時刻は九時三十分を過ぎた頃。再びホールに全員が集まった。そこに不穏な空気が重く満ちていく。誰もが表情を曇らせる中、煌月は至って冷静というか無表情で左手を口元へ当てている。

 宝条は涙で顔を濡らし嗚咽をホールに響かせていた。曽根森は悲しみよりも怒りが強いのか両手をテーブルの上で握りしめている。佐倉も感情的には同じのようで、他の九名を睨みつけている。

 氷川は暗い表情で小刻みに震えている。大宮は少し離れた席で煙草を吹かしながら、鷲尾は腕を組んで背もたれに体重を預けて他の参加者の様子を窺っている。竹山はテーブルの一点を見つめたまま固まっていた。村橋はすらりとした生足を組み両手をお腹に当てる格好で椅子に座っている。視線は下を向いていた。

 ルナアリスは煌月の隣に座り、人差し指で唇を軽く叩いている。

「改めて現状を説明します。昨晩木村美緒さん、村上茜さん、北野誠也さん、甲斐涼介さん、瀬尾田康生さん、羽田一志さんが何者かに殺害されました。そして私達はこの城に閉じ込められてしまい、スマホは圏外で外部との連絡は不可能です」

 煌月が話し始めると自然と視線が集まってきた。一度言葉を切って様子を窺ってから再開する。

「今後どうするかを考えましょう」

 暫しの沈黙。

「とにかく、ここから脱出するか外部に連絡を取る手段を考えないとですね」

 氷川が重い口を開いた。

「脱出する方法を探しましょう。僕が思うに必ず脱出口はある筈なんです。でないと六人を殺した犯人が外に出られないですから」

「確かにその通りです。我々以外の誰かが犯人、所謂外部犯説の可能性を考慮しても、出入りできる通路が存在するのは矛盾しません」

 竹山の意見を煌月が補足する。何人かが肯定するように頷いた。

「それじゃ、どこにあるかもわからねぇ脱出口を探すってことでいいんだな?」

 大宮の確認を入れた。竹山、氷川、曽根森、鷲尾、村橋が賛成票を入れた。佐倉は感情がごちゃ混ぜになっているような表情を見せていたが、賛成の意思を示した。ルナアリスは沈黙、宝条はまだ悲しみの波が引かないのか、涙を流し続けている。この二人は賛成なのか否か分からない。

 賛成であるがある意味反対の意見を出した者が一人。煌月だ。

「脱出口を探すのはいいですが、私は犯人も捜すべきだとも考えています」

「おいおいミステリー小説みたいなことをやる気かよ。そりゃアンタはそういうことやってきたのかもしれないがな。さっさと脱出して警察を呼ぶのが第一じゃないのか。特にこの中に犯人がいる可能性が極めて高い状況なんだろ? 最優先は身の安全の確保だろうが」

