第28話 取引
目が覚め、ぼんやりと天井を見上げる。
まだ外は暗い。真夜中だろうか。
それにしても、濃い一日だった。
ヴィルトのことはとても残念だった。彼が早く立ち直れるといいのだが。
ゼロのこともそうだ。まさかあの男が追ってきているとは。
長らく見ていなかったからか、油断してしまったのだろう。
あの執念を思えば想定できることだ。
しかし、それにしてもまさかここまで早いとは。
……いや、逆か。
もし接触してくるなら、より早い段階で接触してくると思っていた。そう、例えばパノプティスに住んでいた時点で。
それが、あの町が丸々捜索範囲外になっていたとは。
奴はあの町を牢獄と呼んでいた。ゼロがあそこに住むとは思っていないような口振りだった。
今後、きっと奴はこちらの行動をずっと把握した状態で動いてくるだろう。
これ以上余計なことを言われないようにするためにも、できるだけ会わないようにしたいところだが……正直なところ、難しいように思う。
体を起こす。
突然、因縁の相手に出会ったんだ。ゼロも大変だろう。
彼の寝袋を見る。
「……いない?」
魔導ランタンを引っ掴み、外に出る。
一体どこに行った? 何があった?
まさか、まさかとは思うが奴に連れて行かれたという可能性だってないわけではない。
(いや、まだ早い。それよりも……そうだ、もう一つ可能性がある)
村の中を探し回る。早く見つけなければ、また犠牲者が出てしまうだろう。
探して、探して、あの祭壇にたどり着いた時。ゼロとライラの姿が見えた。
ライラは一人の女性を抱えている。魔力を貰った後にも会った、干し魚をくれた活発な女性だった。
近づくにつれ、海の香りに血の臭いが混じり始める。
「許可をありがとう、神官様。話が分かる人で助かったよ……あっ、人じゃないよね。なんて呼べばいいの?」
「水龍よ。でも、呼び方なんてどうだっていいの。貴方が協力してくれるのなら」
許可? まさか……いや、そんなはずは。だって、彼女はこの村を守るべき神官だ。
殺す許可を出しただなんて、そんなはずはない。
「勿論。彼女にはちゃんと伝えておくからさ。それにしても、まさか彼女と繋がっていたなんてね。姿絵の件もそっちの依頼?」
「いいえ、私じゃないわ。私はただ使えそうな人員を寄越してって言っただけよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ姿絵が欲しいっていうのは本心か……ああ、彼に関しては僕が協力するまでもないんじゃない? もう罪悪感でぐちゃぐちゃでしょ」
祭壇の、階段の前へとたどり着いた時。
ふいに彼の赤い瞳がこちらを向いた。
ああ、予想通りだ。
奴が関わっていないことを喜ぶべきか、こいつの影響を悲しむべきか。
「……ごめんね、邪魔が入っちゃった。それじゃあね、神官様」
「ええ。また会いましょうね」
ライラは女性を抱えたまま海中へと消えていく。
振り返った彼は深いため息をついた。
「あのさ、邪魔しないでほしいな」
「そうはいかない。これ以上お前に好き勝手はさせない」
彼は頭を掻いて目を逸らす。
「あー、面倒だなぁ。悪いけど、僕は僕のやりたいようにやらせてもらうよ」
やりたいようにやらせる? そんなこと、させてなるものか。
自然と眉間に力が入る。
見開かれた目で俺を見た彼は、珍しく眉を下げた。
「言っておくけど、これってゼロのためでもあるんだよね。そこは知っていてほしいかなって」
……ゼロのため?
何を言っているんだ、この男は。
「意味がわからない。あの子のため? それが?」
そんなわけがない。
ただいたずらに、あの子の魂を汚しているだけだ。
「ふざけるのもいい加減にしてくれる?」
「やだなぁ、ふざけてなんかないよ? これでも僕は真剣なんだ。それに今回は何も言われる筋合いはないよ」
彼は手を大きく広げてくるりと回る。
「だって、ここの管理者でもある神官様から直々に許可を貰ったんだから。ま、事後承諾だけど」
どうやら本当に神官自ら許可を出していたらしい。
なぜ? なぜそんなことをする?
守るべき村民をこいつに差し出す理由でもあるのか?
「とにかく邪魔しないでほしいな。本当にゼロのことを思っているのなら……これ以上僕に干渉しないで」
「それはできない。俺はお前を止めなくちゃいけない……ゼロのために」
彼は広げていた腕を下ろす。
「やめてよ」
やけに、彼の声が通った。
静寂の中、波の音だけが聞こえる。
彼は拳を握りしめていた。
「ねえ、君はゼロの友達……親友なんでしょ? 僕は君を疑っているけど……もし本当にそうだっていうなら、証明して」
証明? 彼の言うことを聞くことが、証明することになると……本気でそう、思っているのだろうか?
俯いた彼の顔は見えない。
ただ、その声は微かに震えていた。
その姿が、どうにも寂しそうに見えて、俺は……一瞬、手を伸ばしかけた。
こいつはゼロにとって害ある存在だ。そのはずなんだ。
「……それに、僕なんかに構ってる場合じゃないでしょ? 君はお兄様からゼロを守ることだけ考えていればいいんだ」
顔を上げた彼は、いつもの通りにニッコリと笑っている。
「それじゃあ、僕はもう寝るよ。あまりゼロに夜更かしさせるわけにもいかないからね」
横を通り過ぎようとする手を、咄嗟に掴んだ。
「……何?」
彼は振り向かなかった。ただ、静かに問いかけてくるだけだ。
「お前は」
俺は何をしているんだろう。
こんなこと、こいつに聞いても何も意味がないだろうに。
「お前は本当に……あの子の味方なの?」
振り返った彼は、どこか寂しげに頷いた。
しかし、その顔はすぐに腹立たしいあの笑顔へと置きかわる。
「僕はずっとそう言ってるよ。君が信じるかどうかじゃない? じゃあ、僕はもう行くから」
手を振り解いた彼は祭壇を降りていく。
その後ろ姿を見て、やはり寂しそうだと感じる。
どうして俺はそんな感想を抱いたんだろうか?
あの存在はどう考えても、あの子にとって毒だというのに。
なぜ。
海を振り返る。
微かに赤色が漂っている。あの女性のものだろう。
静かに目を閉じる。
あの神官は……きっと、人間の味方というわけではないのだろう。
水龍だと言っていた。混じり物とも呼ばれる亜人とは違う、純粋な種。
奴らは自分本位な生物だ。それを考えれば……最低限、神官として魔力の調整を行なっているかどうかも怪しい。
彼女にこの座は相応しくない。早く次の神官へ代替わりしてほしいものだ。
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