第15話 坑道
翌朝。
寝袋での睡眠に慣れていたからか、ベッドで眠ったわりにはあまり寝た気がしない。
「ここが件の坑道ですか」
僅かな気怠さを抱えたまま、私達は坑道の入り口に立っていた。
入り口から奥には鉱石を運ぶためのトロッコ用なのか、レールが敷かれている。
手に持った魔導ランタンで奥を照らそうとしても、長く続く坑道の奥は暗闇のままだ。
「うわぁ、ここからでも魔力の濃さが分かるよ」
「そうなのか。かなり危険ということ……?」
ヴィルトの言う通り、魔力が濃いということはそれだけ強い魔物が出やすいということでもある。
ここから先は私とセキヤだけで向かった方がいいだろう。
「では行きましょうか。ヴィルトはここで待っていてください」
「… …俺も、行きたい」
ヴィルトは拳をぎゅっと握って見つめてくる。
「気持ちは分かるんだけど……これ、多分かなりの数が住み着いていると思うんだよね」
「そう、か」
肩を落としたヴィルトに、セキヤが笑いかけながら両手を振る。
「ほら、俺とゼロは怪我してもヴィルトに治してもらえるから大丈夫だけど、ヴィルトは自分を治せないじゃない? 万が一を考えると、ここで待機してもらいたいんだよね」
私も乗っておいた方がいいだろうか。
どう言ったものかと考える。
正直なところ、狭いであろう坑道内にまでついてこられても邪魔になりかねない。
そもそも、この程度で私達が怪我するとも思えないが……事実をそのまま話すことが良いとは限らない。
「私達に何かあった時のために、ここで待っていてもらえますか?」
結局、セキヤの言葉をそのままなぞるような形になってしまった。
ヴィルトは納得したらしく、こくりと頷く。
「……わかった。待っておく」
「ありがとう、ヴィルト。荷物番もお願いね」
「任せて」
「じゃ、準備しよっか」
セキヤはジャケットをめくる。裏には色が異なる液体が詰められた何本ものシリンダーが収められていた。
「付け替えておかないと。消音と貫通性能重視でいいかな」
セキヤは慣れた手つきで銃に嵌め込んでいたシリンダーを外すと、緑と茶色のシリンダーと交換する。
中身が減ったシリンダーをジャケット裏に収めたセキヤは、魔導ランタンをベルトで腰に固定した。
私も同じように魔導ランタンにベルトを通し、腰に巻きつける。軽く動いて固定されていることを確認して、袖からナイフを取り出した。
「行ってくるね」
「気をつけて」
「ヴィルトも、何かあれば逃げてくださいね」
ヴィルトは小さく手を振って、私達を見送る。
……彼が私達の力になりたいと、そう思っていることは知っている。
けれども、彼に戦いは向いていない。いくら体格が恵まれていても、彼の性格ではとても戦えそうにない。
ふと足を止めて振り返ると、ヴィルトは自分の拳を見つめていた。
難儀なものだ。
どうすれば彼が諦められるのか。考えながら、坑道の奥を目指した。
進むにつれ、暑さが増していく。隣を歩くセキヤの額に汗が滲んでいた。
辺りを見渡しながら、僅かな息苦しさに眉を顰める。
「やはり濃いですね」
「大丈夫?」
「ええ、そこまで影響はありませんが……」
まとわりつく熱が鬱陶しい。重たささえ感じる気がする。
ため息をつく私を見て、セキヤは心配そうな顔をした。
「あまり無理はしなくていいからね」
「私を誰だと思っているんです? これくらい全く問題ありませんよ」
そこまで心配されるほどのことではない。
くすぐったさを振り払うように、早足で歩いた。
「ここ、定期的に小型の魔道具……多分照明かな。壁に埋め込んでるみたいなんだけどさ……」
壁を見る。一定の間隔で埋め込まれたそれらは不完全さを感じさせた。
この手の魔道具は、魔石自体がまとう光を増幅させる構造になっている物が多い。しかし、今この坑道にある魔道具は……
「核になる魔石が抜かれていますね」
「ね。いくら封鎖するからって、わざわざ全部抜き取るなんてことするかな」
「それは……っ、止まってください」
