(元)皇女と蟲狩りは静かに恋をする。

春風 うさぎ

第1話 政略結婚

 白雪姫、眠りの森の美女、シンデレラ。


 誰もが憧れるお姫様と王子様は互いに一目会った時から恋に落ちて、ハッピーエンド。

 でもそれはおとぎ話の世界。

 

 現実のお姫様や王子様はそうはいかない。

 自分で結婚相手を選ぶなんてことはできない。

 ほとんど他国との絆であり連携を深める為、俗に言う政略結婚をしていた。


 東の大国、インイ国。

 この国もまた広大な領土を守るべく、外交、同盟の為に多くの皇女を諸外国へと嫁がせていた。

 ある者は親子ほどの歳の離れた男へ、ある者は辺境の地へ。


 その結婚が不幸になるか幸せになるかは関係なかった。それが皇族や名家に生まれた者の運命。さだめ

 選ばれた娘達は国の為民の為と、異国の夫に身を託し、不幸を嘆きつつ一人異国の地へと旅立つのだった。



 またここに一つの縁談が持ち込まれた。

 相手は西の同盟国、クエルの名家スペード家。

 インイは一人の皇女を政略結婚の相手に選んだ。


 彼女の名はエリーナ。

 遠いクエル国に嫁ぐ為に、一人国を出たのだった。





 風のように窓の外の景色が流れていく。

 国を出てからどれだけ経っただろう。

 6日か、7日か。

 これからある男の元へと嫁ぐのだ。あったこともない、顔も知らぬ男の元へ。

 

 私の名前はエリーナ、元はインイ国の皇女だ。

 しかしある事件がきっかけで皇族の身分を剥奪。そして地方へと流刑を命じられていた。

 絢爛豪華な宮殿生活とは程遠い、貧しい地方での生活を余儀なくされた。


 そんな生活が10ヶ月を過ぎた頃だった。

 突如皇室からの使者が訪れ、宮殿に戻るようにと命じられた。

 言われるがまま、用意された馬車に乗り宮殿へと戻ると皇太后からこう告げらえた。


「あなたを皇族の身分に戻します」と。

 そして「西国との縁談を受けてもらいます」とも。


 なんてことはない。

 条件の悪い縁談を押し付けられただけだった。


 皇女や名家の令嬢となれば、政略結婚は義務と言ってもいい。ただ、どこに嫁ぐかは重要だった。

 見知らぬ土地に一人で嫁ぎ、生涯をそこで過ごすとなれば、女の幸せは嫁ぎ先次第でもある。


 身分を剥奪した皇女を復権させてまで嫁がせる。それはつまり他の皇女や貴族に敬遠され、候補ががいなかったということ。条件が悪い相手ということになる。


 お相手の釣書をみて、「そりゃ無理だわ」と思わず声が出てしまった。

 身分を剥奪される前の私なら絶対にお断り。そもそも両親が許さないだろうから、話さえ降りてこなかったでしょう。


 まずこのお相手。

 同盟国クエル国の名家のライナス・スペード。将軍の息子で年は30半ば。

 クエルは辺境の国で、インイからはかなり離れている。里帰りなどは期待できる距離ではなく、片道切符の輿入れだ。


 それから職業。女性にとっては人柄や内面とかなんだかんだ言ってもやっぱり大事なところ。公爵と地方の下級官僚の長男じゃ雲泥の差があるもの。


 縁談相手はまさかの蟲狩りむしがり部隊の隊長を務めている。

 正直、女性受けは良くない。


 蟲狩りとは、古くからこの世界にいるむしと呼ばれる異形の魔物を狩る者の事。

 蟲と呼ばれる魔物は凶暴で、知性も高く時に今でも多くの人間や家畜が犠牲となっている。

 蟲狩りは人々から尊敬を集める一方で、蟲は時に蟲狩りの家を襲撃し、その妻子も殺すこともあると言われ縁談相手に喜ばれるとは言い難い。


 男はその蟲がりの中でも圧倒的な強さを誇り、数多の蟲を倒し、難攻不落といわれた蟲の巣穴を初めて制圧した鬼才だった。

 ただあまりの強さと執念ゆえに、時には部下を囮や見殺しにしても蟲を倒すという噂もある冷酷非道な男とのこと。

 気難しく冷淡な性格と言われている。


 そして容姿。

 もはや悪いとかそういう次元じゃない。


「こちらが婚約者様の肖像画でございます」


 すぐにいなくなる皇女への最低限の敬意だけを払いながら、役人がすっと肖像画を渡す。

 どんな方かしら、そう思いながら受け取る。

 

!?


 ・・・え?


 そこに描かれていたのは、とても凛々しい狼だった。

 上質な神に、高価なラピスラズリまで使用して丹精に描かれているが、どうみても狼だった。


「失礼、どうやらこちらの肖像画間違っているようですわ」


 突き返そうとするも、役人はそっけなく「いえ、そちらでございます」


 そちらでございますって、いやこれ狼よ。

 そもそも人でもないんですけど。

 え?もしかして婚約の話は偽りで、どこか更なる山奥にでも流刑させる気?!

 それとも、森に放置させてなぶり殺されてしまうのかしら・・・などと戸惑っていると役人はめんどくさそうに「ライナス様は常にこの狼の仮面を被られているそうです」


 役人の話では私の婚約者はこの狼の仮面を被り誰にも素顔を見せないそうだ。

 なのでどのような顔をされているかはクエルからの使者もわからないそうだ。


 白銀の狼の仮面を被った大柄の男。

 仮面の下の顔は目が三つあるとか、蟲の体液で顔のほとんどは焼けているとか、蟲に喰われて鼻がないのを隠す為に仮面をつけているなんて様々な噂が尽きない男。


 遠方で蟲狩りで狼の仮面を被った奇人。よくもまあ、ここまで揃えたもんだ。

 この条件を聞き、どこの家も娘を差し出すのを渋っていた。

 とはいえ、クエルは北方諸国と隣する国で西では重視すべき同盟国であり、縁談に応じないわけにもいかない。

 

 そこで目をつけたのが私だった。

 年は17、復権すれば皇女の身分。

 この条件ならクエルも文句はあるまいと。

 

 当然私には断る選択肢はなかった。

 断ればまた地方での貧しい生活。何かのきっかけで死罪を命じられる可能性もある。

 その縁談を受け入れ、はるばる遠いクエルまでやってきたのだった。

 

 蟲狩りか・・・。

 実際に会うことはほとんどなかった。

 インイにも蟲はいるが幸いにも被害が少なかった。

 人生のほとんどを宮殿で過ごしていたので、人を襲う魔物と呼べるような蟲をこの目で見たことはほとんどなかった。

 

 冷血非道な狼の仮面を被った蟲狩り。

 一体どんな男なのだろうか。

 鬼が出るか蛇が出るかーーー。

 

 窓から目を逸らし、静かに目を瞑る。

 母譲りの亜麻色の髪が、光に反射してキラキラと輝き、瞑った目を照らしていた。

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