◇4 パラウェス帝国


 皇城行きの馬車に乗せられ、どデカい皇城で降ろされ、なんかお高い服を着た野郎共に皇子呼ばわりされ、どこかに案内されている。


 おいステータス、どっかにそれ書いとけよ。ふざけんな、どういう事だよ。


 まさか異世界転移され早々、皇子と呼ばれ帝国の皇城に連れていかれるなんて事、思ってもみなかった。いや、おかしいって。ねぇじいちゃん、もしかして皇族だったのか? いや、もしかして魔王討伐した後この国のお姫様と結婚でもしたのか?


 はぁぁぁぁぁぁぁ、と深海よりももっと深くすんごく長いため息を心の中でしてしまったのである。



「お探ししておりました、皇子殿下」


「ようやくお姿を見られて、我々も安心いたしました」


「こんなご立派になられて……!」



 いや、どういう事だよそれ。


 俺こんな所に来ちゃってよかったのか?


 てか、廊下を歩くたびにすんごく痛い視線をグサグサ刺されるんだけど。まぁこんな身なりの若い男が金持ちで偉そうな人達に連れられてるんだから仕方ないけどさ。


 ……なぁ、帰っていい?



 こちらへどうぞ、と召使いみたいな人がドアを開いた部屋の中に案内した。あれ、普通の部屋じゃん。よく貴族の屋敷にある客間みたいな。でも金ぴかで凄いな、俺きっと1時間しか耐えられないかも。


 お茶をどうぞ、と座らされたソファーの前にあるローテーブルにお茶を置かれてしまった。紅茶か、これ。高級品みたいなティーカップに、同じく高級品のような匂いのする紅茶。やばい、これ絶対手で触れちゃいけないやつだ。平凡な俺が恐れ多い。


 それから程なくして、また部屋の扉が開かれた。皇帝陛下でございます、と。



「会いたかったぞ、我が息子よ」



 と、手を握られてしまった。


 ……俺、どんな反応をすればいいんだ?


 確かに、凄く高そうな服を着てる。それに、俺が16歳だから、俺の親って言ってもよさそうな歳の男性。顔も似てるような、似てないような。俺の父親ってのもあながち間違いじゃない?


 それより、俺の手を握ってるお前のこの手、離してくれません?



 気を取り直して、俺の座るソファーの向かい側に座った皇帝陛下。そして、話し出した。



「ルイ、と呼んでもいいかな」


「あ、はい、お好きなように」


「はは、例え父親でも物心つく前にしか会った事がない人物ではそういう態度になるな。だが気を遣わなくていい、私とルイが親子なのは紛れもない事実だからな。

 ――ルイシス・レア・エルシア・パラウェス、君の本当の名前だ」



 そんな長い名前だったんか、俺。覚えきれないなそれ。


 でも、表情とか、雰囲気とか、性格とかはじいちゃんと正反対だな。もしかして、じいちゃんの子はこの人の奥さん? 最近亡くなった女帝は、じいちゃんと血の繋がった俺の母親って事になるな。



「ルイの祖父、私の義父であるアンリーク様は勇者の刻印を受け継いだ方だったんだ。そして、魔王を討伐し英雄となられた。その後はこの国の皇女と結婚なされたんだ」



 あ、やっぱりそのパターンか。それなら俺が皇子だってことに納得できるな。この国の皇族かぁ、いや、無理無理。全然実感湧かないし。


 てかじいちゃん、アンリークって名前だったんだ。地球じゃ違う名前だったよな。偽名ってやつか。



「皇女様とアンリーク様との間に出来た娘、セリシアは私の妻に当たる人だ。セリシアは一人っ子、だから王位継承を受けこの国の女帝となったんだ。

 そして、16年前君を授かった。とても嬉しかったよ。私達の間には、中々子供が出来なくてね。やっと授かることが出来て、夢のようだったよ。

 ……だが、その一年後、事件が起きルイがアンリーク様と共に行方不明となった」



 事件とは、と聞きたかったけれど、その件についてはもう少し心の準備が出来てからでいいだろうかと言われてしまった。まぁこんな顔をされれば、はいとしか言えないな。


 だけど、めっちゃ気になる。俺狙われたとか? こっわ。そしたら俺ここにいちゃいけないじゃん。



「だが、戻ってきてくれて本当に嬉しいよ。私達の、血の繋がった息子とまたこうして会うことが出来た。夢のようだ。だが……もう少し早かったら、こんなに大きく立派に成長してくれたルイの姿を、セリシアも見れただろうに……」



 確か、毒殺って言ってたっけ。しかも身近な人に。俺、この人がって思ってたけど、違うのか?