奥から感じる気配の群れ。足を止め、ナイフを握る手に少しばかり力を込める。
「この奥、かなりの数ですね」
「そんなに? 気を抜かないようにしないと」
一歩、また一歩と近づくにつれてバサバサと何かが羽ばたくような音が聞こえる。それに混じって、キィキィという鳴き声も聞こえ始めた。
「来ます」
そう呟くと同時に、赤い影が暗闇の向こうから飛来した。
飛びかかってくる影を難なく切り伏せる。
地に落ちたそれを見ると、牙が異様に発達した赤色のコウモリだった。
「うわ、どんどん来るね!」
セキヤは嫌そうな声を上げながら、次々とコウモリ達を撃ち抜いていく。パシュパシュと空気が抜けるような音がする度に、ぼたぼたとコウモリが落ちていった。
「次から次へと……」
「これ、もう全体が巣みたいになっちゃってるんじゃない? そんな気がするよ」
怯みもせずに襲いかかってくるコウモリを次々と切り落とす。
襲撃が止んだ頃には、足元を埋め尽くさんばかりに大量の死体が転がっていた。
「うわぁ……片付けるの大変そう」
「後で大掃除することになりそうですね。後処理はどうします?」
「要相談、かな。帰りに拾える分は拾っておくくらい?」
「そうしましょうか」
坑道はまだ奥まで続いている。そして、何かが蠢くような気配も。
「もう少し奥に……何かがいる気がします」
「よし、行こう」
武器を構えながら、更に奥へと足を踏み入れる。
進んでいると、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば……何故こうなるまで放っておかれたんでしょうね。初期であれば、そう多くない戦力でも対処できそうなものですが」
「うーん、何だろう。丁度他の町まで輸送する為に人員を出していたとか? ある程度戦える人じゃないと出来ないでしょ?」
確かに、それは考えられる理由だ。その間に対応できないレベルまで増えられれば、そう簡単に手出しできなくなる。
とはいえ、それはそれで疑問が残る。
「そもそも、何故魔物が発生するレベルまで魔力が濃くなったのでしょうか。ここも町の範囲内でしょう? 神官の職務怠慢なのでは?」
「うーん……そこだよね。何か心配事でもあるのかな? ほら、人が出す魔力って感情に比例するっていうじゃない?」
「あー……そんな論文が前に出ていた気がしますね。強い感情を持つ人間程、魔力生産量が多い傾向にあるとか……感情の方向にもよるそうですが」
パノプティスにいる頃に読んだ論文。たしか書かれていたデータでは通常の人間でも明確に差が出るとされていた。
それがただでさえ魔力生産量の多いであろう神官となれば……ということか。
感情と魔力が密接な関係にあるのなら、神官が行う魔力濃度の調整にも感情は影響するのかもしれない。
「だとしても、それが役目である以上最大限努めてほしいところですが……」
足を止める。
道の奥で、ぼんやりと赤い光が見えた。
「……光? 誰かいる、なんてことはないよね」
「明かりが付けられたままに……いえ、この気配は魔物?」
近づくにつれ、その光が複数あることが分かる。地面だけでなく壁や天井にもへばりついている。
不定形のそれはゆっくりと動いていた。
「えっ、光るスライム?」
「どうりで魔石が全て無くなっているわけです。彼らが食べたのでしょうね」
赤く光るスライム達はこちらへと飛び跳ねてくる。
私達を敵と認識したのか、魔導ランタンの魔石に誘われたのか。どちらにせよ、やることは変わらない。
飛び跳ねる塊にナイフを振り下ろす。半分ほど裂けた体は、ぷるんと震えて元に戻った。
「私では分が悪いですね……任せましたよ」
「了解っ」
ジャケットから青のシリンダーを取り出したセキヤは、銃に嵌め込んでいた茶色のシリンダーと取り替えた。
即座に構え、引き金を引く。
パシュッという軽い発砲音と共に貫かれたスライムは、ジュウウと音を立てて溶け出した。
「やっぱり水属性が効くみたいだね」
