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自己紹介が終わったタイミングを図ったようにホール内に声が響いた。変声機を通しているようで、男性か女性かすら分からない低い声だ。全員が一瞬で黙った。
『参加者諸君、我が城へようこそ。私はゲームマスターだ。早速リアル脱出ゲームの説明をしよう。一度しか言わないからよく聞きたまえ』
言い終わった直後にホール内を、何かを叩きつけるような音が駆け抜けた。
「おい!? アレを見ろ、入り口が塞がっていくぞ!」
鷲尾が指差した方向にある入り口に鈍色の格子が降りていた。更に外壁と同じ色の壁がシャッターのように降りてきて、入り口は完全に塞がって見えなくなった。
『今、唯一の入り口を完全に封鎖した。謎解きは三つのフェーズに分かれている。第一フェーズをクリアすると、居住エリアに進むことができる。居住エリアには食料などの物資を用意しているので、自由に使ってよい。今晩宿泊する為の客室もそこに用意してある。まずは第一フェーズのクリアを目指すがいい』
参加者全員がゲームマスターの声を一言一句漏らさないように耳に神経を集中させている。
真上か、声の発信源は。
椅子を引いて天井を仰ぐ煌月の目に、黒いスピーカーらしきものが映った。シャンデリアの根本からそんなに離れていない場所だ。
やっぱり変だこの城は。あるはずのものが見当たらない。
天井を一通り見ても目当ての物は見つからない。
『第二フェーズは、居住エリアに踏み入った所からスタートだ。但し日付が変わって午前六時になるまでは半分までしか解けないようになっている。つまり残りの半分と第三フェーズは明日にならないと解けないということだ。第三フェーズをクリアすれば脱出成功となり我の城から出られる』
巧妙に隠してあるのか。調度品と組み合わせるのも方法の一つだが、それらしい調度品自体が無い。。
煌月は口元に左手を当てて城内を見渡している。勿論耳にも神経を張っているが、思考は周囲に向けられている。
『このゲーム、参加者達内でチームを作ったがゲームマスター対参加者の勝負だ。君達はライバルではなく仲間だ。組み分けはしたが、互いに助け合い協力し合ってゲームに挑んでくれたまえ』
参加者達は見えない糸で操られたかのように互いの顔を見合わせた。
『最後に注意事項。時間制限は無い、質問には答えない。以上だ』
ブツッという音が一つ、声は聞こえなくなった。それから数拍置いて、塞がった入り口の反対側の壁の一部が奥側へ動き、その後シャッターのように持ち上がった。その向こうには階段が見える。
「なんか一方的だったよね。リアル脱出ゲームってこういうものなの?」
曽根森が席から立ち上がりながら吐き出すように漏らす。
「え~どうなんだろう?」と村上も首を傾げる。
「演出にしてはかなり雑だったような気がします。ま、それよりも先へ進みましょう。でないと今夜の寝床もなさそうですよ」
竹山も立ち上がって眼鏡のブリッジを上げた。瀬尾田も立ち上がり足元に置いていた高級そうな鞄を持ち上げた。
「そうらしいな。全く……」
鷲尾は安そうな手提げ鞄の取っ手を乱暴に掴む。
疑惑の欠片はあるものの、出口が塞がれた以上先に進むしかない。参加者一行は現れた階段へと歩いていく。横幅は大人が二人並んでも少し余裕があるくらいの長さ、角度は気持ち緩めで踏板は広く固めの絨毯がはめ込むように敷かれている。両壁に等間隔で並ぶランタン型のライトが、薄く弱いオレンジの光で照らしている。
階段の執着点の先には奥へと続く廊下が口を開けていた。一本道の廊下の先へと足を進めれば、そこには広さが二十四畳程の正方形の部屋があった。階段を背にした時丁度正面に見える壁の位置に青い扉がある。天井には、エントランスホールよりも小さくてデザインが違うシャンデリアが部屋を照らしている。
「ここが第一フェーズだな」
甲斐が中央のテーブルに近づいて言った。そのテーブルの上には『第一フェーズ』と書かれたカードスタンドが置かれている。そして同じ大きさの正方形が上下に交差しながら並ぶ図形が書かれた紙が一枚ある。
「すみません甲斐さん。私はリアル脱出ゲームは初めてでして、流れがいまいちわからなくてですね。何かコツみたいなものはありますかね?」
煌月の問いにすぐ横にいた甲斐は嫌な顔をするどころがむしろ誇らしそうな顔だ。
「流れは簡単に言うとですね。問題を探す、それがどういう問題か把握する、問題を解く、その答えがどこに使われるかを探す。こんな感じになります」
煌月は左手を口元へ当てた。
「問題を探すのは探偵さんが得意そうな気がします。でも見つかった問題が不完全な場合があるんです。これは一番わかりやすい例ですよ」
テーブルにあった紙を見せた。正方形が並ぶ図を指差した。
「これは多分クロスワードパズルですね。ここを見てください、交わった所の色だけが赤くなっているでしょう? 文字を入れていって、交わっているマスの文字を繋げて別の言葉を見つける問題だと思います。でもクロスワードパズルだとするなら、どの列にどんな文字が入るのか書かれていませんよね。だから不完全な問題、完全な問題にする為にはもう一枚探さなければならない」
「成る程、大体分かりました」
「見つかった時に完全な問題ならそのまま解く。この手のゲームは解いた回答が別の問題を解く為に必要になる場合が多いです。つまり手順通りに順番に解いていかないといけないということです」
「順番に解く、か。ご教授ありがとうございます。私も探索に加わります」
「いえいえ、何か見つかったら俺にも教えて下さい」
煌月にとって初めてのリアル脱出ゲーム。しかし脳裏にはこの城に踏み入れた時からある矛盾が張り付いていた。それが矛盾ではないという証拠は見つかっていない。
謎解きに協力しながら部屋を調べるが、結果はエントランスホールと同じ。
この部屋にも無い。ある筈の物なのに無い。
煌月が抱いた矛盾が、ここでも解消されない。
第一フェーズは一時間と少しで突破した。各参加者達はそれぞれの成果を持ち寄って先へ進む為のコードに辿り着いたのだ。
隠されていたくす玉を割ったり、ガラスとライトを組み合わせた仕掛けを解いたり。謎解き自体は、中々退屈させないレベルの難易度に設定されているようだ。
煌月も二つ謎を解き、テーブルの裏に張り付けてあった鍵を発見した。甲斐が言った通り、中央のテーブルにあった紙はクロスワードパズルだった。羽田が日本語ではなく英語の綴りで書き込まないといけないことに気付き、英語に強いルナアリスがアシストして真の回答に辿り着いた。
奥への青い扉は電子ロックが掛かっていた。城内に入る時の正面入り口にあったのと同じ様に、テンキーに番号を入力して開けるタイプだ。部屋の謎を全て解いたことで獲得した番号を入力する事でそのドアを開ける事に成功した。
その先には真っ直ぐな廊下が静かに参加者達を待っていた。
「この先に居住エリアがあるんだね。行きましょ煌月さん」
煌月のズボンをルナアリスの白く細い指が摘まんで引いた。各々がダラダラと廊下の先へと進んでいく。
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