第3話

「きみ一年生だよね!」


 ネット越しにすごいテンションで聞いてくる。

「はい」


「もしかして入部希望だったりする?」


「え、あのちょっと見ていただけなので」


「あ、見学ね。そうだよね……まず見学だよね。もっと近くで見てってよ」

「いえ、もう失礼し」


「見てって、ね」

「はい」


 強引にせめられては仕方なく頷いてしまった。


「あ、あたし、安城こなつ。経営学部一年。あんこって呼んでね」


 半ば引きずるようにして久留実をグランドに連れ込みながら、思い出したようにその人は言った。


「同じ学部だ」ため息を漏らす。


 いやな予感しかしない。


「あんこ、だあれその子」

 なんとなくグランドに入るとさっきマウンドにいた人がゆっくりと近づいてきた。


「待望の新入部員ですよ。」

「いえ、まだ、見学だけで」


「あんこ、あんた無理やり連れてきたわけじゃないわよね」


「まさか。そんなわけないじゃないですかー。ねー」


「いや、強引に連れ込まれました」


 あんこがこっちをじっとにらんだ。言うとおりにしろ、と顔に書いてあった。なんて身勝手な。


「だめよ。無理やり入部させてもすぐ辞めるわ」


 と、ロングヘアーのさっき打たれた人。


「りかこさん。わかってますか? 今年一年生わたししか入部しなかったらどうするんですか」


「べつにわたしはかまわないわ」


「危機感持ってください新入部員が一人だけだったらどうしてくれるんですか」


「ひとのせいにするなー」


 りかこがゲンコツを振りかぶると、あんこがけらけら笑って逃げた。その光景を目にして久留実はなんだか少し羨ましい気持ちになる。


「あなた名前は?」


 小学校の親睦レクみたいな質問。

「咲坂です。咲坂久留実」


「かわいい名前だね」

「ふーんじゃあポジションは?」


 りかこは間髪入れずにきいてくる。気がつけば守りについてた人たちが周りに集合していた。


「ピッチャーでした」


 ピッチャーときいてりかこの目つきが変わる。


「あっそ、持ち球は?」

「まっすぐだけです」

「え、なんて聞こえない」

「まっすぐだけです!」


 今度は、大きな声で答えた。


「はい。素人決定。さあみんな練習に戻りましょう」

「りかこさん、きついですよ。どんだけ余裕ないんですか?」

「お前な……」


 口をとがらせてプルプル震えるりかこ。あんこは、度胸があるというか、ただのお調子者なのか。


「真咲さんがいないのに私にどうしろっていうの」


「まぁまぁりかこ、とりあえず投げてもらおうよ。私、ユニフォームの替え持ってるから」


「ちょっとまって翔子。思い出した、咲坂久留美。栄西シニアのピッチャーで数々のタイトルを獲得した天才少女。進学した創世高校では名前は聞かなかったけどまさかね」


 久留実にとっては過去の栄光。わずらわしい過去の。


「昔のことです。それに高校では野球部を途中でやめて転入しました」

 はっきりと言った。


「それで過去の栄光ひきずって大学野球やろうってわけ、なめられたものね……でもいい機会だから投げてもらいましょう。勘違いちゃんに現実をわかってもらうのも大切よね」


 りかこは、ベンチにある予備のグラブを手渡した。


「セレクションしてあげるわ。あなたの実力を見てあげる。大学野球は奥が深いわよ、天才少女」

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