第12話 『解答ハズスEND』

ぽよん!ぽよん!ぽよん!


「せ・ん・せ・い……どゆこと?」


 私は自分の胸を両手で掴み、正解先生の頭を太鼓のように叩く。


 正直、めちゃくちゃ恥ずかしいが、私は腹が立っている。


 先生の真向かいに座っている元カノの気月ヨイさんがなぜか先生のワイシャツを着てコーヒーを飲んでいるのだ。


 それに、あんなに胸元を開けて!


 気月ヨイさんは警察官。才色兼備で容姿端麗、誰だって憧れる素敵な女性。正直、正解先生はどうして彼女を振ったのか私にはわからない。


 最初は、そのスリムな体型から「振られたのは胸が小さいからかな?」と勝手に思い、幸運にも親に似て巨乳と呼ばれるほどに育った私の胸が唯一の勝てる武器だと考え、頑張って先生にアピールしてきたのだが、まさかのヨイさんが小さく見せるブラジャー着用の隠れ巨乳だと発覚。私は雷に打たれたほどの衝撃を味わった。……打たれたことないけど。


 唯一、私がまさっているのは、先生がたまにこっそり覗く青と白の縞々のショーツのみ……。これだって、恥ずかしいの我慢して履いてるのに……。


 ぽす!ぽす!ぽす!


「ハズス君……若干、痛い」


 私のおっぱい太鼓に力が入る。


「あはは、正解おもろ」


 先生に膝枕してもらっているヤサシイさんが面白がる。


 そう!さらに現れた難敵、実原ヤサシイさん。ヤサシイさんはヨイさんの後に先生と付き合った元カノ。彼女は世に言うギャルの分類に分けられる見た目をしているが、素直で思ったことを伝えられる芯の強い女性であり、そのカリスマ性は女性の誰もが憧れるだろう。


 最初は「ギャルだから頭が悪いのかな?」と思って、先生の仕事場で私も推理をしてアピールしてみたが、これもうまくいかなかった。しかも、彼女が超難関大学『ごほうし看護学校』に通っていることを知り、私は崖の上ギリギリに立たされるような軽い絶望を味わった。……立ったことないけど。


 そんな私だって高校ではマドンナ扱いされるんたぞ!昨日だって、呼び出されて告白されたし!「他に好きな人がいます」って断ったけど、誰のことかわかってるの!?先生!!


 ……先生、本当にわかってるのかな?


 ……その……初めてだって……あげたし……。


 ぽすん!ぽすん!ぽすん!


「ハズス君……首が……」


 向かいには先生のワイシャツを着たヨイさんが「まったく……」と言いながらも優しい顔を先生に向ける。


 どうしてこうなったのだろう?


 先生は決断力に優れている。


 どんなに多岐に渡る運命の別れ道だって、迷わず突き進む強い意思を持っている。


 だから、私は先生を好きになったのだ。


 どうせ、私が先生を好きになった理由なんてわかってもらえないだろうけど……。


 最初に先生に会ったのは忘れもしない高校2年生の雪の降る、クリスマスの日だった――。


「回想中、ごめんなさい。頼みがあります」


 ――!?


 急に頭の中に声が聞こえる。


 聞き覚えのある声……。


 え?リョーマ君?


「はい、時間を止めてあなたの頭の中に思念を送っています」


 へ~、思念を……。


 なぜか、あまり驚かないわ。


 忘れてたけど、リョーマ君は何かしらの組織に追われてるのよね。温泉旅行から帰る時にいなくなっちゃったけど、どこ行ってたの?


「詳しくは言えませんが、そこはまもなくヴィランに襲撃されます。助かる方法はただ、ひとつ。全問正解と子供を作ってください」


 へ~、先生と子供を……。


 え――!!こ、こ、こ、子供って!


 つ、作りたいけど!!


 いきなり過ぎじゃない!?


 そりゃ、ちょっとは……練習はしたけど。


 も、もう!ど~すりゃいいのよ!!


「すいません!もう、あまり時間が……頼み……まし……」


 ちょ、ちょっと!リョーマ君!!


 時が動き出す。


 ばし!ばし!ばし!


「ハズス君、そろそろむち打ち症になりそうだよ……」


「ハッ!!せ、先生!!結婚してください!」


 先生に話しかけられ、思わず口走る。


『え!?』


 先生、ヨイさん、ヤサシイさんが同時に「え!?」と声を上げる。


「ち、違っ……リョーマ君が!!ここは危ないと言ってました!」


 私は慌てて言い直す。


「リョーマ君が?彼なら旅行の後から姿を見せないが?また謎の組織がらみかね?どれどれ……」


 先生が額に人差し指を当てて考えている。


 先生があのポーズをしていた後は必ず物事が好転する。きっと、先生は今、『選択』をしているのだ。


 今までも、あのポーズのあと『依頼者を殴ったり』『突然、「犯人はこの中にいる!」と叫んだり』奇行が目立つが、必ず事件はすぐに解決した。


 先生の表情が驚いたり、悩んだり、照れたり、コロコロ表情が変わる。


 やがて、先生の目に光が宿る。決意を決めた顔だ!


「ヨイにヤサシイ!今すぐこのマンションから逃げなさい!ここは爆破される!!」


 先生は立ち上がり、彼女達に指示を出す。


 さすが先生!リョーマ君の声は私にしか聞こえていないはずなのに、なんて的確な指示!