ぺろりと唇を舐めたセキヤは、次々とスライムを撃ち抜いていく。
その間、私は他の魔物が来ないかを警戒しながら近づいてくるスライムを追い払っていた。
「これで最後っ」
最後の一匹が溶けていく。
息を吐いたセキヤは、シリンダーを元通りに付け替えた。
「もういない?」
「ええ、気配はもうありませんね」
「魔力も少し薄まってきてるし、これで一旦は落ち着くはずかな。とりあえず、ある程度は余分な魔力を吸い取っておくよ」
銃をジャケットの内側に戻したセキヤは、空のシリンダーを取り出すと蓋を回した。
少しずつシリンダーに赤いマーブル模様の液体が溜まっていく。
「一本分だけ集まったら戻ろうか。あまりヴィルトを待たせすぎるのもよくないし」
「そうですね。どれくらいかかりそうですか?」
「んー、十分くらいかな」
「その間、核を拾っておきますよ」
溶けたスライムの痕に、小さな塊が転がっている。
魔石と比べると劣るものの、代用品として使えなくもない。魔導ランタンにも使えるだろう。
スライムの核を拾い集めていると、ずるりと這うような気配がした。
ナイフを構えながら、セキヤの隣に戻る。
「何か来た?」
「ええ。近づいてきています」
シリンダーの蓋を閉めたセキヤも銃を構える。
坑道の奥から、ずるずると重たい何かを引きずるような音がする。
「来ます!」
坑道の奥から赤い液体が飛んでくる。
咄嗟に飛び退くと、液体が落ちた地面がジュウウと音を立てて泡立った。
坑道の奥から姿を現したのは、巨大な赤蛇だ。
シャーッと大きく口を開けて威嚇する。蛇は炎を吐き、私達は揃って後退した。
「かなり不機嫌そうじゃない!?」
「大方、住み心地が悪くなって怒っているのでしょう。さっさと片付けますよ」
足に力を込め、急加速する。
蛇の噛みつきを避け、頭を踏みつけた。
そのまま首めがけてナイフを突き刺したが、わずかに傷をつけるだけで終わる。
「くっ……硬いですね」
「こっちも弾かれる! 分厚い鱗だなぁ、もう!」
頭を振られて足元が揺らぐ。
壁を経由して地面に降り立つと、セキヤの声が飛んできた。
「アイツの口を開かせたままにできる?」
「できます」
「お願いっ!」
もう一度噛みつこうとしてくる蛇の頭を飛んで避け、更に追ってきた頭を蹴り退ける。
そのまま頭に飛び乗った。
片足を下顎にかけ、両手で上顎を掴んで開かせる。
「ナイス!」
その隙を逃さず、セキヤが口内目掛けて撃ち込む。
何発か撃ち込んだ後、蛇は大きく体を捩った。
「くっ……」
振り落とされ、体をねじって着地する。
蛇は暫くのたうちまわり、やがて動かなくなった。
セキヤは額を拭って息を吐く。
「上手くいってよかったぁ」
「これで最後でしょうね」
大蛇の死体を見た後、顔を見合わせて頷く。
「コイツだけでも持って帰ろうか。そっち側持ってくれる?」
「はい」
二人で頭を抱えるようにして引きずる。
途中、コウモリの死体地帯を通るとき、蛇の口に詰め込めるだけ詰め込んで持ち帰った。
「ただいま」
「おかえ……ひっ!?」
坑道の入り口で待っていたヴィルトは、大蛇の頭を見て飛び上がった。
まあ、無理もない。
ヴィルトは蛇が動かないことを確認すると、おそるおそる指先で鱗に触れた。
「あ、帰る前に純化させておかないと。少し待ってて」
セキヤはジャケットの裏からシリンダーを取り出した。赤いマーブル模様の液体が溜まっている。
ヴィルトが背負うリュックから器具を取り出し、作業を始めた。器具は蒸留機のようにも見える。
「念のために少し離れててね」
シリンダー自体の個数にも、各シリンダーに充填されている魔力にも限りがある。できる時に混じり物の魔力を分離させておかないと困ることになるらしい。以前セキヤが言っていたことだ。
今回の戦闘でかなり水属性を使っていた。後でヴィルトが充填することになるのだろう。
「よし、終わったよ。それじゃあ帰ろうか」
蛇を引きずり、町への道を戻る。
