「それでは指示通りに自己紹介でもしましょうか」

 全員が席に座った後、誰が決めた訳でもない順番で自己紹介が始まった。

 外科医を名乗った男は瀬尾田せおだ康生こうせい。都内の大学病院に勤務しているという。終始落ち着いたトーンで話す、堂々とした男性だ。着ている服は糸屑一つ付いていない、高級そうなサイズぴったりの上下。身に着けている腕時計は、高級腕時計といえば間違いなく名前が挙がるメーカーの物で、汚れ一つなく白銀の輝きを放っている。見た目には気を遣う性格のようだ。

 年齢は四十代前後。医者としてはベテランか中堅か微妙なライン。所属している大学病院の理事長から今回の話をされて承諾したので参加したが、招待状は後日自宅に郵送されて来たという。

「理事長には色々世話になっているし、顔を立てなきゃならないと思って参加したんだ」

「主催者については聞かされなかったのですね?」

「そうだ。特にこちらから詳細を聞こうともしなかったよ。正直興味があった訳ではないのでね」

 質問をする煌月を横目に、羽田は手帳に書き込んでいた。

 次は不機嫌そうな男。名前は鷲尾わしお青斗あおと。大学は地方の工学部卒とのこと。

「工学部っていうとプログラミングとかやる学部ですよね」

 木村が聞くと鷲尾は手を振って、

「専攻は機械工学だ。そいつは情報工学系の領分だよ。まぁ結局卒業後にその道の職に着けなくてな。独学でプログラミングを学んで、今はシステムエンジニアで食ってる」

 理系の人か、と誰かが零した。

 明らかに着古したシャツとズボンを見るに、収入はさほど多くは無い様だ。瀬尾田と並べてみれば年収の差はハッキリと分かる。

 無精髭を生やしており、見た目に拘るつもりはなさそうである。参加の経緯を聞くと鷲尾は「知らねぇ」と吐き捨てるように答えた。

「招待状が家に届いたんだが貰った理由に心当たりがねぇんだよ。名前も住所も確認したんだが人違いって訳でもねぇし。参加者に選ばれました、貴方の相方は羽田一志ですとしか書いてなくてよ。知らん奴だし理由が全く分からねぇ」

「羽田一志はワイやで」

 羽田が手を挙げるが鷲尾は「あっそ」と適当に流す。

「悪戯とは考えなかったんですか?」

「勿論疑ったさ。どうせ悪戯だろうってさ。普通に考えればそうだろ? でも有給を消化する理由に丁度良かったんだ。後で笑い話にしてやろうと思って来た」

 半笑いで用意されていた水を一気飲みした。

「有給ねぇ。フリーライターでその日暮らしの俺には無いから羨ましいな」

 大宮はおどけたように笑う。

「所詮は社畜さ。残業代をキッチリ払う以外に良いトコないぜ」

自虐を投げる鷲尾に煌月は無反応。

「ちなみにこういうイベントには参加した事はありますか?」

「無いね。初めてだよ」

 どうも納得がしていないのか興味自体が無いのか、乗り気じゃなさそうだ。

 男子高校生三人組は進学校の生徒で、高校生クイズ甲子園で優勝したのをテレビで見た主催者が招待したという。クイズ研究部の所属で顧問に連絡が入り、学校側から許可が出たので参加を決めたとの事。全員三年生である。

 部長の北野きたの誠也せいや。アンダーフレームの眼鏡を掛けている。黒で統一したデニムシャツとチノパン。良くも悪くも、何処にいても目立たないような普通の学生に見える。ハッキリと明るい声で話すのが印象に残る。

「特技は暗算です。小学生の時に算盤をやっていました」

 アピールポイントに反応は鈍い。

 副部長の佐倉さくら大地だいち。水色のパーカーと黒のデニム。赤いフレームの眼鏡が特徴的。体型がちょっと丸っこい丸刈りの男子だ。『せつ』と珍しい一人称で喋るのが記憶に残る。真面目そうな感じの男子だ。

「拙の特技はですね。画像を見ただけで細菌の名前が分かるんですよ」

 一瞬、ホール内が静かになった。

 クイズ部の自称エース、甲斐かい涼介りょうすけ。三人の中で唯一眼鏡を掛けていない。百八十センチ程の細身の長身。青のジャケットと黒のデニムを着ている。アイドルっぽくて女性受けしそうなイケメンといった顔立ちが特徴。