「正解、本当なの!?ま、あなたが言うなら本当ね。行くわよ!」


 ヨイがヤサシイの手を引く。


「え?先生は!?」


 ヤサシイの声に先生は答える。


「私とハズス君はやることがある。大丈夫、すぐに私達も逃げる!」


 え?私と?なんだろ?


「わかったわ!行くわよ!」


 ヨイさんは先生を心配するヤサシイさんを無理やり連れ出す。


 ヨイさんはどれだけ先生のことを信じているのだろう……。少し、嫉妬する。


「よし!ハズス君!こちらへ」


「は、はい!」


 先生に手を引かれ、連れてこられたのは……寝室だった。


「よし、ハズス君……いきなりですまないが、子供を作ろう」


 えぇ――――――――!!!!


「えぇ――――――――!!!!」


 心の中の叫びと実際に出た声がハモる。


「せ、先生?」


 願ったり叶ったりの展開だけど、どういうこと?新手のドッキリ?


 って、考えている間に、先生は自分の服を脱ぎだしたのだけど!?


「ハズス君!早く!」


 私の服に手をかける先生。


 ああ……抵抗できない。


「ん……」


 先生は躊躇することなく、私の下着に手をかける。


「せ、先生!あの……」


 裸にされた私は場違いな言葉を先生に投げつけた。


「せ、先生!あ、あの……私と初めて会った時のこと覚えていますか……」


 忘れもしない高校2年生の冬。あの時、胸のことで虐められていた私は、歩道橋の上で、どの車に跳ねられようか下を眺めていた……。


 もう、何もかもどうでもよかった。


 みんな、胸ばかり見て、本当の私を見ない。


 消えてなくなりたい。そう、思っていた。


「もちろん覚えているとも。クリスマスの日に悲しそうな巨乳女子高生が雪を頭に積もらせて歩道橋の上で立っていたんだ。私は君の頭の上に積もった雪をはたきながら、こう、声をかけたよね」


『そのおっぱいは、サンタクロースが私にくれたプレゼントのようだ』


 私は目が点になったのを覚えている。


「あはは!先生!あれは、さすがにないですよ!」


 思い出し、裸にされたのも忘れてた笑い出す。


「いや、私が選択肢の中から選んだ最高の答えのはずなのだが……」


 当時、私はあの言葉に救われた。


 あんなに嫌がっていた自分の胸を『胸だけ』貰ってくれる人が現れるなんて。


 先生……あれから、私のおっぱいはずっと先生のモノなんだよ。


 ドカァ――ン!!


 突如、爆発音が隣の部屋に鳴り響く!


「うわっ!は、ハズス君!こ、子作りを……」


 先生が裸のままベッドから転げ落ちる。


 そんな先生を私は愛おしく思った。


「……先生と私の間にできた、子供の顔を見てみたいです」


 私は体の力を抜いた。


「ハズス君――!!」


 私に覆い被さる先生。


 ――あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。


 時折、鳴り響いた爆発音はいつの間にか止んでいた。


 先生は私に覆い被さったまま、気を失うように眠っていた。


 ……お疲れ様、先生。


 ドゴォ――ン!!


 ――!?


 玄関の方からすごい爆発音がした!


 何やら足音も聞こえる!


 私は怖くなったが、逃げ出す力も余裕もない。


 震えながら先生に抱きつくことが精一杯の抵抗だった。


「ハズス……君?」


 先生が気がついた。


「先生!誰かが、ここに向かってます!」


 近づく足音。


 私と先生は布団を体に巻きつけて息を飲む。


「正解さん!ハズスさん!!こっちだ!」


 絶体絶命の中、部屋の中央の空間に穴が開き、リョーマ君が上半身を出す。


「助かった!もう、何があっても驚かないぞ!行くぞ!ハズス君!」


「はい!先生!」


 私達は夕焼けがきれいな川辺に転移された。


「危ないところだった。ヴィランはボクの仲間が今、戦っています。百戦錬磨の彼らのことです、すぐに勝負はつくでしょう。お二人のおかげです」


 相変わらず意味不明なことを言うリョーマ君。


 先生も「私は何もしてないが?」とリョーマ君に慌てながら言っている。


 先生、おかしっ。さすがに私とエッチしてたなんて言えないか……。


 ま、何にせよ助かったなら良しとしよう。


「では、様子を見てきます……」


 リョーマ君は急いで時空に開いた穴へ帰ろうとする。


「ま、待って!」


 私は反射的にリョーマ君を呼び止めた。


 もう二度と会えないような、逆にすぐに会えそうな、そんな不思議な感覚に陥る。


「……また、会えるよね!」


「……ええ、必ず」


 リョーマ君が微笑む。


「あと、ありがと。背中を押してくれて!」


 リョーマ君の声がなかったら、きっと私は、また怖がって先生を受け入れなかったと思う。そんな、気がする。……ま、「子供を作って」は言い過ぎだと思うけどね!


「では、また……ごにょごにょ」


 リョーマ君は行ってしまった。


 最後の方、声が小さすぎて聞き取れなかった。


「さて、ハズス君……」


「はい、先生!」


 なぜか清々しい気分の私は、先生に呼ばれ、元気に返事をする。


「ここから、どうやって家に帰ろう?」


 知らない土手、夕日、裸に布団を体に巻きつけた男と女。


「……あはは、どうしましょう?」


 私はそう言いながら、先生の顔を見て微笑んだ。


 大丈夫!


 先生は選択肢を外さない!


 名探偵、全問正解先生なのだから!


 【解答ハズス編 完】


「またね……父さん……母さん」


 時空の歪みから溢れた囁き声は、夏の終わりを告げる少し早めの秋風によってかき消された……。

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