 と、思っていたけれど……



「……それで、ルイ。アンリーク様は」


「あ……数日前に亡くなりました」


「そう、か……」



 まぁ112歳まで生きてたけど。それは本当に凄いと思う。


 義理ではあるけれど、この人の父親だからかすごく残念そうだったけれど……何か違和感があった。



「では……今までどこにいたのかな」


「……」


「別れてから15年という月日が経ってしまった。私は、ルイの今までの話を沢山聞きたい。教えてくれないか」



 これ、話していいのか……? でも、分かってもらえるだろうか。違う世界で生きてました、って。違う世界の存在を知っているのかどうか分からないけれど、どうだろう。


 でも、ここは魔法とかある世界だから、分かってくれるような気もするけれど……



「話しづらいか。ならゆっくりでもいい。じゃあ……――【魔王の心臓】と【深海の宝石箱】」


「……?」


「今、持ってるかい?」


「え……?」


「その二つは、今までここで保管されていたのだが、〝あの事件〟で行方不明となってしまってね。その二つは実に危険なものなんだ。だからこの国で大事に保管していたのだが……もし持っているのだとしたら、こちらに渡してほしい」


「……」



 あったか? いや、何となく見たような。【無限倉庫】の中に色々ありすぎてまだ全部は把握できてないけど、たぶんあった。渡していいのか、と一瞬思ったけれど……


 この目。


 目の前の皇帝・・の、俺を見る目。


 これは……



 ――信用しちゃいけない目だ。



 俺はすぐに立ちあがった。その行動に、皇帝は驚いた。いや、警戒するような驚きようだ。この顔を見て、俺は確信した。



 【魔王の心臓】と【深海の宝石箱】は、この男・・・に渡しちゃいけない。



 この部屋の窓に駆け寄り、思い切り窓を開けた。



「ルイッッ!!」



 窓枠に、飛び乗った。


 下を見ると、この部屋が凄く高い位置にある事が分かる。でも不思議と、怖くなかった。



「アンタが俺の父さんだって何となく分かるよ。でも……信用するかしないかは、俺が決める事だ」


「戻りなさい、ちゃんと話をしよう」



 俺の家族は、じいちゃんだ。



「もう、俺はアンタと話す事はない。 【精霊召喚】――黒炎龍アグスティン」



 何となく、説明書を読んでるような。そんな感覚があって。勝手に頭が動いてるというか。知らず知らずにそんな事を唱えてて、俺は窓から飛び降りた。


 まぁ何となく怖くはあったけれど、ちゃんと着地は出来た。何だかごつごつした硬い所に降りたんだけど、足元がいきなり動いて。あ、さっき言ったな、黒炎って。



「なッッ!!」


「ルイッッ!!」


「陛下ッッ!! お下がりくださいッッ!!」



 じゃあね。心の中でそんな事を言いながら、父親に背を向けた。黒炎龍にこの場から目の前の方向に飛ぶようお願いをして。それを聞いた龍は、一度吠えた後、その場から飛び立った。


 俺の名を呼ぶ父親の声は、聞こえたけれど聞こえなかった事にした。


 すんごい風だったけど、振り落とされないよう、ごつごつした鱗の隙間を思い切り掴んだ。まぁ高所恐怖症じゃなかったのは幸いか。



「【全域バリア】」



 俺を中心とした範囲にバリアを張った。ふぅ、これで風抵抗はないか。ここから落ちたとしてもバリアに落ちるだけ。これで安心安心。



「……なんか、ガッカリだったかも」



 なんか事件があったみたいだけど、何があったんだろ。俺があそこで生まれた事は事実みたいだったけど、じいちゃんがあそこから地球に連れ出した理由って何だったんだろう。死んじゃったからもう聞けないな。言ってくれればよかったのに。


 まぁでも、いっか。


 とにかく今は、あの国よりももっと遠く、アイツの目の届かない所に行きたい。


 せっかく異世界に来たんだ、アイツに邪魔されるなんて御免ごめんだね。


 アイツが欲しがってた【魔王の心臓】と【深海の宝石箱】って、一体どんなものなんだろうか。まぁそれは後で確認すればいっか。



「じいちゃん、俺、頑張って生きるから」



 どんな事件だったのか分からないけれど、俺が小さい頃にじいちゃんが助けてくれたみたいだし? ま、どうなるかはやってみなきゃ分からない事だけどさ。


 精一杯、生きてやろうじゃん。


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