人々は大蛇の死体を見てあんぐりと口を開けていた。騒動にもなりかけたが、なんとか落ち着いたらしい。
一部坑道の封鎖が解かれるという噂は、大蛇を倒した英雄の話と共にたちまち広がった。
どうやら大蛇の皮は良質な素材になるらしく、感謝の言葉と共に大金を渡された。かなりの稼ぎだ。
「よっ、嬢ちゃん。聞いたぜ、お前の仲間が大活躍したらしいじゃねえか」
町に来たばかりの時に話を聞いた、あの男だ。
ヴィルトを見た男は、ふんと鼻を鳴らして笑う。
「英雄様となれば、町一番の酒場を教えても問題ねぇだろう。ついてきな」
案内された酒場は、ドラゴンの看板がかけられた酒場だ。
男は扉を開けるなり、声を上げる。
「さあ、英雄様のご登場だ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやー、まさか嬢ちゃん達が仕留めたとはな。てっきりそっちの兄ちゃんが仕留めたもんだと思ってたが」
「あと、私は男ですよ」
「おっと、そうだったな。すまんすまん」
頬を赤くした男は、ガハハと笑ってジョッキの中身を飲み干した。
「しかし大したもんだ。こいつは歌にしねえとな」
私達が英雄だと聞いて集まってきた男達は既に出来上がっている。ぐちゃぐちゃのリズムと音程で歌いだし、正直耳を塞ぎたくなった。
目を背けながらエールを呷ると、男が笑う。
「おっ、嬢ちゃんかなりイケる口だな。いい呑みっぷりだ!」
「それなりには強い方ですよ」
もう訂正しなくてもいいかと思えてきた。ただの酔っ払い相手だ。それに、損をする訳でもない。
男はもう一杯エールを頼むと、ヴィルトを見た。
「そっちのデカい兄ちゃんは……そろそろ限界みたいだな」
まだ一杯目だというのに、ヴィルトはとろんとした目でジョッキを見つめている。エールが合わなかったのか、そもそも酒に弱いのか……どちらにせよ、これ以上飲ませるべきではないだろう。
ヴィルトの手からジョッキを取り上げ、代わりに水が入ったグラスを持たせた。
「まあいい、酒は美味く飲むのが一番だ! 好きなだけ飲みな、なんたって英雄様だからな。俺が奢るぜ」
「その必要はないよ」
ジョッキを持ったレイザがやってくる。
男は空のジョッキを持ち上げた。
「おっ、神官様! 英雄様が来たぜ」
「アンタ達のことは随分と噂になってるよ。まさか昨日の今日でもう片付けちまうとはね!」
レイザは笑ってテーブルにエールを置く。
肉の串焼きを食べていたセキヤが頬杖をついた。
「できるだけ早い方がいいでしょ?」
「いやあ、ありがたいことさね。今日の分はアタシの奢りさ!」
レイザの声に、男達がわっと声を上げる。
うつらうつらと眠りかけていたヴィルトはその声で目を覚まし、グラスを両手で持ったままキョロキョロと辺りを見渡した。
「ちょいと、アンタ達の分まで奢るとは言ってないよ!」
「頼むよ神官様! バリバリ働くからよ!」
「お願いします神官様ー!」
男達の声に、レイザは仕方ないという風に肩をすくめた。
「まったく、しょうがない奴らさね。今日だけだよ!」
「うおおおおお!」
「神官様ばんざーい!!」
その賑やかさにハハ、と笑ったセキヤはグラスを傾けた。
セキヤはこの雰囲気があまり嫌いではなさそうだ。だが、正直私はあまり得意ではない。
「騒がしくしてすまないね。大丈夫かい?」
そう謝ったレイザは、チーズと野菜の串焼きをテーブルに置いた。
「報酬についてだけど……もう少し後でにしよう。あと三時間くらいで店じまいなんだ。それまで楽しんでおくれ」
それから三時間、セキヤは男達と話しながら酒を楽しんでいた。
英雄だのなんだのと聞こえてくる。彼らの相手は全てセキヤに任せよう。目的もないのに相手の機嫌をとるのはごめんだ。
セキヤの様子を眺めながら、私とヴィルトは隅の方で静かに飲む。
もっとも、ヴィルトは酒ではなくジュースだが。
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