第26話 上空からの監視者

 ――カキーンッ!


 暗闇の中、火花が舞い散る室内で、セドリックは急襲者の攻撃を一振りの長剣で受け止めた。


「て、てめぇ寝てたんじゃねぇのか!?」

「貴様らの気配に気付かぬ俺ではないわ!」


 セドリックはベッド脇に置いた長剣を手にし、悪党たちと対峙した。


「あのオス、予想以上に行為が早く終わってしまったため、狸寝入りをしていたと思われます」

「……そうなんだ」


 クローが真面目な口調で説明するが、この状況でその話はどうでもいい。


「勝負あり、ですね」

「そうだな」


 セドリックは腐っても帝国の聖騎士だ。街のゴロツキが敵うような相手ではない。悪党たちは一瞬で床に倒れ伏せ、女はシーツを捨て、全裸で逃げ出した。


「まったく、ろくでもない連中だな」


 お前がいうなと思ってしまう。


 翌朝、セドリックは列車に乗り込んだ。行き先はおそらく帝都だろう。帰りたくないと言っていたけれど、主君に報告しなければならない。どうやらそれが彼にとっては嫌なことのようで、朝からずっと胃を押さえていた。


「くそっ、なぜ俺がこんな目に遭わなければいけないんだ」


 セドリックは不満を漏らしながらも、前方の貴族車両から後方の一般車両へと移動した。


 俺は時速60キロで走る列車に並んで飛んだ。


 帝国が運営する帝国鉄道の列車は、通常は10両編成だ。1両目から4両目までが貴族車両で、5両目は食堂車だ。6両目と7両目は一般車両で、質素な作りとなっていた。8両目から10両目は貨物列車で、ここには荷物だけでなく、僅かながら人も乗っている。車掌などを買収し、商売目的で乗り込んだ娼婦たちが積荷に紛れて列車に乗っているのだ。別名、売春車両とも呼ばれている。長い列車の旅は退屈だ。貴族相手に娼婦が商売する上で、列車ほど適した場所はない。


 食堂を抜けて一般車両を歩くセドリックの目的は、どうやら売春車両のようだ。昨夜の出来事からは何も学んでいないようだ。


「――――」


 そのとき、もう一匹の使い魔、ブランキーからソウルテレパシーによる連絡が入った。


「何か問題か?」

『不自然に屋敷の上空を旋回している鳥がいるにゃ』

「鳥……?」

『あまり見たことのない鳥にゃ』

「その鳥の特徴は?」

『頭のはげた鳥にゃ』

「もっと詳しく」

『白くはげた頭部と、白い尾を持つ大きな鳥にゃ』

「主、それは恐らくハクトウワシだと思われます」


 とは、同じ鳥科のクローだ。


「珍しいのか?」

「あの辺りを縄張りにしているのはイヌワシです。ハクトウワシがいるのは確かに不自然だと思われます」


 クラーク公爵、あるいはシュナイゼル殿下が偵察用の使い魔を送り込んできた可能性が高いな。


「セドリックの監視はお前に任せる」

「御意」


 俺はクローとの精神融合を解除し、そのままブランキーとの精神融合を開始する。


「にゃー」


 テレサの花壇周辺で、蝶を追いかけるフリをしながら上空を確認する。


「(あいつだにゃ)」


 ブランキーの言う通り、確かに不自然な鳥が屋敷の上空を旋回している。


「(あれは黒だな)」

「(魔法で撃ち落とすかにゃ?)」

「(いや、地上からでは仕留め損ねる可能性がある。殺るなら確実に、だ。お前は引き続きレーヴェンたちの護衛を頼む)」

「(了解にゃ!)」


 俺は精神融合から自分の肉体に帰還し、ベッドから飛び起きた。


「よっと」


 慎重に穴蔵から抜け出す。

 一般的に鷹や鷲は人よりも8倍から10倍ほど目が優れていると言われている。遠くの獲物を見つける能力が非常に高いため、偵察用の使い魔として使役する者が多い。俺のように偵察には向かない鴉を使い魔にする者は稀だ。


 しかし、それにも利点がある。


 一般的に偵察用に使われる鷹や鷲とは異なり、偵察用には向かない鴉は使い魔だと疑念を抱かれにくいという利点がある。それに、鴉はどこにでも生息しており、敵に怪しまれずに偵察ができる点で非常に優れた使い魔だ。加えて鴉は賢く、頭のいい使い魔は情報収集において頼りになる。


「さて、仕留めるなら気づかれず、確実に排除しないとな」


 姿を見られれば、敵の魔導師に情報を与えてしまうことになる。帝国のライフル銃が手に入れば理想的だが、そんな贅沢は無理だろう。

 錬金術で作るにしても、今から材料を集めるのは困難だ。


「ならば」


 ここでは手っ取り早く作れる弓が最適だ。必要な材料はすべて森で手に入る。弓は木、弦は麻、それにからむしから作れる。


「あとはこれを錬金術で錬成すれば、大弓が完成する」


 鏃には鉄を使いたかったが、木でも十分貫けるだろう。

 俺はハクトウワシに見つからないよう、慎重かつ迅速に森を進む。


「ここまで離れたなら、見つかる心配はないだろう」


 俺は飛空魔法を発動し、高度2000メートルからハクトウワシを捉えるため、千里眼を使用する。


「一発で、確実に仕留めてやる」


 俺は目を細めて的を絞り、流れるような動きで大弓を構え、矢をつがえた。引き絞る弦が音を立てる。


「……」


 屋敷上空を旋回するハクトウワシのリズムに呼吸を合わせ、風魔法をまとわせた矢を一気に放つ。音もなく放たれた矢は音速を超え、ハクトウワシの体に突き刺さると同時に爆発。ハクトウワシの体は空中で木っ端微塵に吹き飛ばされた。


「ん……?」


 まずい、非常にまずい。

 ハクトウワシに夢中になりすぎて、真下にいるメイド長の存在に気付かなかった。


「血……?」


 晴れ渡る青空から突然鮮血の雨が降ってきたことに、メイド長が疑念を抱いている。


 俺はやってしまったと、しばらくその場で右往左往していた。

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