神絵師が自分の描いた女の子に恋をした話

@arumikann

第1話


 起きる、学校へ行く、家に帰る、絵を描く、寝る。

学校がない日は2つ目と3つ目を飛び越えるだけ。

これが私の生活の全てだ。


 高校2年の春なんてまさに青春絶好調だとか知らんこっちゃない。


 メイクして自分を可愛くすることよりも、どうしたらこの子をもっと可愛く描けるかの方が興味あるし、好きな人作って告白するより、自分で理想を考えて描く方が楽しいし、部活に打ち込んで絆だなんだとかよりもひたすらにペンを走らせることの方がずっとずっと有意義に感じる。


 所詮私は陰キャで根暗でオタクで、絵を描いてネットにあげてたくさんいいねを貰って満足することでしか生きていけない。

.........はずだった。




 その日は朝から土砂降りの雨で、リュックは濡れるしノートがびしゃびしゃになるしで大惨事だった。


 強がって傘差すんじゃなかったと、視線を走りすぎていく電車に向ける。

黄色い光で満たされた四角い窓の中は、爪先まで冷たいこちら側と違って、いかにも暖かそうだ。


 いつからこちら側に立つようになったのだろう。

暖かくて幸せそうな黄色い世界と、ぞっとするような静けさと寒さで覆われた世界。どちらが私を受け入れてくれるかなんて、火を見るより明らかだ。

だからこそ、キラキラしたの絵を描いたりして、冷え切った体をあたためてる。




 ふと、学校をサボって見てみたくなった。

何の意図もない。強いていうなら、黄色い灯りに当てられて、一歩踏み出して見たくなった。


 実際には私が学校をサボったことで何かが変わるわけではないのだが、濡れそぼってすっかり冷えた心の底では、密かに奇跡が起こることを信じていた。


 駅まで走って、学校とは反対側へ行く電車に飛び乗った。


 中は予想通り空いていて、私の他には痩せたおばあちゃんと、旅行中の外国人くらいしかいなかった。

扉のすぐ側の席に座った瞬間、冷静になって降りようとしたけど、立った瞬間にドアがしまったので、もう引き返せなくなった。



 カタンコトンと揺さぶられること30分、もうここまで来たのなら最後まで行ってやろうと決めた。


 いつの間にか雨は上がり、光の刃が雲を突き抜けて辺りを照らしていた。不思議と焦りと不安も消え、今なら何でもできる気がした。


 とにかく、遠くまで行きたい。学校から、現実から、できるだけ遠い場所へ。いろんな電車を乗り継いで、最後まで行った。


 私が動ける最大限の小さな世界の端っこは海だった。


 潮の香りを肺に溜めながら時計を見たら、1時を少し過ぎていた。お腹が空いていたことに気づいた。


 駅から出て、すぐ近くにあったファミレスに入った。店員さんは一瞬制服を着た私を見て、疑うような目を向けたが、すぐに営業スマイルに戻り、席を案内してくれた。


 窓から見える海を眺めながら、のんびりとパスタを食べた。

どこにでもあるような普通の味の普通のナポリタンだったが、美味しかった。


 平日の静かな店内の雑音も、硬めのクッションも、パスタをフォークに巻きつける感覚さえ、全てが愛おしかった。


 そして同時にもう二度とそれらを体感することができないことを悟った。





 あ、描きたいな、と思った。



 この自由という名の麻薬が切れないうちに、絵を書きたかった。


 慌ててリュックの中からペンとノートを取り出したけど、ああ、忘れてた。ノートはさっきの雨で濡れて変形していた。


 仕方がないので机の上にあった紙ナプキンにペンを走らせた。


 まるで意思を持っているかのようにペンが紙ナプキンの上を滑っていく。

頭の中にあるイメージを、一寸の狂いもなく明確に起こしていく。


 せっかく海まで来たのに描いたのはいつものような女の子の絵で、だけど私は彼女を構成する髪の毛の線の一本にまで恋をした。


 まちがいなく今まで描いた絵とは何かが違っていて、でもそれが何なのかわからなくて、ただただ彼女を見つめることしか出来なかった。

 

 私と彼女が違う世界の住人だという事実を恨みたくなった。

「二次元へ行く方法」などという訳のわからないことを検索したことはないだろうか。私は今それを本気で知りたくなった。



 もし神なんて存在があるんだったら、今すぐに彼女をこの紙ナプキンの中からひっぱり出して抱きしめる方法を教えてほしかった。



 


 来たときとは逆の電車に乗って家路につくと一気に現実に戻された気がした。

でも痛いほどに胸を締め付けるこの感覚はホンモノで、今日の出来事が夢じゃないことがわかった。


 何食わぬ顔して家に帰ると、お母さんはもう既に夕飯の支度を始めていて、お父さんはまだ帰ってきていなかった。


 私が学校をサボったことはバレてなかった。

ほっとしたのを悟られないように、「今日のごはんなに?」と聞いた。

「パスタよ」と言われてフライパンの中を見るとナポリタンだった。





 朝目が覚めてにリュックからあの子が描かれた紙ナプキンをとった。

と思ったらそれはただの紙ナプキンだった。

慌ててリュックをひっくり返すけどない。どこにもない。


 私が恋したあの子は、一晩で泡のように消えてしまった。





 なくしてしまった罪悪感と確かにリュックに入れたはずなのにという苛立ちは、朝のHRで消え失せた。


「は......?」


 髪型、顔の形、目の位置、笑い方。

私が恋した彼女だった。


「今の時期じゃ珍しいけど、転校生だ。仲良くしろよ」


なんて言う先生の声なんて耳に入ってる訳がなくて、


「三月うみです、よろしくお願いします」


なんてにこって笑ったから、胸がぎゅってなって。




 あ、目があった。


彼女は照れたようにはにかんだ。





 




 



 

 




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