「特技は、歴史に残る偉人の名前と偉業が大体分かるんですよ」

 アピールポイントに反応は殆ど無い。

「女の子の興味を引かなさそうだよね」

 ルナアリスが男子高校生組に聞こえないように、隣の煌月に囁いた。煌月は亀が歩くような速さで一回だけ頷いた。

 女子高生三人組も男子高校生達と同じ理由で招待されたらしい。彼女達は、小学校から高校までエスカレーター式の女子学校の生徒で、互いに幼馴染とのことだ。

 彼女達は部活動として大会に参加していた訳ではないので、役職のようなものはないが纏め役としてリーダー役がいる。

 それが三年生の村上むらかみあかね。耳まで掛かる長さの黒髪に向日葵の髪留め。肌色で統一したブラウスとロングスカートを着ている。胸元も豊かでイメージは美人系。自己紹介の時に堂々と話したので、スピーチ慣れしているようだ。

「特技とかはありますか」と北野が質問を投げると、

「特技というか趣味だけど、ビリヤードです。十三歳の時から始めました」

 男子高校生組が少し盛り上がった。

 二人目は三年生の曽根森そねもり瀬里佳せりか。群青色のリボンで右側にサイドテールを作っている。目が少し細いからか、きつそうな性格のイメージだ。赤のテーラードジャケットと黒のデニムに男物に見えるスニーカー。首からはペンダントを提げている。服装からは男勝りな印象を受ける。

「私の特技? 幼稚園の時からやってるピアノかしらね」

 男子高校生組がまた少し盛り上がった。

 三人目は宝条ほうじょう凛菜りんな。彼女は一年生だ。黒縁メガネに膨らみかけの胸元まで伸びた左右対称の三つ編み。白のカチューシャに白単色で柄の無いワンピース、靴もソックスも白で全身が雪のように真っ白だ。自己紹介の時にかなり緊張して恥ずかしそうに視線を下げていた。スピーチ慣れした村上とは対照的に、内向的なのかもしれない。

「特技はありません」と尻すぼみな声。その直後に村上がフォローを入れる。

「凛菜ちゃんには速読があるでしょ。凛菜ちゃんはね、かなりの読書家なのよ。学校の蔵書を一年間で殆ど読破してしまうくらいにね」

 宝条の顔がみるみる赤くなっていった。甲斐が「めちゃくちゃすげぇ」と言うと、更に赤くなった

 高校生組はどちらも三人でチームと招待状に書かれていた。

 先着組の最後はセクシー系の『村橋むらはし三深みふか』。男性を惹きつける美貌に艶のある大人びた声。羽田が早速釣られているが、煌月は無表情を維持して彼女を観察している。

 羽振りが良さそうだ。指先は綺麗だし紺色のマニキュアをしているから手を酷使する職業ではなさそうか? 経営者かキャバ嬢、モデル……イメージと違うかもしれないが弁護士や税理士の可能性もある。

