虚構傀儡の女王

久納 一湖

序章

1 転職しました

 男がいた。

 何の変哲も無い、どこにでもいる男だ。髪はダークブラウン、背は百八十程だろうか。琥珀色の瞳は眠たげな顔をみせていたが、これがデフォルメだ。むしろ、今日もそれなりに仕事をこなせて、どこか満足感を帯びている。

 男はロッカーを開けて、白衣を仕舞う代わりにジャケットを取り出した。


 ここに来て二週間経った。毎日のように発生する新しいことを前にして、子供のようにはしゃぎまわりたかったが、彼は押さえた。見た目はいい大人だからだ。


 スーツにもだんだん慣れてきた。それらしい、年相応の振る舞いも。先輩職員に「ポンコツ」とか「コネ野郎」とか言われても気にならなかった。ポンコツはどうかと思ったが、コネ野郎はどことなく人間ぽい。


 それに、あの先輩は明らかに自分の事が嫌いだ。でも無関心よりもマシだなと思った。きちんと人間扱いされてると言ってもおかしくはない。それだけで喜びそうになる。

 以前の仕事に比べれば、天と地ほどの差がある。

 殺伐とした業務内容に危険な対象物。思い返せば物騒な仕事だった。あれが普通であると思っていたが、明らかに普通では無かった。今が、普通と呼べる状態なのだ。離れてみてようやくわかった。


 メトロシティではオートマタが利用されている。ほとんどが人型で、警備、医療用の他に家庭用も浸透しており、街を歩けば必ずと言って良いほどすれ違う。彼らは頭上に情報を表示させる円環を掲げ、決して瞬きをしない。それがオートマタとヒューマンを区別する印だった。


 だが、便利なモノがいつも正しく使われるとは限らない。正規品が開発される度に、粗悪な違法機体も比例して製造された。それもあろうことかオートマタ製造の重鎮である笠原工業が率先して製造していたのだ。男はそこに、少なからず繋がりがあった。


 その繋がりを断ち切るために、長い時間をかけて危険な業務についてきた。

 しかし、それもようやく終わった。晴れて新生活を送ることができたのだ。

 だからそれに比べれば、先輩からの憎まれ口など、かわいい物だった。

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