3 噂好きの同僚です

「それに最近は、違法オートマタだけじゃ飽き足らず、別の勢力も出てるって噂ですよ」

「別の勢力?」

「え、興味ありますか? 伊野田研究員」

 小橋はそう言って茶化した。伊野田も、ふっと笑う。

「ありますよ、小橋研究員」


 すると小橋は身を潜めて目配せをする。通りには自分たちしか居ないのだから必要ないのではと思いつつ、伊野田はわずかに身を屈めた。前方から人がやって来るのが見えた。小橋はささやくように告げた。


「噂じゃ中立地帯のさらに奥地、ハザマって名称の土地からアンドロイドが入り込んでるって聞きます。なんでも僕たちヒューマンとなんら見分けが付かない代物らしいですよ。今の所攻撃を仕掛けてくるわけでもないみたいですけど、なんの声明もださず入り込んでくるって、不気味ですよね」

「なんでそんなこと知ってるんですか」


 再び姿勢を戻し、歩きながら聞いた。前方から女が歩いてくる。

「ほら。この間、キーフロアに運び込まれたっていう新しい機体素材あるじゃないですか」

「ああ、あったね」

「あれが、アンドロイドがハザマから持ち込んだ未知の素材って噂です。他にもありますよ……」

「本当に?」

 伊野田は、琥珀色の瞳を丸くさせて小橋の顔を覗き込んだ。自分より頭二つ分背が低いので、再度身体を傾けることになったが。


「本当ですよ。噂になってるの気になって、搬入記録見たんですから」

「勝手によその課の情報覗き見るのも、ほどほどにしてくださいよ……」

 伊野田は半眼になって小橋をたしなめた。子供じみた見た目にそぐわず、無茶をする所員なのだ。

「まぁ、でも、そんな新素材があるなら、はやくお目に掛かりたい物だなぁ」

「その意気ですよ、新人研究員!」

「ああ。でも早く仕事覚えないと。また金森先輩にポンコツコネ野郎って言われちまう」


 伊野田は頭を掻いてそう言った。金森はセクションリーダーで、元スポーツ選手と聞いていた。見た目通り態度が大きく、口が悪い先輩だ。よく言えば面倒見がいいのだが、自分を嫌っていることは理解できた。


「金森リーダーは厳しいけど、口も悪いけど、仕事はちゃんとこなしますもんね。ぐぅの音も出ませんよね」

「早く追いつけるようになろ」


 伊野田がそう言いかけたとき、前方からやって来た女とすれ違った。

 瞬時に違和感を覚えた。物質として生み出された自分に備わった、違和感を察知する力が湧き上がった。


 ストレートヘアに乱れは無く、ワンピースにニットを羽織っている。黄金色に光る目を、まっすぐ伊野田に向けていた。頭上に円環はない。まばたきもしている。つまりオートマタではない。ヒューマンのはずだ。だが違和感は消えなかった。


女が通り過ぎた痕跡に、光の筋が見えたような錯覚を覚え、男は頭を振った。振り返ると、そんな痕跡などもちろんなく、男はふっと、前髪を吹き上げた。すると、隣にいた小橋が声をあげた。

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