「下の名前、どんな漢字なん? 教えてぇな」

「漢数字の三に深い浅いの深いよ。それでみふかと読むわ」

「へぇ~良い名前やなぁ」

 鼻の下を伸ばしてへらへらと手帳に書き込んでいる羽田を、女子高生組と氷川は冷ややかな目で見ていた。本人は全く気が付いていない。

 下心が見えてきそうな羽田を横目に、煌月が村橋に質問を投げる。

「招待状に関してなんですが、招待された理由に心当たりはありますか?」

「招待された理由? 心当たりは無いわよ。具体的な理由は書いていなかったし。現物持ってきているけど見てみる?」

 ブランド物の黒いポーチから便箋を一通取り出して見せた。

「お願いします」

 煌月は便箋を受け取った。開封済みの便箋の中には折り畳まれた紙が一枚。煌月はそれを取りだして、器用に右手の指先だけで開いて目を通す。

「確かに理由が書いていませんね。貴方のパートナーは『女優の氷川冷華』です、か」

「まさか本当に本人が来るとは思わなかったわ」

 村橋と氷川が互いに視線を送りあった。

「どういう基準で選んだのかな」と腕を組みながら竹山。

「さあ? アタシにはさっぱり。こういうゲームには参加した事ないし、応募とかした覚えもないし」

 煌月は便箋の方を確認した。都内の郵便局の消印が押してある。羽田と竹山と同じ郵便局だ。差出人の名前と住所はこれにも書かれていない。

 ちなみに煌月の招待状は佐間経由で直接渡されたからか、便箋に切手も住所の記載も無い。ただ『五鶴神煌月様宛』とだけ書かれている。

「なぁ村橋さんもやっぱりどこぞの名門大学出身なんか?」

 羽田が聞くと彼女は蠱惑的な笑みを浮かべながら、

「別に名門出という訳ではないわよ。ファッションデザイナーの学校に通っていた事があったってだけよ」

「じゃあ職業はファッションデザイナーなん?」

「いいえ、私には才能が無かったみたいでね。でも外見とスタイルには恵まれたから、今はファッションモデルで生活しているの」

「作る方ではなく着る方になった訳やな」

 確かにお世辞抜きに容姿とスタイルは良い。ボディラインが良く出る服装だからよくわかる。ブランド物のバックを持っているところを見るに、稼ぎは良いみたいだ。

 煌月は元通りに紙を折って便箋に入れて村橋に返した。

 一連の自己紹介の流れで、煌月は頭の中に他の参加者達の情報を入力していく。バスで自己紹介した参加者についても、新たに知った情報を更新していく。

 木村美緒。名門ではないが、都内の経営学部を今年卒業する予定の大学四年生。彼女曰く、『資格マニア』だという。中学一年生の頃から資格取得にドハマりしたらしく、取得した資格は三桁を超えるらしい。

「行政書士や簿記といった実用的なものもあるんだけど、七割くらいはマイナーな資格なんだよね。一番の大物は司法試験。去年予備試験に受かって今年の本試験も合格した。

 ストレートで取れたのはいいんだけど、ウチは試験に合格することが目的だからさ。弁護士とか裁判官とかをやろうと思った訳じゃないんだよね~。両親は将来安泰だから絶対やりなよって言うんだけどさ」

「めちゃくちゃ頭が良いじゃねぇかよ」

 大宮は大笑い。高校生組は六人揃って目を丸くして、羽田と村橋と氷川は固まった。

「弁護士は高収入を見込めるし、裁判官も一般的に社会的地位が高いからね。自分は弁護士になることを勧めるよ」

 瀬尾田から大人の意見が出る。竹山は同意するように何度も頷いている。本人は背もたれに体重をかけて天を仰いだ。

「やっぱり法曹界に入る方が良いのかな~。そうだ、ウチの招待状ね。なんかウチが司法試験に受かった事が書いてあったんだよね。優秀な人だから招待しますって感じの文面でさ。何で知っていたのかは分からないんだけども」

「主催者の情報収集能力は高いようだ。木村さんは自分とペアだね」

「みたいだね。宜しくお願いします瀬尾田さん」

 学生組以外は二人一組。人数的には三人組の方が有利そうである。

「美緒さんと瀬尾田さんがペアなら、残りは消去法で大宮さんと竹山さんがペアだね」

 ルナアリスの確認に大宮と竹山は同時に頷いた。

 次は天野・ルナアリス・奏。日本、イギリス、スウェーデン、リヒテンシュタインと四つの血を持つ帰国子女。父親が日本人で母親がイギリス人。制度上自分の国籍を日本籍かイギリス籍かを選ばないといけないが、それはまだ保留中だという。

