第27話 人生最期の社員旅行

僕が山登りをしていた時期というのは、

正社員として社員旅行に行ったラストシーズンだった。


社員旅行で役員に気を遣って酒を注ぎに行ったりとか

そういう気を遣わなきゃダメだろとしごかれたり

会社関連のイベントはいい思い出がない。


なにしろ会社というのは上下関係、主従関係で締め付けてくる世界だからだ。


僕が新人の時から社用携帯を支給されて

「何かあったら土日祝日だろうが駆けつけるのが俺らの仕事だ」

と教えられたり。


実際にそれで大事な土日祝日を崩されて精神が崩壊しかけたこともあった。


僕にしてみれば、会社に所属していることそのものが

足枷としか感じられなかった。


会社に対しては様々な思いを抱える中、最期の社員旅行。

当時、その時が最期になるとは思っていなかったが

会社から心が離れているのがわかっていたので

「これがこの会社において、自分の中で最期の社員旅行」と位置付けていた。


それまでは毎年のように上司らに酒を注いで回っていたが

この年だけは酒を注ぎに行かず、仲の良い同僚と話すだけにとどめた。


僕は会社のイベントがあっても、少しでも会社や

会社の人間から距離を取ることにしていた。


そんな微妙な距離感を保ったまま終わった社員旅行の翌日に

僕は茨城の筑波山に向かった。


当時所属していた会社の社員旅行が終わった翌日に、

一泊二日で茨城に泊まり込み、筑波山に突入。


筑波山は百名山の中でも一番難易度が低いと言われる。


一日茨城のビジネスホテルに泊まって

その翌日に早々に筑波山を目指し

日曜日に帰ってきて、月曜日には何食わぬ顔で業務をする、


そんなプラン。


例によって山に到達するまでの方が距離が長い。

最寄駅からバスで向かい、速攻で山頂に向かい、下山して自宅に戻る。


電撃的な旅行だったので茨城名物をそんなにじっくり味わずに終わった印象。

特にお土産も買わなかったのを覚えている。


筑波山そのものは登るのに苦労はなかったが

道中の景色が綺麗でさすが百名山の一角に入るだけある、

と思わせるには十分だった。


月曜日が近いから急いで下山しないと、

というのが僕の中でかなり煩わしい条件だった。


会社があるという理由で長くその土地にとどまれない。


僕の中で会社が煩わしい存在になってきていた。


平日は同僚と距離をとってやり過ごし

平日のストレスを土日に発散する、

こんなことをしばらく続いていた。


土日に山行の計画を考える中で、

少しずつ会社に「違和感」を覚えるようになっていった。


「ゴール達成に使える自由な時間が土日しかない」と。


そう、いつからか僕の人生のゴールが「会社を辞める」ことに書き変わっていたー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る