 鷲尾が吠えた。同意を求めるように他の参加者達を見遣る。

「犯人を突き止めて脱出口を吐かせるのも一つの手、かと。犯人を捕まえれば安全でしょう? この事件の犯人は被害者の接点の観点から、無差別殺人の可能性があります」

「確かにそうだよね。北野さんと甲斐さんは同じ学校の生徒って接点があるけど、他の四人は全く接点が無さそう」

 煌月の意見にルナアリスは肯定的な反応を見せる。

「特定の誰かを殺すんじゃなくて、誰でもいいから殺すっていう発想かよ。もしそうなら迷惑どころの話じゃねぇな。最悪だよ」

「それで茜ちゃんが殺されたのなら、絶対に許せないわ!」

 大宮に食らいつくように曽根森が吠える。大宮がちょっと怯んだ。

「誰が次のターゲットになってもおかしくないですし、六人で終わりという確証はありません。付け加えると、単独犯か複数犯かも不明です」

 場の空気が一斉に張り詰め、不穏な気配を帯びていく。

「で? 結局どうするんだ?」と大宮が沈黙を崩した。

「どちらも採用、という事でどうでしょうか?」

「それって、脱出口を探すけど犯人捜しもするって事?」

 煌月の意見にルナアリスが問う。

「そうです。結局のところ六人も殺した殺人犯を野放しにする訳にはいきません。これ以上の犯行を行わないという確証もありませんからね」

 煌月は少し間を置いてから、「捜し出して捕らえて無力化する」と他の参加者達を睨んだ。

 表情に乏しい煌月が初めて見せるそれは、脅迫かそれとも宣戦布告か。

「密室の謎もありますし、現場の調査と犯人の特定は私がやりましょう。他の皆さんは脱出口探しをする。これでどうでしょうか」

 煌月の提案に真っ先に賛同したのは氷川。

「賛成です。やはり餅は餅屋、ですね」

「僕も賛成だ。時間が惜しい、すぐに始めよう」と竹山が続く。

「ねぇ、私は煌月さんと犯人捜しを手伝いをする」

 ルナアリスの幼いが力強さのある声がホールに響いた。

「おい、天才少女さんよ。アンタは頭が人より良いのかもしれんが、それは脱出口探しに使ってくれねぇかな」

「天野さん、流石にまだ小さい貴方を死体に近づけるのはあまりいい気はしないわ」

 大宮と氷川が止めに入る。

「私、煌月さんの力になりたいの。シャーロック・ホームズとエルキュール・ポワロは大体読んだし、それに日本にはハイテク道具を使って事件を解決する、スーパー小学生がいるしね」

「それは小説とか漫画の話だよね?」

 氷川が呆れたように苦笑い。

「名探偵に助手は古来からのお約束ですし」

 ルナアリスは小さな胸を張った。

「五鶴神さんにとっては邪魔じゃないかしら?」と村橋。

 全員が煌月を窺うように視線を向けた。煌月はあっさりと、

「別に構わないですよ」と承諾した。

「マジで!? 俺は一人でやるって言うもんだと思ったぞ」

 目を丸くする大宮に煌月は左手を口元に当てて、

「年齢と体力を考えると、狙われた場合に一番危険なのが彼女です。犯人ではないと考えられる人物と一緒の方が安全でしょう。私が殺人犯であれば一番危険な位置ですが、二人で行動している時に犯行をすると一発でバレるので、逆に安全といえる。それに私にとって犯人ではないと確定しているのが五鶴神煌月ですからね」

 煌月は無表情になった。まるで仮面を被っているのか、人形の顔のように感情の動きと思考の流れが表に出なくなった。

 警察官から不気味がられる事が多かったが、これが能力を最大限に発揮し始めたサインである。

「アンタにしてみれば、それはそうかもだがな。捜査の手伝いをさせるには足手纏いじゃねぇのか?」

 大宮の指摘は尤もだろう。しかし煌月は変わらない調子で、

「お気遣いありがとうございます。でもルナアリスちゃんは賢いですから多分大丈夫ですよ」

 助手役を希望したルナアリスを受け入れるスタンスだ。

「決まりだねっ。よろしく」

 ルナアリスは煌月の横に立ち、スカートの裾を摘まんで一礼した。その所作は淀みなく流れる水のように自然で、まるで貴族の令嬢か高貴な姫君のようである。彼女に惹きつけられるように視線が集まった。そして誰からも反対の意見が出なくなった。

「犯人捜しはそっちに任せて、早く脱出口探しを始めよう。こんなところはさっさと出たい」

 状況が状況なだけに鷲尾は焦ったように席を立った。

 宝条だけどちらの班に入るかの意思を示していない。それに村橋が気が付いて宝条の元へと近づく。

「宝条さんだっけ。貴方も脱出口探しを手伝ってくれないかな?」

 宝条は泣き腫らした真っ赤な顔で座ったまま村橋を見上げた。

「あの……その…」

 考えが纏まらないのか、どうすればいいか分からないのか、宝条は言葉にならない声を弱々しく吐いた。

「暫くここで休んで、落ち着いたら参加する。これでどうかしら?」

 氷川が助け舟を出し、それに対して宝条は首肯した。それに対する不満は誰からも出なかった。この中で一番ダメージが大きいのは彼女であることは、一目瞭然だったからだ。

「決まりですね。では早速聞き込みをしたいので、皆さんご協力をお願い致します」

 煌月が懐から手帳を取り出しながら大きい声を出した。

「現場の状況と死後硬直、並びに死斑の出方から犯行時間は深夜二時以降だと思われます。昨晩何か気が付いた事があればお願いします。あと全員の部屋割りを確認しておきたい」

「あの短時間で検死みたいなことをやったのか?」

 佐倉が目を見開いて聞いた。

「死後硬直と死斑の確認だけならそんなに時間は掛からないですよ。警察がやるような厳密なものとか、司法解剖とかなら半日とか丸一日掛かかることはありますがね。医者の瀬尾田さんがいればよかったんですが、こんな状況なので私がやりました」

「煌月さんは実際にやったことがあるの?」

 ルナアリスの質問に煌月は、

「自慢することではないですが、特例で監察医立ち合いの元で見せて頂いたことがあります。実際に死体に触れさせて頂いたこともあります。流石に司法解剖は横で見るだけでしたが、知識だけならあります」

「すげぇな白髪探偵。マジで何者だよ」

「ちょっと普通じゃない人生を生きている若者ですよ大宮さん」

 褒められている。普通は多少なり表情が緩みそうだが、煌月にはそれが無い。

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