 年齢は今年で十一歳、最年少の参加者だ。

「保護者が来ていないみたいだけど大丈夫かい?」

 瀬尾田が心配そうに聞くと、

「日本は安全な国だし大丈夫だろうって両親が許可してくれたんだぁ。仕事で忙しくて来れないみたいだし」

 気を使ってくれた瀬尾田に明るい笑顔を見せた。

「ちなみに招待された理由に心当たりは?」と煌月が聞くと、彼女は小さな胸を張った。

「私ね、イギリスの名門大学を去年卒業したんだ。それが理由なんだって。一番にはなれなかったけど、次席で卒業したんだ。凄いでしょ?」

 その経歴に誰もが驚きの色を隠せなかった。否、煌月だけは眉一つ動かさなかった

「卒業を切欠に、お父さんの祖国の日本へ帰ってきたんだ。そしたらお父さんの知り合いから招待状を貰ったんだよ」

「その人が主催者?」

「う~ん分かんない。そこまで聞かなかったよ」

 小さな頭を横に振った。黒いツインテールが揺れる。

 一般的な言い方をすれば、帰国子女の天才少女といったところか。話を聞く限り日本生まれのイギリス育ちだな。

 次は竹山翔。謎解きクリエイターという、職業なのか称号なのかイマイチ分からない肩書を持つ男。リアル脱出ゲームの企画に携わった経験も多く、マニアの間では有名人らしい。

「僕の場合は招待状というよりも挑戦状でしたけどね」

 竹山も偏差値の高い京都の名門大学出身で、高学歴に分類される人間だ。

「主催者に心当たりはありますか?」

「無いかな。出版関係者から、頭の良い人を集めて不定期に謎解きゲームを開催する酔狂な大富豪がいるって噂は聞いていたから、多分それかなと」

「結局正体不明か。これは演出なんですかね?」

「そうかもしれませんね」

 次は大宮小次郎。職業はフリーライター。自称三流新聞記者。新聞記事を書いたり取材した内容をマスコミに売るなどして生活費を稼いでいるという。

「言っとくけど俺の最終学歴は三流の公立高校だぜ? 謎解きは戦力外よ。何故自分に招待状が届いたのか、理由に全く心当たりが無いんだよな。一応俺の招待状を見てみるか?」

 煌月が現物を調べたが文面が多少違うだけで村橋のと内容は一緒だ。竹山とペアだという事も書いてあった。

「郵送で届いた招待状は、どれも消印が同じですね。同じ日に同じ場所から纏めて送ったようです」

 その事実自体に何ら不自然は無い。対応した郵便局からそんなに離れていない所に、主催者は住んでいるのではないかという予想が立っただけだ。

「俺はその日暮らしの人間だからよ、半信半疑だけど一億の賞金に飛びついちまったよ。どうせカレンダー通りの会社勤めじゃないから、時間の融通はいくらでも利くしな」

 まるで笑い話のようだと賞金の事を信じていないようだ。

 次は羽田一志。関西弁で喋る根っからの阪神ファン。丸眼鏡を掛けていて趣味は野球観戦とクイズ。雑誌の懸賞付きクロスワードパズルやクイズに何度も応募して小遣い稼ぎをしているらしい。

「ちなみにご職業は何ですか?」と煌月が聞くと羽田は白い歯を見せて、

「特に働いとる気は無いんやけど、強いて言うなら『大家』やな。ワイ、爺さんの遺産のお零れで土地付きのマンションをもろたんや。割とええ立地で築年数は今年で七年ちゅう優良物件でなぁ。家賃が満員御礼や。そこの外科医の先生程やないだろうけど、まぁ贅沢させてもろてますわ」

「へぇ羨ましいねぇ。俺なんか親父の遺産、姉貴と兄貴に殆ど持ってかれてよ。札束一つ手渡されただけで終わったぜ」

「なんや、大宮さんのトコは仲悪かったんか?」

「まぁそんなところさ。もう何年も連絡すらしてねぇ。ところでアンタ、学歴はどうなんだい?」

「地元の高卒や。勉強出来へんもんで大学なんて行こうとも思わんかったわ」

 自分の学歴の事に関して思うところが無いようだ。

「大家になる以前に何か仕事に就いていましたか?」

 煌月が追加の質問を投げた。羽田は眼鏡のブリッジを上げてから、

「ちっこい会社で配送のトラック走らせとったわ。その会社が潰れて次の仕事どないしよとか考えてたら、遺産のお零れもろてな。これ、働かんでも飯食えるやんってなったんよ」

「成る程。そんな経緯があったんですね」

 羨ましいなと鷲尾が漏らした。

 次は氷川冷華。子役とモデルの経験ありで最近人気が急上昇中の若手女優。すらりと長い足に腰の括れ、豊かすぎず貧しすぎずの胸元。女性の平均身長よりもやや高めの均整のとれたモデル体型だ。十人が見れば十人とも美人と口を揃える美貌は、どこかミステリアスな雰囲気を纏っているようだ。派手めな村橋とはやはり対照的だ。

