり、ごらんの有様だ」


 精神融合を行った状態で使い魔が殺されれば、精神融合していた術者は死を体験することになる。術者に対して直接的なダメージはないものの、精神的なダメージは計り知れない。


 賢者な師匠には、偵察用の使い魔を狩る際は、気取られることなく素早く仕留めろと教えられた。


 気取られてしまえば、術者は精神融合を解除する可能性がある。逆に悟られずに仕留められた場合、同時に遠く離れた術者の心を殺すことが可能になる。


 どこまで情報が抜き取られたのか分からないからこそ、術者本人の心を壊すという戦術を用いるのだ。我が師匠ながら、恐ろしい戦略家だと思う。


「こちらの動きに勘付いた者がいる。それもかなりの腕のようだね」

「と、言われますと?」


 セドリックの問いに対し、シュナイゼルはゆっくりと視線を初老の男に向ける。震える男は、犬が伏せているかのような姿勢で必死に舌を動かしていた。


「わ、わからない。や、やしきには皇女殿下の他に、執事らしき男がひ、ひとり。そ、それにメイドがごっ、ご、ご、ごにんいた。だ、だけど、わ、わ、わたしを襲ったのは、あ、あの中にはいない。す、姿もなく、突然……ひぃっ!?」


 死の瞬間を思い出すかのように、男は頭を抱えて床に崩れ落ちた。セドリックは男の話を聞きながら、わずかに上方を見やる。その視線の微細な変化を、シュナイゼルは見逃さなかった。


「何か心当たりでもあるのかい?」

「あっ、いえ」

「どんな些細なことでも構わない、その目で見てきた君の感想が聞きたい」


 険しい顔で眉をひそめるセドリックは、やがて恐る恐る口を開いた。


「レーヴェン殿下の屋敷には、客人がいました」

「客人……?」

「ランナー国の第一王子、ランス・ランナウェイなる人物です」

「ランナー国……」


 顎に手を当て、何かを考えているようなしぐさのシュナイゼルは、桃色の髪が毛先に向かって黒く変わるメイドに顔を向けた。


「カトレア、姉上から議会に届いたという石化病に関する資料。そこに記されていた医師の名前を大至急調べてもらえるかい?」

「ランスですよ、シュナイゼル様」


 カトレアと呼ばれた少女は、暗記していたのか微笑みを絶やすことなく答えた。


「やはり、そうか」


 難しい顔で考えるシュナイゼル。

 一連のやり取りを見ていたクローが声をかけてきた。


「よろしいのですか?」

「レーヴェンが俺の名前を記載した時点で、石化病の件に関しては、遅かれ早かれ俺だと知られていたから問題ない」

「しかし、使い魔を仕留めた者が主である可能性が浮上するのでは……」

「だろうな。でもすぐにその可能性は消えるだろう」

「なぜです?」


 分からないというクローに、俺は自分の考えを伝えた。


「相手は帝国の、それも第二皇子であるシュナイゼルお抱えの魔導師。今はあんなのでも、本来はかなり腕のいい魔導師であることは間違いない。そんな帝国魔導師が小国の、それも18の若造に訳もわからず敗北した。信じられるか?」

「なるほど」


 クローも納得したようだ。

 しかし、ここで突如として、


「――!?」


 背筋に冷たいものが走った。


「……」

「………」

「(主……)」

「(わかってる)」


 メイド少女はじっと窓の外を見つめ、木の枝に留まる俺たちを注視していた。


「(なんだ、こいつ!?)」


 不気味なメイド少女は、目をそらすことなく、瞬ぎもせずにこちらに歩み寄ってくる。


「(主っ!!)」

「――――!?」


 警鐘を鳴らすクローの鋭い叫び声が、頭の中で鳴り響いた。

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