 彼女も高学歴であり、クイズ番組に出演した事で主催者の目に留まり、招待状が届いたというのが本人の談だ。

「主催者については分かりませんが、そういえば招待状と一緒に問い合わせ先が書いてある紙が入っていました」

氷川に注目が集まった。

「それは本当ですか?」

「はい。実際に電話したら主催者の使用人を名乗る人が出ました。主催者はゲーム終了後に正体を明かすと言っていましたよ」

 ホール内がざわつき始めた。

 これは貴重な情報だ。誰も問い合わせ先の事は言わなかった。私も含めて問い合わせ先が招待状に書いていなかったからだろう。

「その問い合わせ先が書いた紙などは今お持ちですか?」

 煌月の質問に氷川は首を横に振った。

「すみません。書いた紙は持ってきていないのです」

「スマホに登録したとか、通話履歴で番号が分かりませんか?」

「いえ分かりません。登録した覚えはありませんし、最初は疑っていたので問い合わせ先にはマネージャーのスマホから掛けたので……」

「お手数ですがマネージャーに連絡して確認して頂く事は可能ですか?」

 氷川は困ったような顔を横に振った。

「それは多分無理ですね。さっき気が付いたんですが、ここは圏外のようでして」

「なんや? 氷川さんのも圏外なんか?」

 羽田がポケットからスマホを取り出した。他の参加者達も各々が持っているスマホを確認し始める。煌月のも圏外と画面に表示されていた。

「どうやら全員圏外らしい」

「まぁ山奥の方でしたからね。どのキャリアも繋がらないんでしょう」

 竹山はポケットにスマホを戻した。

「あ~あパパとママにお城の写真を送ろうと思ったのになぁ」

 ルナアリスは頬を膨らませた。

「まぁ有給中に電話してくる同僚はいないから別に不便はないんだが、他の人は大変そうだな」

「ワイも滅多に掛かって来んから同じやな」

 鷲尾と羽田にダメージは無いようだ。逆に高校生組はちょっとした騒ぎになっている。

「ま、スマホの事は気にしてもしょうがねぇよな」

 大宮もダメージは無い様だ。スマホをポケットに仕舞った。

 山奥とはいえある程度切り開いた所にあるわけだし、この近くには多分キャンプ場とかがある筈だ。流石にどのキャリアも圏外で電話すら出来ないって事が有り得るのだろうか? この地域の収益と利便性を考えれば基地局の整備くらいはしていそうなものだが。

 煌月は左手を口元に当てながら自分のスマホを眺めている。

「まぁスマホ圏外問題は置いといて、最後は探偵さんだぜ」

 大宮に促されて煌月は自己紹介をした。自分が警察の捜査に協力している事や、容姿から白髪探偵という渾名で呼ばれている事を話した。

「何でも屋をしている知人経由で招待状を受け取ったんです。主催者については、その知人が伏せておいてくれと言っていたので分からないです。億単位の賞金の件は招待状に書かれていました」

 正直なところ煌月は賞金に興味が無い。参加した理由は、佐間が依頼料を受け取れるようにする為だった。

「ところで学歴聞いてもいいかい? 学歴が高い人がいるからよ、ちょっと気になったんだが」

 大宮の質問に煌月は表情を動かさない。

「大学には行っていませんよ。私立の小学校と中学校をエスカレーター式で卒業したという扱いになっていますが、それは便宜上の事なので学歴は実質ありませんね」

「便宜上ってどういう事情なの?」

 ルナアリスが追加の質問を投げた。

「学校という名前が付く機関に通った事がないのですよ。家庭の事情で、特殊な施設に入っていました。一通りの教育は受けていますが、学歴を比べれは私が一番低いですよ」

「特別な施設?」

「例えるなら……そうですね。仕事を手伝っていたら、いつの間にか普通の社会人と違う道を歩くようになる不思議な孤児院。ですかね」

 煌月以外の全員が消化不良な顔になった。

「俺はてっきり東大でも出てるのかと思った。まぁ人生は人それぞれだしな」

 これ以上突っ込むのは避けようと思ったのか、大宮は話を切り上げようとした。

 煌月はこれ以上話を続ける気はないようだ。終始人形のように表情を変えなかった。

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